明日、春が来たら
谷兼天慈
第1話
ボクの目に映るそのふたり。
教室の窓をバックに、まるで恋人同士のように顔を寄せ合い何かを話している。
窓の外は桜の巨木がそそり立っていて、桜が咲き乱れている。
それはまるで一幅の絵画のようだ。
「………」
思わず溜息がもれた。
「…何言ってんだ、カイト…」
その時、切れ長の目と薄い唇の彼、秋月ケイが笑った。
「…そんなこと言ってもなー…」
それに答えて、何事かひそひそケイに耳打ちする冬月カイト。
目が大きく薄い茶色のふわっとした髪の毛がまるで女の子のような彼。
ボクは思わず釘付けになって彼らを見つめる。
すると。
「!!」
いつのまにかケイの鋭い眼差しがボクに向けられていた。
彼はカイトの話に相槌を打ちながら、冷ややかな視線をボクに向けている。
「………」
ボクは恥かしくなってその場を逃げだしていた。
ボクは屋上に向かった。
張り巡らされた金網。
その向こうには、さっき窓から見えていた桜。
ボクは咲き誇る桜を見つめた。
桜──ボクはこの花がとても好きだった。
亡き母が好きだったという花。
ボクの家の庭先にはその桜が咲いていた。
病弱だった母は、ボクが6歳の時に病で亡くなってしまったのだけど。
ボクは母のことを忘れたことはなかった。
だけど、あの男は絶対に母のことなど覚えてもいないに違いない。
母はかわいそうな人だった。
「なおちゃん、お父さんを恨んじゃだめよ」
父は母を捨てて家を出てしまったのだった。
ボクは病気の母を捨てて出てしまう父をどうしても許せなかった。
そんなことができるヤツなんて人間じゃないと思っていた。
そして、そんなことをする人間にだけはならないと幼いながらも誓ったんだ。
一度愛したら、絶対に裏切らないと。
それからすぐに母は死んでしまった。
桜吹雪が舞う、そんな日だった。
「母さん……」
ボクはそう呟いた。
すると。
「おや、先客か」
背中で声がした。
振り返ってみたら、そこには秋月ケイと冬月カイトがいた。
「………」
ボクは声もなく二人を見つめる。
ケイの冷たい視線は相変わらずだ。
そして、その横では、彼の肩に手を回してクスクスと笑うカイト。
「ねえ、直樹……」
ぞくりとするほどの色気のある声。
ボクは思わず震えがくるほど縮み上がった。
ケイの声が怖いと思った。
なぜ?
彼の声は落ち着いていて、どこにも怖さを感じるものはないというのに。
それでも、なぜかすごく怖さを感じる。
「なぜいつも僕らを見てるんだ?」
「…………」
ボクは何も答えられなかった。
声が出なかったのだ。
言いたくないというもあるが、本当に声が出なかったんだ。
だって──
言えないよ、こんなこと。
キミが好きだなんて───
ゼッタイに嫌われる。
だって彼にはカイトがいる。
ボクと全然違う、とてもかわいいカイトが。
だから、言えない。
ボクもケイ、キミが好きだなんて。
「ここからいなくなってくれない?」
「え?」
突然ケイはそう言った。
どういうこと?
「これから僕らイイコトするんだ。君、邪魔なんだよ」
「…………」
顔がカアーッと熱くなった。
イイコトって───
ボクは居たたまれなくなって、だっと走り出した。
すると、すれ違いざまにケイが呟いた。
「根暗」
一瞬凍りついた、心が。
ボクはギュッと目を瞑ると一目散に走る。
その背後でカイトの声が。
「……かわいそーに……」
同情さえも今のボクには鋭く突き刺さる。
ボクは惨めな気持ちでいっぱいだった。
階段を無我夢中で走り下りる。
頭にカーッと血が上って何も考えられない。
否定された。
ボクを否定した、彼は。
根暗───
そうだよ、ボクはそんなやつだ。
母さんが死んでから、ボクはずっと独りでいろんなこと考えてきた。
誰にも話せず、誰にも相談することなく。
祖父母はやさしかったが、子供の、しかもボクのような屈折した人間の気持ちなんかとうてい理解できないし。
だから祖父母には話せなかった。
親戚は他にはいないし。
近くに悩み事を話せる大人なんていなかった。
ましてや、学校の友達にも、いつもヘンな目で見られてて。
さすがに苛めとかはなかったけれど。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ボクは肩で息をし、ふと顔を上げた。
いつのまにか校舎から出てグラウンドに出てた。
グラウンドの端っこのほうで野球部が練習をしている。
そういえば。
中学の頃、たった一人だけボクと仲良くなってくれた人がいた。
ソイツは野球部のエースで。
笑顔が爽やかで、みんなの人気者だった。
「おまえさ、笑ってるほうがいいぜ」
ヤツはそう言ってた。
で、いつもボクの髪をくしゃくしゃってしてくれたよなあ。
それが気持ちよくって。
だから、ヤツの前だけではいつも笑ってたと思う。
とても素直になれたんだ、ヤツの前だけでは。
ボクはヤツが大好きだった。
とてもとても好きだった。
でも裏切られた。
いや、違う。
裏切るつもりはヤツにはなかった。
それは充分すぎるほどわかってた。
ヤツは───
死んだ。
「また明日なー」
そう手を振りながら、沈む夕日に向かって走っていった。
でも。
突然突っ込んできたトラックに、ヤツは無残にも。
それもまた春のこと。
今度花見に行こうなって約束してたのに。
永遠に果たされなくなってしまった約束。
ボクは何もかもに裏切られる。
そういう運命なんだ。
きっと。
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