第12話
「じゃあ、ランニングの次は、大会も近いので、少し実戦を意識した練習をやってみましょう。ただ、普通にやってもあれなんで、僕が指定する条件は守って試合をしてください」
プロムナードを五周し終わった僕らにスポーツドリンクが入ったボトルを手渡しながら説明し始める策士先輩。さっきまでの重い様子は見せず、変わらない調子で練習のメニューの説明をした。
「若葉先輩は一イニングで必ずブロッカーをルール制限の三枚いっぱいまで使ってください。高水はファーストポケットにボールを維持させること。常にね。明日翔は、逆。第八投まで、イニングの最後までファーストポケットに投げちゃだめってルールで。これで実戦練習やりましょう! 最初は若葉先輩と高水で。その間明日翔は試合見ててもいいし、自主練しててもいいよ」
「あーいえ、僕も一緒に見ます。今必要なのは、試合の展開に慣れることだと思うので」
「うん、それでもいいよ。よーし、じゃあ二人は準備して―」
策士先輩の一声で、試合の準備を整え始める二人。高坂先輩はあっという間に支度を終えて、コーンの中のプレーイングエリアに入った。対して若葉先輩は軽くジャンプしたり腕を伸ばしたりと体を動かしながら、最後に右手の指で何かを描いてから、プレーイングエリアに向かった。
「よし、ルールはさっき言った通り。五イニング制と、制限ルールね。じゃあ、コイントスするから──」
二人の間に入って策士先輩がこの間と同じようにコインを指の上で弾いて手のひらに収める。……前見たときも思ったけど、コイントス上手すぎじゃありませんか……? 策士先輩。
「よし、じゃあ先攻高水、後攻若葉先輩で。持ち時間それぞれ十七分。切れたら負けです。よろしくお願いします」
いや、審判かい。プロの審判員かい。淀みなさ過ぎてそう思います。
「ふう。……さて、まあここまで進めれば審判の仕事なんてほとんど終わったようなもんだけどね」
え、聞こえてました? 心の声。
一息つきながら部室前のベンチに座って試合を見る僕の隣に戻った策士先輩は、いつも練習中小脇に抱えているタブレットを開きだした。
「さ、それぞれの課題を明確にしたいけどね、この練習で」
そう言いつつ、画面上で何やらグラフとか色々なデータが書いてあるページをめくっていく策士先輩。
「それ、何のデータなんですか……?」
「ん? ああ、高校に入ってから行った全試合の記録をまとめたデータだよ。試合結果だけでなくて、こういう状況になるとどれくらいの投球精度になるとか、得意なコースだとか、色々」
「全部、耀太さん一人で……?」
恐る恐る、といったように僕は尋ねる。だって、尋常じゃない量のものだったから。
「うん、そうだね。部員のだけじゃなくて、他校の選手のデータも可能な限り集めているよ」
僕は、口を半開きにしたまま隣に座って戦況を追う策士先輩の顔を見つめる。
「そんなに見つめないでくれよ、明日翔。僕にそっちの趣味はないからさ。僕は女の子を好きになるから」
「い、いや、そういうことじゃなくて……」
「……アドバイザー専任部員としては、当然だよ。実技が苦手な僕が、若葉先輩や高水を支えることができるとしたら、理論の部分だからね。選手八割、アドバイザー二割と言われるエアカーリングにおいて、常に選手に助言を送れるアドバイザーの役割は大きいよ。プロの試合でも、高校レベルでも、アドバイザーのせいで試合が動いた、なんて例は数多くある。いい意味でも、悪い意味でもね。選手が最高のパフォーマンスを試合でさせてあげるには、最高の準備をアドバイザーがしないといけないんだ。……そのための労力は、僕は惜しまないよ」
カチャリと眼鏡を直し、淡々と呟く策士先輩。
「まあ、高校からアドバイザー専任でやる部員はなかなかいないんだけどね。大体選手兼任のところが多いよ。僕が特殊なだけ」
そう、何事もないように話を続ける策士先輩だけど、どれほどの思いをかけて準備をしていたのだろう。
ふと、思ったんだ。
魔法研究科のある高校は、大概が実技に重点を置く。というのも、理論の内容が高校で扱うにしてはレベルが高すぎるんだ。つまるところ、理論ができても実技ができないと普通、魔法研究科には合格しない。にも関わらず、実技が苦手と自称する策士先輩は理論で逃げ切った。苦手の度合いにもよるだろうけど、よほど理論の成績が凄いのだろう。
