第29話

 一次予選の最終戦のコールがかかり始めた。お昼の休憩を挟んだので高坂先輩もそのころにはもう落ち着いていた。どうしても、どこか抜け殻のようにも見えてしまったけど。

 若葉先輩の入った予選十組は、すでに岩槻さんが六勝で予選突破を決めている。残りの二枠を、五勝一敗の男衾さん、四勝二敗の若葉先輩、同じく四勝二敗、先輩の五回戦の相手と争うことになる。ちなみに、最終戦、男衾さんは岩槻さんと、若葉先輩はすでに二勝四敗で予選敗退が決まっている三年生と当たることになっている。

 負けても五回戦の相手の田島さんが負ければ三勝三敗で並ぶけど、その場合は色々面倒な要素が順位決定に絡むことになる。勿論、お互いに勝っても、だけど。でも当然若葉先輩が負けて田島さんが勝てば文句なしで若葉先輩は予選敗退となる。

 勝たないといけない。

 更に一つ不運があるとしたら、最終戦の相手と田島さんは同じ学校の三年生である、ということ。敗退が決まっているとはいえ、仲間のためにも高いモチベーションで試合に臨むことは必至だ。

「六番ポケット。予選十組。東都学園、若葉さん。湘南大学町田、春日部さん」

 コールがかかった。少し順序が入れ替わったな。きっと、トーナメント進出が絡む試合を先行してやっているのだろう。組み合わせを早く決めるためにも。

「行ってくるね。高水。つるせっち」

「はい。……頼みました。若葉先輩。明日翔も。……二人に託します、うちの部活の運命」

「……うん」

「やってきます」

 そして、僕と若葉先輩はピッチに向かう。青い空から降り注ぐ太陽の光を、まっすぐ受ける芝に。

 僕の白いワイシャツが、はためく。先輩の肩まで伸びていない短い髪も、ふわり、揺れる。風が、吹き始めた。

 六番ポケットに到着。僕はミックスゾーンに入り、タブレットを起動する。

 ちょうど、光がそのままポケットの奥から差し込む角度で、若葉先輩は眩しそうに手で顔を覆っている。遅れて到着した相手選手も同様だった。

 時間的に、今はこの六番ポケットが外れくじか……。

 僕も、タブレットの輝度をたまらず上昇させる。でないと画面をまとも見ることができない。

 若葉先輩は、プレーイングゾーンに立ったまま、目を閉じ、右手の人差し指で小さくいつもの四つ葉を描き始めた。

 この試合ばかりは……若葉先輩に幸運よ来てくれ……!

「両選手は集まって下さい」

 少しして、審判がコイントスのために若葉先輩と相手選手を呼ぶ。

 一分ほどで先輩は僕のところに戻ってきた。

「最初は後攻になったよ」

「……相手の春日部さんは、制球力に難があります。セカンドやサードポケットにボールが意図せず集中してしまう機会も多いです。ですので、中心は比較的容易に取れると思います。ただ、予選突破のためにも、勝つだけでなく、得点も多く取っておきたいんです」

 もし、勝ち数が並んだときは、総得点の数で順位を決定する。今回、若葉先輩は一回戦の男衾戦でギブアップを受けている。けど、同じ順位の田島さんも一回ギブアップを貰っているので、今回はわかりやすい。もし、ギブアップの数に差があるともう一つ手順を踏まないといけないのだけど。まあ、最終戦でもギブアップが発生してその数に差が生まれてしまうことは十分あり得る。

「なので、頭の三回までは相手のボールを弾きながら、リスク管理をして試合を進めましょう。四回以降、僕が行けると判断したら……一イニングで5点を取るような戦い方に変えます」

「わかった」

「試合を始めます」

 審判の一言で、時計が動き始めた。それに合わせて、先攻の春日部さんが第一投を放った。風の影響も受けたのか、ボールは流れ、サードポケットに収まった。

 ……やはり、ボールは荒れそうだな。

「とりあえず、先輩はまず中心近くを取って、主導権を握りましょう」

「うん、中心ね」

 先輩はボールを持ってプレーイングゾーンに足を踏み入れる。

 ゆったりとしたフォームでボールを空に放ち、少し風に揺られながらもファーストポケットの端にボールを静止させた。

 少しずれたけど、春日部さんの制球力なら、十分だろう。オッケーオッケー。

「ごめん、ちょっと風を読み切れなかった」

「大丈夫です、これくらいなら全然許容範囲です」

「そう? なら、いいんだけど……」

「……勝ちたいって気持ちは大事ですけど、必要以上に神経質になったら、勝てるものも勝てなくなります。いつも通り、いつも通り。先輩のいいところは、よくも悪くものびのびしているところなんですから」

「なんか、褒められているのか貶されているのかよくわからない言葉だね、ばっしー」

「僕をばっしーなんてあだ名で呼ぶ人ですから」

「ふふ」

 先輩はおかしそうに顔を綻ばせる。

「肩の力、抜けてきた。ありがとうばっしー」

 そう言い、先輩は二投目に向かった。


 目論見通り、序盤三イニングは慎重に進めた。一回は2得点。二回も2点。三回は1点だ。

 僕は、隣のポケットで行われている田島さんの試合に目を移した。

 ……同じく三回終わって、9対4。

 田島さんも総得点で決着がつくと踏んで、序盤から飛ばしたんだ。わかりやすい殴り合いの試合になっている。

 六回戦目が終わって若葉先輩の総得点はギブアップで流れた男衾戦を除いて30だ。対して田島さんもギブアップの試合を除くと、25。

 このまま終われば、若葉先輩が35、田島さんが34でギリギリ上回る。でも、このまま終わるなんてことはあり得ない。

 こっちも、ギアを上げないといけない……。でも。

 もし、春日部さんが田島さんの意図を汲んで、徹底的に防戦を仕掛けたら。

 ……やばいかもしれない。

「先輩。……二投目、三投目、ブロッカーを使いましょう。これから」

「え? いいの? 点減っちゃうよ?」

「……恐らく、春日部さんは勝利を捨てて同じ高校の田島さんの予選突破のための作戦を敷いてきます。となると、普通にやると、ボールは弾き続けられます。そうなると、困るのはこっちです。なら、ブロッカーを投じて少しでも抵抗はしないといけないです」

「わ、わかった」

「まっすぐとスライダーのコースを切るだけで大分精度は下がるはずです。そこを徹底しましょう」

「オッケ―」

 若葉先輩の第一投。少しでも狙いにくい奥側のサードポケットに置いた。続いて、春日部さんの一投目。

 やはり狙いとはずれてしまい、奥側セカンドポケットに収まってしまう。表情を歪ませているところを見ても、やはり作戦は弾き出す、それに徹しているようだ。

「正面にブロッカーを置きましょう。今日の春日部さんの変化球の精度なら、それで十分制限できます」

 言葉に出さずとも、顔をこちらに向けつつ真面目な顔で首を縦に動かす。

プレーイングゾーン脇に置かれたブロッカーに魔法をかけ、滑らかな動きで正面のコースを切った。予想通りか、それに対する春日部さんの投球も、空を切りポケット外にまで飛んでしまった。

球の威力は強いんだけど……いかんせんコントロールが安定していない。だから、勝ちを重ねられなかったのだろうけど。

想定以上に相手の制球が乱れている。

……なんとか、なる?

 続く第三投で右のコースにもブロッカーを置いた。すると、キレのない変化球があさっての方向に飛び始めた。ポケットにはどんどん若葉先輩のボールがたまっていき、結局狙い通りの大量得点を掴み続けることができた。


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