第30話
九回終わって、12対5。恐らくこういうペースで試合が続けば、六回あたりでギブアップを宣告するのが普通だ。しかし、同級生の予選突破が懸っている春日部さんは、最後まで試合を続けた。先に田島さんの試合が終わったらしく、結果は19対17と壮絶な打ち合いになった。田島さんの相手も、三年生ということで最後の試合を最後まで行い続けたようだ。
この時点で、田島さんの総得点は44。若葉先輩は42。つまり、あと3点このイニングでとってしまえば若葉先輩が決勝トーナメントに進める。また、春日部さんがギブアップした場合、田島さんの最終戦の得点とギブアップの試合の得点を考えずに総得点の差で順位を決定するので、やはり若葉先輩が上に行ける。
もう、春日部さんは逃げ道を失っていた。
最終十回も、ブロッカーを駆使し、相手の投球を制限する。
「くっ……」
そんな声が、春日部さんがボールを投げるたびに聞こえてくる。ブロッカーをもう既に配置しているので、ブロッカーを当てて根こそぎボールを落とす、ということはできない。いや、やれるならやって欲しい。とても難しいプレーになるから。
最終八投目。春日部さんが最後の望みをかけてブロッカーをポケットに向けて投げた。しかし、既に三個設置されているブロッカーの隙間を通ることはできず、ポケット内には四球、若葉先輩のボールが生きていた。勿論、中心にも近い。
つまり。
「やっ、やったぁぁぁぁ!」
予選突破が決まったんだ。
興奮が醒めないまま、僕と若葉先輩は観覧スペースに戻り始めた。
予選十組は、一位が六勝一敗で岩槻さん。二位が六勝一敗で男衾さん。三位が五勝二敗で若葉先輩。ここまでが来週土曜日に開催される決勝トーナメントに進出できる。四位が同じく五勝二敗の田島さん。一位と二位、三位と四位は総得点での決着となった。
どこか浮ついた気持ちを持ったまま、人と人の間を抜けて行く。
「やった、やったんだよね……? ばっしー」
「……はい、やりました、先輩は」
「……残った、んだ……私……」
誰もいない自分達の観覧スペースに、震えながら腰を落とす。きっと、高坂先輩達はまだ試合をしているんだ。
「やった……やった」
嬉しさのあまり、宙に浮いている手が震えている。先輩も、僕も。これが夢かもしれない、そう思えてもくる。
でも。
間違いなく、現実だ。
「ありがとう、ばっしー」
先輩は、目に涙を浮かべながら、それでいて顔を綻ばせながら、僕にそう言ったんだ。
「ばっし―がいなかったら、きっとこんないい結果、出せなかった」
「……まだ、まだ続きますから」
そうだ。これで終わったわけではない。目標は、国立競技場なんだから。
「……うん」
「頑張りましょう、先輩」
十五分くらいして、高坂先輩と策士先輩も戻ってきた。
「ど、どうでした? 若葉先輩」
「残ったよ。つるせっち」
策士先輩の問いに答えると、二人は息を呑んだ。
高坂先輩は口元を手で押さえて、ふらふらとその場に座り込んだ。
策士先輩は少しの間動きを止めてから、手元で小さくガッツポーズを取る。そして。
「よかった……」
二人とも、同じようにそう言った。
「……明日翔、ありがとな」
「何が……ですか?」
「まだ、望みを繋げてくれて」
「国立は、まだまだ先です」
僕が冷静な表情を崩さず、そう言うと、策士先輩は苦笑いをしてこう続けた。
「ま、そうだけどさ。今は少し喜ぼうよ。……ベスト16の年以来二回目なんだ。一次予選を抜けたのは。快挙だよ」
「…………」
「ありがとう、明日翔」
ポンポンと背中を叩き、僕を労う策士先輩。その瞳には、僅かばかりの光が反射していた。
ふと、隣を見ると、高坂先輩が泣きながら若葉先輩に抱きついていた。
「あ、ありがとうございます……菜摘先輩……」
「よしよし。高水もお疲れ様」
「来週も、頑張って下さい、菜摘先輩」
「うん。勝つよ」
澄み渡る青空。梅雨が明けた東京代々木公園。少し早い夏が、終わることはなく、まだその続きが僕らを待っている。
決勝トーナメントは、来週の土曜日、多摩で開催される。
僕は、僕にできる最高の準備をしないと。レジャーシートから立ち上がったとき、興奮からか、それとも足がしびれたのか、少しよろけてしまった。
いけねいけね。……また、今日からデータと映像をチェックしないと。
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