第6話
誰もいない家に帰り、自室のベッドに飛び込む。
「くそっ、だから、だから……嫌いなんだ、この世界は」
うつぶせになりながら、スマホのロック画面を見る。
小学三年生のときに撮った、父親との写真だ。笑いながらマグカップを浮かせている父さんと、それを見ている僕の、写真。
魔法がこの世に広まったのは、僕が小学五年のとき。つまり、ロック画面の写真はまだ普及する前のことだ。
それが何を意味するか。
魔法を作り出したのは、僕の父親だった、ということ。
昔から、当時から見て不自然な物体の移動が観測された場面は、何度かあったらしい。そのどれもが「気のせい」で片づけられているうちはよかったけど、テレビとかの生放送で、何もしていないのにセットの背景が動くとか、机が動くだとか、信じがたい光景が映るようになると、それは「気のせい」から「怪奇現象」に格上げされた。
科学者だった僕の父親は、その現象に強い興味を持った。実際にその現場に居合わせた人に話を聞きに行ったり、映像を何度も何度も見たり、全く同じ状況を再現して、不自然な物体の移動が起こるのか確認したり。
話を聞くために、東京から北海道、沖縄、国を飛び出して海外まで行くことも平気であった。一日中研究室に閉じこもって家に帰らない日もあった。
僕の父親は、何か夢中になると、抜け出せない人だったんだ。
けど、その研究がとうとう実を結んだ。七年前、僕の父親、坂戸浩二はある特定の粒子を人為的に操作することで物体に直接干渉することなく移動させることができると証明してみせた。これは、当たり前だけど世界を揺るがす大発見だった。これまでの常識をぶち壊す、画期的なものだった。
しがないただの研究者だった僕の父親は、あっという間に日本中が、いや、世界中がその名を知る人になった。
ロック画面の写真は、父さんがその論文を発表する前日に撮ったものだった。
──ほら明日翔、見てみろーコップが浮くぞーほーらっ
──わ、お父さんすげぇ!
写真を見るだけで、当時のことを鮮明に思い出せる。あのときのお父さんは、一番楽しそうだった。いきいきとしていた。
それで終われば、何もかもがハッピーエンドだった。全て丸く収まるはずだった。でも、そこまで世の中は優しくなかった。
次に父親が取り組んだのは、すべての人が容易にその特定の粒子を操作できるようになる方法の開発だった。いや、取り組まされた、と言う表現が妥当だろうか。
ただでさえ証明が困難だった父さんの理論。それを普遍化する方法を作るなど、もっと困難だった。でも、社会がそれを認めなかった。
……今「白粉」を発売している株式会社千歳製薬。その製薬会社が、父さんに普遍化する方法と、それの大量生産を要求した。初めは断ったらしい。「難しい。何年かかるかわからない」と。でも、あの会社は、あいつらは「皆さんが『魔法』を自分も使えるようになる日を、首を長くして待っているんです。その期待を裏切るんですか?」「世間はもう待っていますよ?」などとあたかも国民の代表を名乗るようなことを父さんに言った。父さんが所属している研究室も、それに同調した。
浮つくように明るかった父さんの世界は、一転、大人の事情というクソ汚い灰色に彩られることになった。
無謀な納期、無茶な要求。全く取れない休み。
それこそ、何か月も顔を見ない、なんて時期もあった。
それでもなんとか僕の父さんは今の「白粉」を開発することに成功した。けれど。
父さんは、坂戸浩二は「白粉」開発の代償に、自らの命を奈落の底に落としていった。過労だったそうだ。
ろくな謝罪も製薬会社からありはしなかった。用が済んだから切り捨てだ。メディアも騒ぐだけ騒いで、挙句の果てに「白粉」を悲劇の産物に仕立て上げた。視聴者の涙を誘う道具にした。
……だから、僕は魔法が嫌いだ。今でも許すことができない。
父さんが死んだ後、色々とまとまったお金は入ってきたけど、それは一生遊んで暮らせるほどのものではなかった。だから、母親が働きにでることになった。そこで、坂戸という名字は何かと騒がれるので、旧姓の上板橋を名乗ることにした。
それに、僕が東都学園に入りたくなかった理由はもう一つある。
坂戸浩二が所属していた研究室は、東都学園大学だったんだ。
僕が若葉先輩や高坂先輩の言うように「普通科に入る」にしては上手すぎる魔法を持っているのも、一時期父さんの実験に付き合わされたから。何なら、世界で一番初めに魔法を魔法として使ったのは僕なんじゃないかとすら思っている。
数か月間くらい僕は付き合わされて、その間みっちりと魔法の実践をやらされた。だからだと思う。だから、僕は魔法が嫌いなのに、人より上手くなってしまったんだ。いつの間にかできた魔法実技理論検定なんてものも中三のときに特待生として入学する条件に、ってことで東都学園に受けさせられた。一から五級まであるなかで、一級を取ってしまったけど。日本で一級所持者は二百人もいないらしいけど。
でも、そんなものはどうでもいい。
僕は、楽しそうに研究している父さんを見るのが好きだったんだ。魔法も、そうであるべきだったんだ。
でも。父さんを苦しめただけのものなら、そんなもの、嫌いだ。
そんなものは、心の底から、嫌いだ。
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