第35話

「さあ、八月の全国大会への切符をかけた、東京都大会女子個人準々決勝マッチナンバー4番、千代田科学技術高校三年、玉淀南さん対東都学園高校三年、若葉菜摘さんの試合も折り返しの六回に入ります。試合は下馬評通り、前回準優勝の玉淀さんが主導権を握る展開となっています。5対2と玉淀さんのリードとなっています。引き続き、実況は太田、解説は元東日本鉄道エアカーリング部監督の曳舟ひきふねさんでお送りします」

 よく、やれているほうだ。

 試合が折り返したとき、素直にそう思った。

「しかし、一方的な試合展開になるかと思われましたが、五回の若葉さんの粘りは見事でしたね、曳舟さん」

「はい。最終第八投、コースが限定されたなか、よくポケットの中心に投げ切ったと思います。あそこを取れていないと今は8対0ですからね。この得点は非常に大きいですよ」

 正直、五回の八投目も、自信はなかった。

 決まったとき、一番驚いたのは、僕だった。

 結果が空中に映し出され、得点が確定したとき、僕はすごくホッとしたんだ。

 ああ、これでもう完封はない。って。

 つまり、それくらい僕は半分試合を諦めていた。いや。諦めてはいない。そんなことはしたくない。

 でも、勝ちに繋がる策が、見当たらなかった。

「多分、アドバイザーの上板橋君が一番驚いてましたよ。きっと練習でもあまりみない場面だったんじゃないですかね」

 ……当たってるよ解説の人。

「さあ、試合は六回に入ります。先攻はさきほど得点した若葉さんに移ります」

「この回、大事ですよ。先攻になった回でいかに失点を防ぎ、得点を一つでもいいので積み上げるかが」

 3点差を追う若葉先輩の一投目。先攻ということもあり、中心よりもコースを塞ぐような位置に投げてもらった。

「いい位置に置きましたねー。これで真正面から中心は狙いにくくなりました」

 先輩は、少し息を切らせながらミックスゾーンに戻ってきた。

「ばっしー……次はどうする?」

 ……体力、使ってるな……このままだと、終盤にガス欠を起こしてしまうかもしれない。でも、だからといってセーブなんかしたら、一瞬で試合が終わってしまう。それだけは避けないと……。

「……まず左にブロッカーを立てましょう。その次に上に蓋をするようにブロッカーを置いて、得意のシンカーを止めます」

「うん、わかった」

「さて、玉淀さんの初球、きっちり中心を抑えました。さすがの腕前ですね」

「はい。少しボールにシュート回転をかけて、若葉さんのボールを綺麗に避けました。これをやられてしまうと少し苦しくなりますよ」

 くっそ……涼しい顔でスーパープレーかまして……。

「少し表情が苦いものになりましたか、上板橋君」

 ……そこすっぱ抜かないでください。テレビ局さん。

「そうですね、今若葉さんはボールを持っていないことを踏まえても、プランとしてはなんとかして中心を守って一点を初球のボールで拾いたかったのでしょうが、お互いの初球は玉淀さんのほうが近いですからね。少なからずもう一球、若葉さんは中心にアタックしないといけないわけです。苦しいですよ」

 わかってるって。苦しいのは。

 若葉先輩は伝えた作戦通り、ブロッカーを左に置いた。少し目標とずれた位置になったけど、問題はないはず。

 しかし。

「──六回も最終投球を迎えました。しかし、ちょっとこの回は玉淀さんが実力を出しています。すでに中心近くに玉淀さんのボールが二つ。ポケット内にもさらに二球残っています。これは、大量得点のチャンスであると同時に」

「そうですね、若葉さんにとっては大ピンチですね。上板橋君はどういう判断をするでしょうか。現実的にボールを削って失点を減らすか、それでも中心を狙って得点を狙うのか」

 ……最悪、5失点。すると3点差が8点差になってしまう。残り4イニングでの8点差は絶望だ。でも、この回を諦めて、ボールを削ることに専念すれば、まだ未来は見える。

「……先輩、ブロッカーを中心に放り投げて、根こそぎボールを落としましょう。そうすれば、この回は3失点で抑えられます」

「……この回、諦めるの?」

 少し、影が見えるような目で僕の顔を見る若葉先輩。

「は……い」

「……そっか。……まあ、ばっしーがそう言うなら……」

 肩を少し落として、若葉先輩はプレーイングゾーンに向かった。

「玉淀さんのボール、重いんでしっかり力入れてブロッカー投げないと、耐えられるかもしれないんで、注意してください」

「うん」

「おっと。どうやら上板橋君はブロッカーでボールを落とすことを選んだようですね」

「いやぁ、辛い選択ですねー。しかし、一番現実的な判断かもしれません。不安なのは、若葉さんの魔法体力がもつのかどうかですね。中盤から、少し疲れが見えていますからね」

