第14話
「ここにしようかっ。八面全部きちんと見通せるし」
メインスタンドの中心、ピッチの真ん中が正面にくる位置に僕達は場所を取った。荷物を置き、ひとまず休憩する。
「若葉先輩、さっきの人って……」
バックからスポーツドリンクを出して、口にしながら僕は尋ねた。
「あ、南? あの子は、千代田科学技術の三年で、
何でもないように、スラスラと言う。
「えっ、去年の準優勝者って……先輩、そんな知り合いいるんですか?」
「まあねー」
まあねーって。軽いよ若葉先輩。僕はさらに二の句を継ごうとしたけど、
「さ、それじゃあユニフォームに着替えよっか。いつまでも制服でいるとあれだしね」
先輩はバックを持ってゲートの先にある更衣室に向かっていった。
僕は後ろ姿を無言で見つめる。……何か、あるのか? いやに話題を逸らしたがるな……。
「高坂先輩は、何か知ってますか? 玉淀って人と若葉先輩に何かあるかどうか」
物静かに準備を続けていた高坂先輩に聞いてみる。
「あ……いや……私も、鶴瀬君も知らないよ……? 聞いても、菜摘先輩、答えてくれなくて……」
あの悩みなんてなさそうな若葉先輩が、答えたがらない。
「じゃ、じゃあ私も更衣室、行くね……」
「はい、僕は耀太さん来てから着替えるんで」
若葉先輩のこと、全部を知りたいわけではないけど、気にはなる。他校の生徒の喧騒で埋まっていくスタンドで、僕はそんなことを考えていた。
まあ、気にせず大会に集中するか。
ユニフォームに着替え、再びスタンドに向かう。一人通路を歩いていると、
「見ろよ、あれ、東都のユニフォームじゃね?」「ああ、あのサックスブルーはそうだ。でもあの顔は初めて見るな、一年じゃないのか?」「ま、研究科あるのに弱小な東都の一年なら大したことないだろ」「そうだな、ははは」
なんて会話がそちらこちらで聞こえてくる。
やっぱり、弱小校なんだな、東都学園は。膝の上まで伸びたパンツの裾をつかみつつ、何も言い返すことなく僕は間を抜けていく。
「おい、パンフ読んだか?」「は? どうかしたのかよ」「とうとう、東都の一年、普通科の生徒一人になったらしいぜ」「まじかよ、もう東都も終わりだな」「他の魔法系は強いのに、なんでエアカーリングだけこんなに弱いかねえ」「さあな、まあ偶然なんじゃね」
好きに言ってろ。あまりにも陰口がひどいので、半分目を閉じて歩いた。
ゲートを通ると、ピッチ上にはさっきとは違い、たくさんのポケットが空中に映し出されていた。
「す、すげぇ……」
それは薄目で歩いていても見えるもので、思わず立ち止まり、そんなことを呟いてしまった。
緑の芝生の上に浮かぶポケット。別にこれは魔法のおかげではなく、科学の進歩だとこの間策士先輩に教えてもらった。なんでも、プロジェクションマッピングを応用したものらしく、高校の部活でも買えるくらいの金額にはなっているらしい。それでも、ポケットが八つ並んで映っているとそれはそれで壮観だ。
「戻りましたー」
先輩方がいるところに戻り、僕は椅子に座る。
「お、おかえりーばっしー。ユニフォーム似合うねー」
「ど、どうもです」
僕は同じユニフォームを着た若葉先輩を横目に見ながらそう答える。……制服とかジャージのときはあまり目立たなかったけど。
……若葉先輩、まあまああるんだな。
っと、いかんいかん、何を考えている僕。
「……色々言われたと思うけど、気にしたら負けだからね、ばっしー」
「はい?」
「このユニフォーム。着ているだけで、色々馬鹿にされると思うけど、気にしないで。……きっとばっしーなら勝てるよ。大丈夫」
ピッチを真っすぐ視界に捉えながら、若葉先輩は初めて大会に参加する僕を励ますかのようにそう言う。
「少しは三年生らしいこと言えたんですね、若葉先輩」
「あ、それってどーいう意味? ばっしー」
口調は怒っているように聞こえるけど、声色が全然。やっぱり能天気というか、なんというか。
「心配しなくても大丈夫ですよ。……僕、外野に騒がれるのは慣れているので」
……それを無視するのも慣れているので。
ふと、視界が点滅する錯覚に襲われる。それは、僕の父さんが死んだ直後のこと。
──坂戸浩二氏がなくなったことにコメントいただけませんか!
──お父さんとは最後に何か話はできたんですか?
──完成したという「白粉」の権利関係について何か聞いていますか? また、東都学園側から何か接触はあったのでしょうか!
あの頃は。毎日毎日そんな感じだった。家を出ればフラッシュを焚かれしばらく囲まれて。学校を出てもまた捕まって。家に帰ってもまた捕まって。
こいつら暇なのか、とも思った時期もあった。クラスで浮く原因にもなった。
でも、それも慣れた。比べれば、あんな陰口痛くも痒くもない。
「……さ、そろそろ開会式だから、ピッチに降りようか、みんな」
僕の言葉に、何かを感じたのか、いつも明るい表情を浮かべている若葉先輩はどこか痛そうな顔をして、僕らに声を掛けた。
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