第28話
岩槻さんとの試合は、予想通り苦しい展開になった。終盤八回終わって、6対4。ビハインドになっている。
六戦目、ということもあって、若葉先輩のプレーにも少し疲労が見えてきた。勿論一試合のなかでも疲れでプレーの精度が落ちることはよくある。でも、ここで僕が言いたいのは、シーズン終盤のサッカー選手と、シーズン序盤のサッカー選手では蓄積された疲労は違うよねって話。
体力はまだ残っていると思う。でも、疲労はたまっているはず。そして、その疲労は、行使する魔法の威力にも影響してくる。
「……男衾さんの試合よりも、ボールが軽いな」
つまり、ボールをポケット内に浮かせることでいっぱいいっぱいになってしまい、強い力でボールを維持できていない。するとどうなるかと言うと、単純に弱いボールでも当たると落ちてしまうってこと。例えば、100の力で浮かせたボールは、100の力が入って投げられたボールでないと落ちないけど、30の力で浮かせたボールは30の力で落ちてしまう。あるいは、風でずれてしまうこともあり得る。
今の若葉先輩のボールは、その30のような状態だ。
「となると……攻撃に厚みがなくなってしまう……残り二イニングで逆転なんてできるのか?」
僕がぐるぐると考えている間にも、九回の攻防は進んでいて、既にお互い第五投まで終わらせていた。
ハッと意識を試合に戻すと、ポケットには四つの岩槻さんのボールと、二つの若葉先輩のボールが浮かんでいた。ブロッカーは岩槻さんと若葉先輩が飛ばしたもの一つずつ。
え? ……岩槻さん、自分のボール残しながら若葉先輩のボール弾いたの?
なんてレベルだよ……!
そんなプレーやられたら、もうお手上げとしか言いようが……。春の二日目に残る人のレベルって、そこまでなのか。
……もう、若葉先輩の体力的にブロッカーは切り離したほうがいいかな。
肩で息をしている若葉先輩の後ろ姿を見つめつつ、僕はそんなことを考えた。これ以上粘らせると、最終節に力が残らない。どっちも負けてしまったら予選は抜けられない。なら、この試合は……。
切ったほうがいいのか。
「若葉先輩」
五投目に向かう若葉先輩に、僕は声を掛ける。
「なに? ばっしー」
「……次の投球で、ブロッカーにかけている魔法を切り離してください。もう、先輩、体力限界ですよね」
すると、くるりと僕に背中を向け、若葉先輩はこう言いつつプレーイングゾーンに歩き出した。
「大丈夫。まだまだいけるよ。春は魔法の体力鍛えてたから。まだ、まだ大丈夫」
「あっ……」
結局、僕の制止を聞かず、若葉先輩はそのままプレーを続けた。しかし、試合展開は最後までひっくり返ることなく、9対4で負けてしまった。
もう、後がなくなってしまった。
そして。
悪いことは連鎖してしまうもので。
僕と若葉先輩が気落ちした顔で観覧スペースに戻ると。
「ぁぁっ……ぁぁ……」
沈痛な顔をした策士先輩と、策士先輩の胸に顔を埋めて泣いている高坂先輩がいたんだ。
それだけで、全てを察した。
負けたんだ。と。
「た、たかみ……?」
若葉先輩も気づいたのだろう。震えている声で、先輩は手を差し伸べようとした。
「……ごめんなさい……菜摘……先輩。決勝トーナメントには残る、そう言ったのに……言ったのに……」
涙混じりのその声を聞いて、若葉先輩は差し伸べていた手を止めた。
「一緒に、部活守ろうねって……約束した……のに……私……わたし……」
戦う意思を見せていたからこそ、負けた今、これほど苦しんでいる。
考えたくない未来が、訪れていた。
「ぁぁ……ぁ……ごめんなさい……菜摘先輩……」
「……高水」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も何度も、ただただ謝り続ける高坂先輩。
「まだ……何もしてないのに……何も……私を拾ってくれた菜摘先輩に……何も……」
息を呑むように若葉先輩は動きを止めて、高坂先輩の姿を見つめている。
「……私なんかを見つけてくれたこの部活に……まだ……私は何も返してないのに……」
若葉先輩はぎゅっと、自分のユニフォームの裾をつかんだ。高坂先輩に視線をまっすぐ送りつつも、唇をかみしめている。
「……何、やってるの。私は……」
ゆっくりと、その言葉は紡がれた。一言一句、しっかりと飲み込むように。
「高水」
先輩は、改めて右手を高坂先輩の震えている肩にそっと置いた。
「ありがとう、高水。そこまで部活のこと、考えてくれていて。……勝つから。私、残るから。だから、責めないで、自分を」
「菜摘……先輩?」
「……高水の思い、絶対に無駄にはしないから」
「っ……せ、先輩……」
若葉先輩は、視線を僕のほうへと移し、最後にこう締めた。
「……勝つよ、ばっしー」
若葉先輩の顔は、今までのなかで、一番。
真剣な顔をしていた。
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