第4章 最後で最初の夏に架かった、単色の虹を僕は消したくなかったんだ。
第24話
高坂先輩は数日入院するだけで済み、すぐに練習に復帰した。あの欲望丸出し理事はあれから部活にちょっかいをかけなくなった。さすがにそれどころの状況ではないだろうからね。ざまあみろ。
梅雨も明けて、夏の大会まであと数週間となった。一時期あった僕と若葉先輩のぎこちない関係も解消され、毎日の練習に励んでいた。
「少し腕の位置落ちています、制球ずれるんでフォームもう少し意識してください」
「ブロッカーを投げるとき、あまり余分に力をかけないでください、『白粉』の消費が一番激しいプレーはブロッカーを投げるときです。ここを効率よく投げられたら、ボールに強い力で魔法をかけられるようになります」
「今の変化よかったですっ、それ意識してやっていきましょう」
帰り道では、たまに先輩と寄り道をしてどこかでご飯を食べて帰ったり、遊んで帰ったりすることも増えてきた。
練習のとき以外でも、増えていった先輩と共有する時間。色々なことを知ることができた。
例えば、若葉先輩は甘いものが好きだということ。なのに炭酸は飲めないこと。
例えば、カラオケでは絶妙に音を外して微妙によくわからない別の歌になってしまうこと。
例えば、歌は下手なのにリズムゲームは物凄く上手いこと。けど、クレーンゲームは不器用過ぎて全然アームが景品にかすらないこと。
他にも色々あったけど、ここには書ききれない。
夏の大会はあっと言う間にやって来てしまう。
迎えた大会前日。軽めの練習で終わった僕たちは部室に集まってミーティングをしていた。
「──で、明日と明後日の一・二日目に行わるのが一次予選。明後日までは全員が参加できる。週をまたいで三日目で決勝トーナメントのベスト8まで決める。で、最終四日目が国立。若葉先輩と高水はどっちも最初の二日の会場は代々木です。……わかってはいると思いますが、代々木で終わったら……多分僕らに明日はないです。これを最後の大会にはできないんです。……全力で、行きましょう」
ホワイトボードに手際よく大会の流れを書きながら説明をしてくれた策士先輩。太くはっきりとした文字で、「国立」を強調している。
その競技場の名前を見て、ゴクリと唾を飲み込む三人。
「行きましょう。国立競技場」
わずかな間を置いて。
「……行かないと、いけないんです。僕たちは」
その確かな決意と、覚悟が。
間違いなく僕らエアカーリング部のものであった。
翌日。晴天の代々木公園陸上競技場には、百人前後の参加者が集まっていた。策士先輩によると、夏の都大会一日目・二日目は男子二会場、女子二会場で行われる。男子は多摩と町田。女子は代々木と武蔵野で開催されている。
今回、東都学園は選手としての登録は若葉先輩と高坂先輩しかしていないので、東都の部員は全員代々木に集まっている。というか、まあ同じ学校の生徒で同じ競技場に集まれるように配置と組み合わせはされているようだ。
春の多摩と違い、スタンドはないので、陸上トラックの周りにレジャーシートを引いてその上で試合を観戦したり準備をする。
「多会場開催なので開会式は決勝トーナメントまでないです。僕らの順番は少しあるので二人はウォーミングアップをしていてください」
本部で受付を済ませてきた策士先輩は場所を取っていた僕ら三人のもとに戻ってはそう言う。
「うん。よしっ、高水、公園軽く走ってこよう?」
「は、はいっ」
既にユニフォームに着替えていた先輩二人は観覧スペースを後にして、僕の視界から消えていった。そうそう。顧問の鉢形先生も一応引率はしている。しかし、やはりすぐ本部の手伝いに行ってしまったけど。
「明日翔」
策士先輩は声を潜めるようにして僕の耳元でそう囁く。右手には一次予選の組み合わせが映ったタブレットを持っている。
「一日目の今日は四試合を戦う。予選通過となる三位以上は、七戦で五勝が目安だ。四勝だと怪しい。三勝では無理だ」
「……今日。三つは勝たないときついですね」
「ああ。で、今日の当たりだけど。……高水はまあまあ恵まれている。四試合の相手のなかに春の二日目に残った選手はいない。グループの中を見ても一人しかいない。練習通りの実力を出せば十分突破は狙える。というか僕がさせる。でも。若葉先輩のほうは……」
策士先輩は画面を下にスワイプしていく。その表情は少し険しい。
「……まずグループ内に春の二日目に残った選手が三人いる。そのうち一人……青梅総合の
僕は策士先輩の顔を見つめ、ノータイムで答える。
「じゃないと僕、嘘つきになりますからね。……勝たせます。先輩から貰ったデータ。嫌というほど頭に叩き込んで何度も映像で確認もしましたから」
「……頼むぞ。高水には悪いけど、今の高水のレベルじゃ、国立は難しい。でも、若葉先輩なら、もしかしたらがあるレベルではあるんだ。そのためには、この二日目勢の誰かには勝たないといけないんだ。裏を返せば、勝てるのならば、実力は間違いないってこと」
「……大丈夫です。若葉先輩なら」
隣で心配そうな雰囲気を出している策士先輩を横目に、着々と試合の準備が整っているピッチを眺めながら僕はそう答えた。
「僕だって、この部活がなくなるのは嫌ですから」
別に誰かに廃部予告をされたわけではない。まだ、本当に廃部になるかどうかはわからない。でも、結果を出さないといけない、その思いは奥底にある。
「規定の時間になりましたので、試合のコールをかけていきます。一番ポケットー」
ざわついている観覧スペースに、放送が入る。続々とされていく試合のコールに合わせて、慌ただしく選手たちが移動していく。東都学園の二人はまだ試合がないので、気分は落ち着いたままだ。
「始まるな。最初の夏が」
「ええ。……一回目の夏です」
「最後に、ならないといいけど」
「させませんよ。そんなの」
「……そう言ってもらえると、僕も楽になるよ」
「まず初日。……二日目に繋げる結果を出せるように、サポートしていきましょう」
「当然、明日翔」
静かな闘志を燃やしながら、僕と策士先輩は拳と拳を突き合わせる。
負けさせる気は、どこにもない。
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