第10話

 翌日、金曜日。朝のホームルームが終わると、僕はまた担任に呼び出された。

「上板橋、部活入ったんだな。意外だったよ、もうちょい抵抗するかなーって思ってたのに」

 先生のなかで僕は反抗キャラなんですね。まだこの時期ですが。

「ま、エアカーリング部でもいいから、頑張ってくれ、上板橋」

 そう言うと、先生は出席簿を軽く上げて教室を出ていった。

 エアカーリング部「でも」いいから、ね。

 昨日の策士先輩の言葉がリフレインされる。あまり、期待はされていないっていうのはやはり本当のことらしいな。

 席に戻って、次の授業の教科書を机に出す。誰にも話しかけられることがないまま、休み時間は過ぎていった。ここ最近、若葉先輩からいつも勧誘されていたから、こうして何も起きない休み時間というのも久し振りかもしれない。

 チャイムが鳴り響くと同時に、先生が教室に入ってくる。

「おーし授業始めるぞー」

 そして、また一日が始まった。


「──で、こうしてウィーン会議のごたごた加減を伝える言葉として、会議は踊る、されど進まずって言われたわけだ。おっ」

 先生が白いチョークで書き終わったと同時に、授業終了のチャイムが鳴り響いた。

「じゃあ、今日はここまで」

 その一言と同時に、教室は昼休みに突入した。授業から解放されたことで一気に騒がしくなった教室は、僕を取り残すかのようにどこか遠くへ飛んでいく。

 さ、お昼食べるか。僕はいそいそとカバンにしまってあった弁当箱を机に広げて、さあこれからってときに、その声は聞こえた。

「あ、ばっしーいたー。ね、お昼食べよう?」

 ドアの先から、手を振って僕に声を掛ける若葉先輩の姿が見えた。ってか、ばっしーって呼ぶのは若葉先輩しかいない。それに、そんな大きな声で言わないで下さい。でないと……。

「え? ばっし―って誰のこと……?」「でも、あの先輩、この間まで上板橋を勧誘していた先輩だろ?」「じゃあ、ばっしーって……ああ、上板橋のことか……!」「なんか、絶妙にわかんないセンスだな」

 ほらぁ、こうなる……しかもやっぱりセンス疑われているし。この空気で席立ちたくないなあ。

「ねえ、ばっしー無視しないでよー、お昼食べよー?」

「ああもうわかりましたからそんな大声で呼ばないで下さい!」

 あっ……。つい、こっちも大声で返してしまった。僕はゆっくりと辺りを見渡すと、教室にいるほとんどのクラスメイトが僕のことを見ていた。

 ……やっちまった……。

「し、失礼しました……」

 逃げ台詞みたいなものを唱えつつ、僕は教室を抜け出した。廊下には若葉先輩と高坂先輩、策士先輩の三人が立っていた。

「もう、遅いよー」

「ご、ごめんね……これからお昼ってときに……」

「なんで僕まで連れられているんですか……?」

 ごめん、訂正する。多分若葉先輩に連行されている二人も一緒にいた。

「さ、みんなで裏庭でお昼だー」

 どこかのRPGゲームみたいに、縦一列になって校舎の外に出た僕達は、プロムナードを外れた先にある裏庭のベンチで並んでお昼ご飯を食べることにした。……させられた。


「いただきまーす」

 顔を見合わせて困惑する僕ら三人を横目に、若葉先輩は美味しそうに自分のお弁当を口にし始める。

「あれ? みんなは食べないの?」

 なんて聞かれて、結局僕達も苦笑いを浮かべながら、お昼を食べ始めた。

 きっと共通認識はこれだ。

若葉先輩ってほんと自由だなあ。

「そういえばさ、今年の春って会場どこなの?」

「春の都大会は今年、多摩ですね」

「ありがと、つるせっち。そっか、多摩かあ……少し遠いね」

「恐らく週明けにも組み合わせ表が届くと思いますよ」

「春の大会っていつなんですか?」

「ああ、えっと二週間後の土日だよ。三回戦を抜けると二日目の日曜日に残れるけど、そこまでに負けると土曜で終わり」

「そうなんすね、どうもです」

「まあ、ばっしー、ならそこそこ結果出ると思うけどね」

「そ、その呼び方耀太さんまでしないで下さいよー」

「あっ……」

 僕が策士先輩に笑いながらそう言うと、高坂先輩が持っていたエビフライを弁当箱のなかに落としてしまった。

「あっぶねー、ナイスキャッチ、高水の弁当箱」

「……う、うん……」

「そうだなーばっし呼びが嫌となると……ま、名字が長いのも確かだし、明日翔って名前で呼ぶのが自然だよな」

「もうそれでいいです……っていうかそっちのほうがいいです」

「えー? ばっしーのほうが響きいいよー」

「先輩は黙っていてください」

「もうー、ばっしーの意地悪―」

 ははは、と笑い合いながら、お弁当を食べ続ける。

「まあ、これから明日翔って呼ぶことにするよ。高水は? どうする?」

「えっ? あ……わ、私は上板橋君でいいかな……」

 はい、それでお願いします……。

 そんな和気あいあいとした雰囲気のまま、お昼休みは終わった。

「じゃあ、また部活でねー」

 バイバイと手を振りながら、僕達はそれぞれ自分の教室に戻っていった。


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