第5話-1 ヒミツ

「君の知る“武川翔真”はもう居ない。」

そう、私の目の前に居る“武川翔真”は告げた。


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お昼の情報バラエティ。

どのチャンネルを見渡しても、明日役に立つお得情報、便利グッズ、最新お出かけスポットを特集している。

ある種代わり映えしないラインナップをお昼ご飯片手に職場で眺めていた。


「薫さんって、結婚してもうどれくらいですか?」


同じ職場で7歳下の後輩が声をかけてくる。


「もう半年かな」

「まだ半年か」


私の声に釣られるように彼女とは逆サイドに座る同期の女性社員が呟く。捉え方は人それぞれ。『もう』なのか『まだ』なのか。過ごした時間の充足度で表現は様々。


「もう慣れました?」

「うーん…厳密に言うと一緒に住んでないからね」

「そうなの!?」


話すとややこしいので黙っていた事をつい口走ってしまう。迂闊な答弁に鬼の首でも取られた政治家のごとく矢継ぎ早に詰問を受けた。


一通り質問を終えて食事に戻ると7歳年下の彼女は呟いた。


「いいなー…テレビ局員なんて夢ある」

「私達なんかと違ってねー」

「そ、そんなことないよ…」


何故か質問をしていた2人の方がグッタリと肩を落とすので言葉に窮する。すると、ついたままになっていたテレビから見に覚えのある名前が聞こえた気がして振り返った。丁度、芸能人の熱愛報道についての話題で張本人に突撃インタビュー、と仰々しくテロップが表示されている。


「あ、この人最近人気ですよね」

「可愛いよねぇー、この人が出てた朝ドラずっと観ちゃってたよ」

「まだ23歳なんだ。世間が放っておくわけないよね」


画面には『朝ドラ出演大人気女優 藤岡穂乃佳に熱愛発覚!』と見出しが踊っている。帽子を目深に被りティアドロップの大きなサングラスをかけて建物の前に追い立てられマイクを向けられる、まだ顔にあどけなさが残る女性が映し出されていた。その端正な顔にはしっかりと“鬱陶しいな”という表情を湛えており、その顔のまま迎えに来ていた車に乗り込むと、中継画面からスタジオに切り替わる。これまたよく見る有名人達がおもいおもいの品評を始めた。


『朝ドラで話題の女優、藤岡穂乃佳さんにとうとう熱愛報道とは…人気の証拠ですね』

『お仕事で一緒したんですけど、あの子は誰からも好かれるタイプですよ』

『透明感が違います』


視聴者にわかりやすいコメントを並べ立て持て囃す。人の色恋に興味を示すのはどこの世界でも共通なのだなとため息をつく。

だがその直後のセリフから私の心中は急に雲行きを怪しくさせた。


『でもお相手がテレビ局員っていうのがまた…』

『私、週刊誌読みましたけど、以前仕事したことある人でしてね。いやぁ!彼はモテるだろうなと思いましたよ』

『モデルみたいにスラッとしてる人ですからね。誰もが納得の美男美女カップルですよ』


「テレビ局員って女優さんとも面識あるでしょうし、こういうこともあるんでしょうね」

テレビの報道に集中していた後輩が私を見ながら呟く。私は適当な相槌を打ちつつ食べていたお昼ご飯を片付ける。すると事務所の扉が開き一回り上のベテラン講師が入ってきた。


「おっはよー」

「「「おはようございます」」」

扉の方を向き、皆一様に挨拶を返す。彼女は暑い暑い、と手で顔を仰ぎつつ夏を感じさせる麦わら帽子を脱いで荷物を置く。


「あ、やってるやってる。今日発売の週刊誌に載ってたよ。」


テレビ画面に気付いてそう言うと鞄からよく見かける週刊誌を取り出し広げて見せてくる。見開き一面に今までテレビに映っていた女性が背の高い男性と歩いている写真が目に入る。私は何故だかその写真に違和感を覚えた。その写り込んでいる人物がどうにも見覚えがあったから。


「この2人が町中歩いてたら目立つよね」

「そういうの狙って撮ってるんでしょ?」

「相手のテレビ局員って誰かなぁ、売れっ子テレビディレクターって何の番組やってる人?」


彼女たちが口走る言葉がどんどんと私の血の気を引かせていった。

おそるおそる手を伸ばし雑誌を取る。

(間違いない…。)


「たけかわ…しょうま…」

私は何の確信もなかったが、譫言のように自分の旦那の名前を呟く。

周囲の同僚たちがポカンという顔をして私の血相かいた顔をのぞき込んでいた。

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