でも、それって結構しんどいんじゃないかと思う。実技が上手い人が多い学校。研究科の生徒は魔法系の部活に大体入部する。そんななか、文化系ではなく、運動部に入った策士先輩。どういう理由はあってエアカーリング部に入ったのかは知らないけど、理論型の先輩が魔法系の運動部でやっていくのは、並大抵の覚悟じゃついていけない。
あなたは、どれだけの思いを、賭けているんですか……。
真っすぐ若葉先輩と高坂先輩の試合を見る横顔を、僕は見つめる。
「あ、高水! ファースト維持、維持! 主導権取るイニングが極端に少ないのが高水の弱点なんだから!」
腰を上げて、少し声を張りながら指示を送る先輩。
「……だから、全力で夏を迎えたいんだ。僕は」
そう呟く先輩の顔は、どこか格好良く映った。
試合は結局、6対2で若葉先輩が勝った。試合後、ベンチにやって来た二人に策士先輩は声を掛けていく。
「お疲れ様、若葉先輩は着実に魔法の体力上がってますね、ブロッカー三枚維持しながら、強い強度でボールを浮かせることができるようになれば、国立も夢じゃないですよ。高水はやっぱりコース限定されると弱くなるな。苦手なコースが多すぎると、常にブロッカー三枚使ってくる相手や強風のときに苦労するから、減らしたほうがいい。よっし、じゃあ次は若葉先輩と明日翔いこーか」
「やった、なんだかんだでばっしーとちゃんと試合するの初めてだねっ、よろしく」
「は、はい……よろしくお願いします……」
「高水はボール投げていて、色んなコースでね」
「う、うん……わかった……」
僕と若葉先輩はプレーイングエリアに向かい、高坂先輩は練習用のボールが入ったかごを持って試合をやる僕達とは少し離れた場所で投球練習を始めた。
策士先輩のコイントスで、僕が後攻、若葉先輩が先攻になった。
「よーしっ」
そう言いつつ、ボール片手に投球の準備に入る。短い髪の合間から覗く真剣な目が、真っすぐポケットを見つめる。若葉先輩は、狙いを定め、半袖のTシャツから伸びる白い腕を伸ばしてボールを投げた。大空に飛び立ったボールは放物線を描いて、赤いポケットをかすめるところに静止した。
「うーん、ちょっとずれたかなー」
首を捻りながらプレーイングゾーンを出る若葉先輩。入れ替わって僕はエリアに踏み入れる。
僕はイニング最後の第八投までファーストポケットに投球することは許されていないから、若葉先輩の一投目のボールに干渉できないんだよなあ……。一投目はまだブロッカーも投げられないから、ここはサードポケットにボールを散らしておいた方がいいかな……。
「っとぉ」
そこまで細かい狙いはつけず、アバウトなボールをサードポケットに放り投げた。山なりなボールは上側のサードポケットに収まり、きちんと止まった。
パンと手を叩きながら、僕はエリアを出る。
そして、若葉先輩の第二投。
先輩はイニング毎に必ずブロッカーを制限いっぱいの三枚使わないといけないので、早くも二投目でブロッカーを投入してきた。最初に、ポケットに対して真正面のスペースにブロッカーを放り、真っすぐのコースを封じてきた。これだけでも、初心者はかなり苦しくなるらしい。まあ、曲げてその上しっかりとコントロールするのは簡単なプレーではないらしい、って策士先輩は言っていた。多分、さっき高坂先輩が言われていたのもこういうことなんだと思う。
僕は構わず二投目にシュート回転をかけてファーストポケットに寄せるくらいのセカンドポケットの位置にボールを配置した。それを見て策士先輩が「おお」と唸る声が飛んでくる。
三投目。少し頬に風がこするようになってきた。
袖口が少しはためいて、先輩の右脇が一瞬視界に入りこむ。その奥に水色の何かが見えた気がするけど、僕は何も見なかったことにした。
気になるレベルでは風が吹いているな……。
その影響もあってか、若葉先輩の三投目は若干左に流されてサードポケットに入った。
僕は最後までファーストポケットに投げられないので、失点するリスクが高まっている。なので、無理にボールをポケットに溜めるより、大量失点の危険を回避することを選ぶことにした。
ボールを先輩の三投目のそれを目掛けて放る。見学会でもやったシチュエーションだったので、それほど苦にすることはなかった。綺麗にボールと衝突し、計画通り先輩のボールをポケットから消した。まあ、僕のボールもポケットには残らなかったけど。
