第34話

 競技場の中に入り、選手とアドバイザーの入る控室があったので、そこに入る。もうユニフォームになっている人もチラホラいたので、

「じゃあ、私更衣室でもう着替えてくるね」

 若葉先輩がそう言った。

「アップはどうします?」

「あー。とりあえず中で済ませちゃうから、高水は呼ばなくていいかなー」

「わかりました」

「うん」

 そして、先輩は控室を後にしていった。控室に取り残された僕は、周りにいる選手やアドバイザーの姿を眺める。

 全員、ベスト8に残った選手ということもあって風格があるよな……。選手同士談笑している人達や、イヤホンで音楽を聴いて集中力を高めている人。アドバイザーと顔を突き合わせてなにやら話をしている人もいる。

 その誰もが、強そうに見える。いや、実際強いんだ。

 ……一試合でも多く、若葉先輩と試合がしたい。

 ふと、控室を眺める僕の視界に、さっきまで話していた玉淀さんが入り込んだ。すでにユニフォームに着替えていて、彼女は一瞬僕に視線をやった後、なんでもないようにどこかへ行ってしまった。

「…………」

 少し、緊張してきた。

 吐き出す息が、少し荒くなってきたころに、「ただいまー」とユニフォームに着替えた若葉先輩がのほほんと帰って来た。

 こんなときでも、先輩は先輩だった。


「それでは、準々決勝の四試合を行います。男子のマッチナンバー1番、2番の選手、女子のマッチナンバー1番、2番の選手はピッチに出てください」

 午前十時くらいに、係の人が控室で待機している選手にそう呼び掛けた。それを合図に、該当の八選手とそのアドバイザーが移動を始める。若葉先輩はマッチナンバー4番なのでまだ先だ。

「もう、呼ばれ始めたね。ばっしー」

「……はい」

 控室を後にしていく選手たちを尻目に、若葉先輩はそんなことを言う。

「もしかして、ばっしー緊張してる?」

 あなたはいつも通りそうですね……。

「……私も、ほんとは少し緊張してる」

 そう、思ったのに。

 先輩は、なんでもないみたいにさらっと呟いた。

「へ……?」

「ばっしー、私を無神経な女って思ってない?」

 若干の苦笑い、先輩には似合わない困ったような笑顔を僕に向ける。

「……私だって、緊張するよ」

 真っすぐ僕を見つめる。意思を持った目で、隣に座る僕を、見つめている。

「昨日の夜だって、言ったでしょ? ……多分、終わるかもしれない。わかっていても怖いものは怖いんだよ。ばっしー。そんな状況で、緊張なんかしないほうがおかしい」

 ……これは、先輩の素……?

「……でもさ、ばっしーのおかげで、なんとなく吹っ切れた。……今日の試合で、惚れさせてみせるから」

 端から聞けば、勘違いされてもおかしくないぞ……先輩。っていうか、すぐ近くにいる他校の選手、なんか気まずそうにしてるし。

「期待してます、先輩」

「うん」

 それでも、僕は、構わず若葉先輩に返した。なにか、やってくれる。そんな予感がしたから。


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