第25話


 白熱した戦いが繰り広げられる代々木公園。最初のコールがかかってから二十分くらいで、高坂先輩の名前がコールされた。

「よしっ、行こう高水」

「う、うん」

「高水―頑張って」

「はっ、はい、菜摘先輩」

 少し緊張した面持ちで高坂先輩は策士先輩と並んでピッチに向かい始める。応援をしていたところだけど、そうもいかない。順番的にもうすぐ若葉先輩も名前がコールされる。

「……高水、ガチガチだなあ」

「大丈夫ですよ。きっとそこらへんのケアは、耀太さんがきっちりやると思うので」

「まあ、つるせっちだもんね。そっか」

「四番ポケット、予選十組、東都学園、若葉さん。都立青梅総合、男衾さん」

 そう話しているうちにもうコールがかかってしまう。僕はレジャーシートから立ち上がり、先輩に手を差し伸べる。

「僕たちも行きましょう。初戦、きっちり勝っていきましょう」

 先輩はためらうことなく僕の右手をつかんで、体を起こす。

「うん、よろしく、ばっしー」

 制服の僕と、ユニフォームの先輩。僕と先輩は緑色広がるピッチに歩き出した。

 四番ポケットにはもう既に対戦相手は到着していた。

「あなたが若葉さんね。青梅総合二年の男衾です。よろしくお願いします」

 彼女は先輩の姿を認めると、僕達のほうに歩み寄り、握手を求める。

「うん、よろしくお願いしますー」

 数秒握手をして、男衾さんは隣にいる僕に目線を移す。

「隣の人は……アドバイザーですか? 専任の」

 女子の会場に男子がいる時点で、そう思うのは自然だろう。実際、会場にいる男子は五人もいない。そして全員がアドバイザーのようだ。

「はい。アドバイザーの一年、上板橋です」

「かっ……みいたばしって……」

 僕が名前を言うと男衾さんは少し表情を詰まらせ、同じユニフォームを着た女子生徒に耳打ちする。何回か確認を取ってから、僕に向かい合う。

「あなた、選手じゃなかったの?」

「春の大会終わってから、専任に切り替えました」

 すると、少し口を開けてしばらく呆けた後、僕に言った。

「……千代田の一年を試合途中ギブアップさせたほどの実力を持ったあなたが、どうしてアドバイザーを?」

「……まあ、そこはご想像にお任せします」

「勿体ないんじゃ、あなたの実力なら、決勝トーナメントは余裕で、国立ももしかしたら狙えるかもしれないのに」

「……もしかしたら、じゃあ駄目なので。僕たちは」

 僕はそう言うと、ミックスゾーンに足を踏み入れ、タブレットを起動させる。

「絶対に国立に行かないといけないので。そうするための、判断です」

 はっきりと、意思を込めて。

「なので、別に狂気でも開き直りでもなく、僕たちは本気です。勝ち、狙ってるんで、よろしくお願いします」

「両選手はプレーイングゾーンに入って下さい」

 審判に促され、試合前の会話はそこで終わった。若葉先輩と男衾さんは審判のもとに向かい、コイントスと「白粉」の補給をしている。

 起動したタブレットから、男衾さんのデータを呼び出す。

 男衾朔美おぶすまさくみ。一年の春四回戦敗退。一年の夏決勝トーナメント二回戦敗退。一年の秋ベスト16。今年の春、ベスト32。どちらかと言うと守備的な選手で、がっつり点を取りに行くのではなく、相手の嫌がる位置にブロッカー、ボールを散らすプレースタイル。弱点らしい弱点は、魔法の耐久力が弱い。それくらいだ。簡単にボールを吹っ飛ばすことはできるけど、守備的な選手ゆえ、その弱点が致命傷になっていない。

 バランスのいい選手であることは間違いない。

 けど、男衾さんにはもう一つ、今度は決定的な弱点が存在する。そこを突くことができれば、若葉先輩は勝てる。少なからず、僕はそう計算している。

「初回、後攻になったよばっしー」

 一旦ミックスゾーンに戻ってきた若葉先輩は、普通の水を口に含みつつ僕にそう言う。そして、手元で右手の人差し指を動かして四つ葉のクローバーを描く。

「先輩。このイニング、欲張らなくていいです。一点でいいんで、点を取って相手を後攻にさせましょう。昨日の帰り、話した弱点を攻めるためにも」

「うん。わかってる」

「なので、初回は基本、男衾さんのボールを弾き続けることに集中しましょう。弾いて弾いて、最終投球で中心を取る。そして一点。これが僕のプランです」

「オッケ―」

 プレーイングゾーンに残った男衾さんが、第一球を放り投げる。とりあえず中心に止める、正確なショットだった。

 しかし、これが彼女の生命線だ。このボールを軸に、むしろ、このボールを守るのが男衾さんの戦術だ。

 入れ替わって若葉先輩の投球。指示通り、若葉先輩はきっちり男衾さんの一球目に当てて、ボールを落とした。これでまたフラットな状態になる。ポケットにボールは残らない。

 相手は少し苦い顔を浮かべる。

 やはり、嫌がるな、こういう戦い方をされると。

 続いて男衾さんの二投目。これもやはりファーストポケットの中心にきっちり浮かべた。

 しかし、それも対応を変えることなく落としていく。二投目お互いに終えて、ポケットにボールは残っていない。

 さすがの男衾さんも僕たちの狙いには気づいたようだ。

 三投目では無理に中心は狙わず、まっすぐのコースを塞ぐようにセカンドポケットにボールを散らした。

「どうする? ばっしー。今なら中心取れるけど」

「……いや。ブレません。焦れずにボールを落とし続けましょう」

 ……あの三投目、位置が絶妙なんだよな。ちょうど真っすぐ中心を狙おうとすると「当たりそうな」場所にボールがある。それだけでまっすぐのコントロールは乱れる。

 それに。今ここで中心に投げるのは、間違いなく男衾さんの餌にかかることになる。餌にかかると、ポケットに男衾さんのボールが生きてしまう。そのボールを軸に、ブロッカーを投げてどんどんコースを限定し、やがて中心に投げたボールも弾くだろう。そうなったとき、心理的にやりやすいのは男衾さんのほうだ。

「焦れたほうの負けです。耐えてください」

「うん。わかった」

 若葉先輩は攻めたい気持ちを押さえて、淡々と男衾さんのボールを弾き続けた。四投目から七投目も同じように進み、迎えた最終八投目。

 男衾さんは形作りにボールをファーストポケットの、中心からややずれたところに投げた。

「よし。先輩、一番得意なスライダーで中心射貫きましょう。それできちんと一点を取って。……この虎の子の一点のリード、守り切りましょう。もしミスっても最悪ボールは落とすように。そうすればまた0対0、後攻のまま二回に行けますから」

「もちろん。ここで真ん中取ってこその部長だからねっ」

「なら、安心です」

 先輩は意気揚々とプレーイングゾーンに入り、ボールをつかむ。安定したフォームで投じたスライダーは、美しい虹を描いて、中心に収まる。

「よっし!」

 それを見て、先輩が右手の拳を振る。

「緑:78・9ミリ 白:23・4ミリ」

 一回は、若葉先輩が得点を取った。これで1対0だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る