「いやっ、そこも正確に当ててくるかーばっしー」
入れ替わり際、そう笑いながら先輩は僕の肩を叩く。
「さすがだねー」
その後、四、五、六、七投目も終わらせ、先輩が投げては僕が落としてを繰り返し、正面と左右に若葉先輩が設置したブロッカーが、ファーストポケットに若葉先輩のボール二球、サードポケットに僕のボールが一球、という状況になった。
一回の最後、第八投目。短い髪を揺らしながら、先輩は投球準備に入る。
「よーし」
そう口ずさみ、先輩は右手からボールを離す。正面左右のコースが塞がれているので、ボールは山なりの軌道を描いた。
そのボールは、僕が上からポケットの中心を狙えないよう、コースを埋める位置に置かれた。
「うんうん」
先輩は、満足そうな顔をしつつ、エリアを出る。これで上正面左右のコースを塞いだわけだからね、まあそうなるか。
残ったのは、下と後ろからのコース。でも、後ろから戻すコースは今風が追い風でやりにくい。っていうことは……ボールを浮き上がらせないといけないのか。
うっわ……難しいなあ……。
魔法にも得意な方向っていうのがあって、左右に曲げる、上から落とす、という変化はやりやすいのだけれど、重力に反する下から浮き上がらせる、っていう変化は苦手にしている。やる人の問題ではなく、そもそも魔法が下から上への変化に強くないんだ。変化量も大きくないから、今回だと、正面のブロッカーに当たるか当たらないかくらいの位置から浮かせて中心を狙うしかない。
「……こりゃまた難しいことをさせられたな……僕は」
しかし、まあやるしかないわけで。
エリアに入った僕はふっと一つ深呼吸をする。こんな難度の高い魔法を使うのも、久しぶりだったから、少し緊張した。
こんな場面、僕には来ないと思っていたけど。先輩のおかげで、緊張感あるシーンに立ち会えた。
「……いける」
僕はエリアいっぱいに助走をとり、強いボールを投げた。そして、右腕を伸ばし、飛んでいくボールに魔法をかける。
ボールは、狙い通りブロッカーの下をかすめながら浮き上がり始め、中心に重なる位置で動きを止めた。
八投終わったので、ポケットを映す機械が中心とボールの距離を計測し始める。
「緑:56・9ミリ 白:1・9ミリ」
そんな文字が、上空に表示された。
「……マジ、で……?」
「嘘……」
「す、すごい……」
一拍置いて。
「あ、明日翔すげー! なんだよ今のライズボール!」
「え、ええ……? あそこまでコース絞ったのに得点取られちゃうの……? ばっしーのコントロール繊細だなあ」
「あんなコース……やろうと思ってもできないよ……普通」
そんな歓声が広場に響いた。僕はタブレットを持った策士先輩に頭をくしゃくしゃに撫でられながら一旦ベンチに戻った。
「これでまず2点先制だな、明日翔」
「は、はい」
「むー、ばっし―には負けたくないよ、私」
「いや、こんなプレーまでできるってわかっただけでも収穫だよ」
興奮気味に話を続ける策士先輩。
「ちょっと、つるせっちはばっしーの味方なの?」
「ああ、すいません若葉先輩、あまりにも凄すぎてつい……」
「二回以降はあんなプレーさせないからねっ、ばっしー」
そう、笑いつつも目は本気だった先輩は、宣言通り周到に上下左右前後全てのコースを徹底的に切って、僕の得点を許さなかった。やはり、ファーストポケットにラストまで投げてはいけない、っていうルールが最後まできつかった。
結局、試合は8対2で若葉先輩が勝った。
「やはり、まだ私には勝たせないよ、ばっしー」
「は、はあ……」
「よっし、じゃあ最後は高水と明日翔。若葉先輩はその間休憩しててください。二連戦はさすがに疲れますよね」
「オッケ―」
「二人は準備してー」
最後の試合はルールのミスマッチと言うべきか、展開としてはそれほど見どころなく、6対0の完封で高坂先輩が勝った。
しかし、練習が終わった後の高坂先輩は、どこか浮かない顔をしていた。クールダウンの投球中に見せた物憂げな表情は、目もとを隠す前髪も通すほど強いものだった。
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