第19話

「先輩の映像や実際のプレーを見ていると、魔法をかけるときの右腕の動きが固定できていないんです。特に、序盤と終盤のフォームの差がひどいです。これだと、投球はどうしたって安定しないです」

 次の日、ランニングが終わり練習に入り、それぞれのペアで集まったとき、最初に僕はそう言った。

「あれ? そんなにぶれてた?」

「はい。これ、見てください」

 僕も策士先輩同様練習中にもタブレットを携帯することにした。そのタブレットのファイルを開き、試合中の先輩のフォームを映した映像を見せる。

「ほんとだ」

 ちなみに先輩は変わらず明るいキャラを演じたまま。……別に、いいけどさ。

「というわけで、しばらくはフォームの固定に力を入れましょう。魔法体力に関しては耀太さんがある程度鍛えてくれていたので大丈夫でしょう」

「はーい」

「よし、じゃあ、始めますか」


 そうして、僕と若葉先輩の練習は始まった。最初は色々と口を出すことが多かったけど、飲み込みは早く、数日経つくらいには疲れても同じフォームで投げ続けることができるようになっていた。

「ちなみに、耀太さんに何かフォームについて言われたことはありました?」

 練習の合間にとる休憩中、ベンチに座りながら僕は隣の若葉先輩に尋ねる。

「うん。軽く何回か言われたことはあったけど、今のばっし―みたいに細かく教えてくれるってことはなかったかなー」

 スポーツドリンクをゴクゴクと飲みつつ、先輩は答える。

「まあ、つるせっちはつるせっちで何か考えがあったんだろうね。私が一番言われたのは魔法の体力をつけてってことかな」

「はい、それは僕も聞いたんで」

「ねえ、フォームの次は何が必要かなあ私」

「そうですね……先輩はちょくちょく暴投かますのが一番の弱点だと耀太さんはまとめていたので、フォームさえまとめてしまえば大方それは解決されるんです。今から何かを始めて夏の大会までに完成するとは思わないので、逆に得意なことを伸ばしていきましょうか。先輩、何が得意だと思ってます?」

「え? うーん、そうだなー。強いて言うならスライダー?」

「はい、そうです。スライダーの制球が非常にいいそうです。なら、一球種だけでもいいので高いレベルで投げられるようにしましょう。先輩は特に苦手な球種はないみたいなので」

「うん、わかった」

「なので、休憩が終わったら、まずスライダー回転のボールを投げ込みましょう。ある程度慣れてきたら、僕が空中にボールを浮かせるので、それに当てて落とす練習も。いつでも相手のボールを弾ける手段を持つことも、大事なので」

「オッケ―」


 練習が軌道に乗り始めたある日の帰り道。僕と若葉先輩は学校をでて例のごとく一緒に駅まで向かっていた。

「いやー今日も疲れたなー」

「ちゃんと体ほぐしてくださいよ。ケガとかされたらたまらないので」

「わかってるよーばっしー」

 ビル街を抜けながら、気の抜けたような若葉先輩の声を聞く。

「もうすぐ夏だね」

「はい」

「勝てる、かな。私」

「……勝たせますよ」

 様々な音が、辺りに鳴り響いている。電車の走行音、横断歩道の信号のベル、演説、遠くから聞こえてくる救急車のサイレン。街中を吹き抜ける風に少し顔を覆いながら、駅に進む。

「あの、若葉先輩」

「ん? 何―?」

 僕は、聞きたかったことを先輩に質問しようと思った。

「どうして、僕が入るとき、廃部になるかもって、言わなかったんですか?」

 何気ない感じで、聞いたつもりだった。それに、先輩もすぐに答えたから。

「え? なんないよ。ばっしーが入れば、廃部になんて」

 何を言っているの、とでも言いたげな顔を僕に見せる。

 こっ、この人は……。

「言ったでしょ? 私。ばっしーさえ入れば、それでいいって、南に」

「そ、それはそうですけど」

「初めてばっしーの魔法見たときから、ずっと思ってた。きっと、ばっしーなら、うちの部活を強くしてくれるって。まさか、専任アドバイザーになるとは思わなかったけどね」

 後ろを振り返りながらニッと笑ってみせる若葉先輩。信号待ちから動き出し、中野駅の改札を通る。

「でも、まあ、それはそれでいいかなって。……私を国立まで連れて行ってくれるかもしれないし」

 コンコースからエスカレーターを上っていく。前に立つ先輩が、スカートをはためかせながら僕のほうを向いて言う。

「だ、だから前を向いてくださいって」

 一瞬見えた先輩の笑顔が眩しくて、ついそんなことを口走ってしまった。

 エスカレーターの先から流れ込む白い光。

「よっと」

 そう呟きながら、子供のように軽く飛んでエスカレーターを降りる先輩。白いワイシャツの背中に、羽が生えているような、そんな錯覚が僕の目に映った。

「連れてってくれるよね? ばっしー」

 数秒遅れてホームに入った僕に、語り掛ける先輩。相変わらず笑みは崩れないまま。

「……できる限りのことはしますよ。僕は」

「もう、そこはかっこよく『必ず連れて行きますよ』って言おうよばっしー」

「…………」

「えー? 無視―?」

「必ず、なんて言えませんよ。怖くて。……でも、全力は尽くします、先輩」

「ふふっ、らしいね。ばっしー」

 羽が、揺れる。

「期待してるね、私」

 飛び立つ先に、どうしてか、虹がかかって見えた。


 そういったことを話しながら、僕と若葉先輩は共に時間を過ごしていった。年下とは言え、若葉先輩は僕の指示する練習についていってくれるし、逆に確認したいことがあるとすぐに聞いてくれる。

 本当にエアカーリングが好きなんだな……と練習に付き合っているうちに感じていた。

 策士先輩が頷いた通り、アドバイザーを二人にしてお互いがお互いの練習を見るようになってから選手のレベルが上がってきたように見えた。

 高坂先輩も策士先輩に練習をしっかり見てもらえるようになってから心なしか表情が明るくなって、プレーがのびのびしてきたし、若葉先輩も得意のスライダーに磨きがどんどんかかってきた。

 それは、六月の練習試合でも目に見えるものだった。若葉先輩は都立や私立の選手五人と試合をして四勝一敗。高坂先輩も三勝二敗と勝ち越した。試合内容も決して悪いものではなく、観戦していた選手をどよめかせるシーンもまま作った。

 僕と策士先輩のアドバイザーコンビも、満足する出来だった。

「よぉーし、この調子で夏に向けてがんばろー」

 若葉先輩の言う通り、ここからさあ、更に行こうってときだった。


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