第5話
教室に戻ると、僕の机に一つの置き手紙があった。
逃げないでよ、上板橋君
やはり来たか……正解だったな教室から出て。今日の場所も結局高坂先輩しか来なかったし、人が集まるような場所じゃないんだな。これから昼休みはあそこに逃げ込むことにしよう。
そう、決めたんだけど。
次の日。朝も熱烈な勧誘を受けた後、昼休み。僕は昨日と同じように屋上に繋がる階段の踊り場でお昼を食べ始めた。今日については、高坂先輩は来なかった。きっと策士先輩と一緒に食べているんだろう。いや、二人の関係性は知らないけど。なんか仲良さげな感じがするし。
きちんと掃除はされている空間で、お昼を無言で咀嚼する僕。静かな空気が、心地よく僕を包み込む。のも、一瞬で終わった。
「あっ、こんなところにいたんだ上板橋君~」
僕の眼下に、ポジティブサイコパス先輩が現れたから。
「げ」
「あ、今『げ』って言ったなー?」
く、くっそ……いい隠れ場所だと思ったのに……どうしてこうも僕は落ち着いた時間を送ることができないのか……。
若葉先輩は僕の真横に座り、購買で売っている菓子パンを食べ始めた。
「もう、探したんだから、逃げるなんてひどいなあ、上板橋君は」
ほんと、どうして逃げられているか一度胸に手を当てて考えて欲しいです。僕は。
「さ、今日こそ判子押してもらうよっ」
「いや……だから入らないって何度言えば……」
顔に入部届を押し付ける先輩に、苦し紛れにそう主張する。
「むー。頑固だなあ君は」
いやどっちがだよ。
「……僕一人に構ってばっかりで、他の勧誘はいいんですか?」
つい、昨日高坂先輩と話したことが気になり、そんなことを聞いてしまう。
「うーん……上手くはいってないかな……やっぱり、私達、弱いから」
「何人、入ったんですか」
「ゼロ、だよ」
「マジですか」
「うん。ゼロだよ。もう、研究科の一年生は大体部活決めちゃった、というか囲い込まれたんだ。……あとは普通科から、なんだけど。でも、普通科の生徒が魔法系の部活に入るなんてなかなかないし、入っても長続きしないことがほとんどだから……望み薄と言えばそうなんだよね」
珍しく、萎れた声を聞いた。そっか、もうそこまで追い詰められたのか、エアカーリング部は。
「だからっ、私にはもう上板橋君しかいないのっ! お願い、一緒にやろう?」
若葉先輩は一転、笑顔を崩すことなく、僕の両肩をつかんでそう誘う。
……ごめん撤回する、やっぱりこの人ポジティブ。どうでもいいけど、菓子パン食べるのはやくない?
「……嫌ですよ、僕にだってやりたくないそれなりの理由があるんです。エアカーリング部がどういう状況だろうが、僕には関係ない」
「そ、そんなぁ……」
僕は弁当をかき込んで、片付け始める。
「そういうわけなんで。僕はもう教室に戻ります。ついてこないで下さいね」
「あっ、えっ、ちょっ……」
二日続けて置いていった先輩の影は、やけに大きく見えた。それでも、僕は部活には入らない。入るつもりは、ない。
それからも若葉先輩は諦めなかった。勧誘期間が落ち着いて、他の部活も新体制で活動を始めるってときになっても、毎朝と昼休み、放課後の三点で必ず僕を捕まえて「入部してよ」と言ってきた。
部の状況に同情はする。でも、助けようとは思わない。それが僕である必要はない。
しかし、状況が百八十度変わる事態が起きてしまった。
それは、とある放課後。例のごとくそそくさと教室を出ようとすると、僕は教壇に立っている担任に呼び出された。
「あ、上板橋―、ちょっと残ってくれないか、話さないといけないことがあるんだ」
さすがに先生の言うことをそのまま無視するわけにもいかず、僕は仕方なく教室に戻って先生のところへ向かった。
「はい、なんでしょう……先生」
「上板橋はまだ部活入ってなかったよな?」
「そうですけど」
先生は頭をポリポリと掻きながらなんでもないように僕に言った。
「……この間理事会で、新たな学則が追加されたんだ。特待生として入学した生徒は魔法系の部活に入ることを義務とする。って」
「な、なんですか、その横暴な規則……」
いや待て待て。何それ僕聞いてないんですけど。
「俺もわからんよ、上の考えることは。ただ、上板橋の場合は本人の希望で普通科に入学したけど、本来なら理事会は研究科に入学させたかったらしいんだ。そうすれば、ほぼ確実に国立大の魔法研究学科に受かるだろ? 上板橋の学力なら。そうすれば進路実績で一人数字が増えるって算段だ」
……この先生、こんな簡単に大人の事情話していいの? いや、僕が言うのもあれだけどさ。
「でも、今上板橋はここにいる。となると今の話は難しくなるな。研究科を卒業しないと研究学科の大学には入りにくくなるから。そうなると次に理事会が考えることは」
「はあ……部活に入って結果を出して学校を宣伝させる、ですか」
僕はため息まじりにそう返す。ねえ、これ掃除中の教室で話すこと? 先生。
「その通り、察しがよくて助かるよ。というわけで、何か部活入って、上板橋。魔法系のな」
「……嫌ですって言ったらどうなるんですか?」
すると、担任は少し顔色を変え、数段低い声でこう返した。
「まあ、その場合は多分理事会がなんらかの対応をすることになるだろうな。……なんだって上板橋、お前は『開発者』の一人息子なんだから」
「っ……」
一番言われたくないことを、担任に刺される。……だから、だから東都学園には行きたくなかったんだ。
「じゃあ、俺はちゃんと言ったからな、上板橋。よろしく頼むよー」
先生はまた声の調子をいつもの軽い感じに戻し、そう言った。教室に残された僕は、苦虫を噛み潰すような、そんな気持ちになった。
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