 ……いつもより、プレーの強度が強いからか、若葉先輩の体力がきつくなっている。もちろん、連戦である、ということも関係はしているのかもしれない。

 先輩は、言った通り、ブロッカーをポケットめがけて投げ込んだ。狙い通り、玉淀さんのボール二つと、若葉先輩のボール二つを巻き込んで地面に落とした。

 これで、3失点で収まる。

「……けど、それでも6点差、か」

「ばっしー。この点差をひっくり返す作戦って、ないの?」

 玉淀さんの最終投球を待たずに、若葉先輩はミックスゾーンに戻り、僕の顔を見つめてそう聞いてくる。

「……若葉先輩。最終投球で、中心を射貫く自信はありますか」

 重々しい響きを持たせて、僕はそう返す。

「……あるよ」

 それに対して、先輩ははっきりとそう答えたんだ。

「あるよ、自信。ばっしー」

 なら。先輩がそう言うなら。もうこれしか手はない。

「……七投目までボールはサードポケットに集めてください。ファーストに入れると、きっと落とされます。きっと玉淀さんは真ん中に投げにくくなるような投球をしてくると思いますが、もうこれしか追いつく方法はないです。……もし、失敗すれば、もう、試合は終わります。……やれますか? 先輩」

 ふと、視線をポケットに移す。もう七回の玉淀さんの第一投は終わって、若葉先輩の番になっていた。

「うん、やるよ。やってみせる。……でないと、勝てないもんね」

 優しい微笑みを咲かせ、先輩は僕のもとを後にした。

「さて、試合も終盤の七回に入っています。苦肉の策で六回の失点を3に留めた若葉さんと上板橋君。逆転のためには、もうイニングは残されてないと思ったほうがいいでしょうか、曳舟さん」

「そうですね、六回は本当に苦渋の守りとなりましたが、いい判断だったと思います。ここが6点差か8点差か、というのは本当に違うので。まだまだ諦めるには早いですが、もう時間はないですね。6点差になんとか収めたので、イニングあたり2点くらい返していけばいいのですが、できれば後攻となるこの七回で一気に差を詰めたいところですね」

「なるほど。さて、若葉さんの第一投は……奥のサードポケットに置きましたね。一番プレーイングゾーンから遠い場所に置きました」

「はい。それでいいと思います。もう若葉さんはボールをためるしかないので、落とされやすいファーストポケットには最後まで手を出さないのではないかなと思いますよ」

「さあ、それに対して玉淀さんはーブロッカーを置くようですね」

「ここは辛くボールを一つ一つ落としてもいいのですが、失敗したときのリスクが大きいのでシンプルにいきますね」

 そして、投球を繰り返して、迎えた第八投。玉淀さんはボールを曲げて手前のセカンドポケットに置いた。これで、左右正面にブロッカー、中心近くに二球ボールを配置して若葉先輩のコースを限定している。対して若葉先輩は、徹底してサードポケットにボールを集め続け、既に三球送り込んでいる。

「先輩。……集中しましょう」

 この試合の命運がかかったと言っても過言ではない第八投。成功すれば一気に4得点。しかし、失敗すれば、逆に4失点。逆転は絶望的になる。

 若葉先輩の体が、一歩二歩、弾み始めた。白い腕から伸びたボールは、少しスライドするように曲がりつつ進んでいく。

 ボールは、最終的に。

 玉淀さんのボールの間と間を針の穴を通すように通過して、見事ポケットの中心に差し込んだ。その瞬間。

 試合を見ている観客がいるスタンドが、どよめいた。

「あっとぉ、若葉さんこれをなんと通しました。このコースを通しました。とてつもないコースを抜きましたねぇ曳舟さん」

「はい、とても驚きました。まさかそのコースを狙うとは。しかし、これで試合は全くわからなくなりましたよ」

「七回終わって、8対6。玉淀さんがリードしています」


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