第20話


「……あれ? 練習用のボール、前よりなんか数減ってない? 明日翔」

 練習後、広場にクールダウンをしている選手二人を残し、僕と策士先輩は用具の片づけをしていた。策士先輩は、かごに入ったボールの山を見つめながら、不思議そうな声で僕に聞く。

「……確かに、見た感じ少ないですね。ちょっと広場に落ちてないか見てきます」

 僕は持っていた「白粉」入りのボトルを部室内のシンクに置いて、外へと駆け出した。

「ああ、頼む明日翔」

 くるぶしくらいまで伸びてきた芝生を踏みしめ、僕は辺りを探し始めた。たまにボールがとんでもないところに落下してしまうことはあり、それで少しボールの数が減ってしまうことしばしばあった。けど、今日のに関してはそのレベルではない。

「あれ……? ないな……」

 練習で使った場所、そうでない場所、隅々まで探したけれど、ボールはどこにも落ちていなかった。

「……まあ、今日そんな大暴投してなかったからな」

 仕方ない、戻ろう。

 そう思い、僕は部室に引き返そうとした。そのとき、僕の視界の端に見覚えのある人が映った。

「……鉢形先生?」

 普段練習を見に来ない顧問が、どうしてこんなところに……。

 広がる一抹の疑念。

「おーい、明日翔! そろそろ帰ろう! 今日は仕方ない、もういいや!」

 白衣を着た先生を目線で追いながら、

「わかりました! 全然ないです!」

 先輩の声の方へと、走り出した。梅雨どきだからか、西の空には黒くて厚い雲が流れ込んでいる。

 まさか、ね。


 翌日、僕は教室に入るとともに、血相を変えた策士先輩が「明日翔! いる?」と叫びつつ僕を探しに来た。

「は、はい。いますけど」

 机に荷物を置き、僕は廊下に立っている策士先輩のところへ向かう。

「ぼ、ボールが……」

「どうかしたんですか?」

 手元に拳を作りながら、先輩は悔しそうな声で呟いた。

「……体育館裏にボロボロになって捨てられていたんだ」

「は、はい?」

「行くぞ、明日翔」

 先輩に手を引かれ、何がなんだかわからないまま、僕は校舎の隅にある体育館の裏へと連れて行かれた。

 朝練が終わった運動部の生徒で囲まれた一角に、策士先輩が言ったボールは捨てられていた。

「……い、いや。これ、ひどくないですか……?」

 それは、見るも無残になっていた練習用のボールで。

「サッカーボールくらいあるうちのボールを、ここまでズタズタにするには」

「魔法を使ったと考えるのが自然ですね」

「だよな……」

「あ、あの、回収はしなくていいんですか? このまま遠巻きに見るだけってのは」

 僕は、他の部活の生徒と一緒にボールを眺めるだけの位置を取ることに違和感を覚え、先輩に尋ねる。しかし。

「……今、若葉先輩が職員室に呼び出されている。どういうことかって。……下手すると、管理責任を問うかもしれない、だってさ。……決まるまで、触るなって指示も出た」

 まるで毒でも吐くかのように苦々しい表情をする策士先輩。

「い、いや管理責任って。昨日練習終わったときには近くにはなかったじゃないですか。まさかこんなところまでボールが飛ぶとは思えないし、誰かが盗んだとしか……」

 今僕が立っている体育館裏は、いつも練習に使っている校門近くの広場とは逆方向にある。少なからず、ここまでボールが到達するには、校舎を越えていかないといけない。しかし、そんなプレーはあり得ない。

「まあ、僕もそうだとは思う。でも、学校側はそうではなく、『盗まれたこと自体』を問題視しているみたいで……」

「っ……そ、それはそうかもしれないですけど」

 どこか煮え切らない。そんな消化不良な思いが僕の頭のなかをグルグルと巡る。

「つ、鶴瀬君っ」

 すると、事情を聞いたのか、息を切らせた高坂先輩も現場にやって来た。

「お、高水」

「れ、連絡見て来たけど……ひ、ひどい……」

 高坂先輩は僕らの側に立ち、過剰に破損されたボールを眺めて口走った

「わ、菜摘先輩は……?」

「今、職員室」

「なあ、鶴瀬、大丈夫なのか? これ」

 輪になって固まっている僕らに、一人の男子生徒が声を掛けてきた。多分、策士先輩の友達だろう。

「あ、ああ。……多分」

 さすがの策士先輩もそうやってお茶を濁すことしかできず、曖昧に答えるに留まった。

「何かできることあったら言ってくれよ。鶴瀬の頼みなら、なんとかするからさ」

 その友達は、そう言うと教室のあるほうへと戻っていった。

「つ、鶴瀬君……人望やっぱりあるんだね……」

「え? あ、ああ、まあちょくちょく勉強とか見てるし。それで」

「……いいなぁ」

「ん? 何か言った高水」

「い、いや……なんでも、ないです……」

 段々朝のホームルームの時間が近づいてきたからか、周りに集まっていた他の部活の生徒も教室に帰り始めた。そして、残ったのは、エアカーリング部の三人だけになる。

「あ、若葉先輩」

 策士先輩の一声で、僕は戻っていく生徒達と入れ替わるように歩いて来た若葉先輩を視界に捉えた。

「や、みんな。集まってるね」

 いつもと変わらない調子で、若葉先輩は始める。

「さっき、職員室で言われたけど、次同じようなことがあったら、何らかの処分を考えるって」

 とりあえず、注意で済んだってわけか……。でも、学校側の対応のベクトルはそっち向きなんだ。……エアカーリング部は被害者ではなく、加害者と。加害者でないとしても、やられたのにはやられるだけの理由があるってことですか。

「結構、冷たい対応ですね」

「……うん、そうだね。でも、昨日つるせっちとばっしーが探してなかったんだよね。なら、仕方ないよ。気を付けよう?」

「は、はい……」

「ボールはもう片付けていいって。まあ、もう使えないから、捨てるしかないけど」

 若葉先輩は、どこか切なげに言って、放棄されたボールの破片を拾い始めた。

 でも、これは始まりに過ぎなかった。


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