第4話

 次の日の朝、僕はいつもの時間に家を出ると、門扉の前にこれまた周りに音符が飛んでそうなくらいニコニコした若葉先輩が立っていた。

「おはよう、上板橋君っ」

「……おはようございます、朝から元気ですね」

「そう言う君は元気なさそうだね、駄目だぞ、テンション上げてかないと」

 そう言いつつ、先輩は僕の背中をポンポンと叩いてくる。

「……入りませんからね、僕は」

「ええ? そんなぁ……入ってよー。君が入れば部活楽しくなると思うのになあ」

 三鷹駅までの道のりを並んで歩く。こうやって朝から男女で歩いているといらぬ誤解を与えそうで嫌なんだけどな……。

「僕が入ったってそんなに変わらないですよ」

「だってさ、あんなに魔法が上手なんだよ? 君。どうして魔法研究科を受験しなかったの?」

「……別に、魔法について勉強したいわけじゃないので」

 魔法が嫌いな僕が、研究科に入学する理由なんてない。学園側からは研究科に特待生として入学することを打診されたけど、僕は断った。

 普通科なら入るけど、研究科には入らないって。理由は今先輩に言った通り。

「私より、よっぽど上手いのに……」

「上手い下手なんて関係ないです。やりたいかやりたくないか、なんです。僕はやりたくないから普通科に入学した。先輩はやりたいから研究科に入った。それだけのことです」

「じゃあ、どうして東都学園に入ったの? 近いから? 別に魔法を勉強する気がないなら研究科のある学校に入学すること、ないと思うんだけどなあ」

 この人、本当にずばずば人のデリケートな部分切り裂こうとしてくるな。別に悪いとは言わないし、局面によっては美徳になるかもだけど。

 少なからず、今僕はイラつかされている。

「……別にどこ入学しようが、僕の勝手じゃないですか。入れたのがここしかなかったんです。だから東都にしたんです」

「まあまあ。そうカリカリした声出さないの」

 誰のせいでそうなってんだと思ってるんだよ……。

 駅に繋がる歩道橋を渡り、三鷹駅に到着。僕と先輩はまだ座席が空いている各駅停車の電車に乗り込んで、隣同士に座った。

 三鷹から中野まではすぐに着いてしまう。それこそ僕がまたカリカリしてしまう前に無事学校の最寄り駅にたどり着いた。

「また放課後に来るからね、上板橋君」

 僕のクラスの教室にまでついて来た先輩は最後にそう言い残し、三年生の教室に向かっていった。

「上板橋、あの先輩とどういう関係なんだろう……」「昨日もずっと一緒にいたよね?」「もしかして、できてるとか……?」「え? クラスじゃあんなにとっつきにくいのに、ちゃっかり彼女は作る?」「でも、あいつもあいつで避けてる節はあるんだよなあ」

 ……ほら、やっぱり噂になる。どうしてくれる、若葉先輩。


 昼休み。四時間目の生物基礎の授業が終わると同時に僕は教室を出た。でないと、また若葉先輩に捕まる気がしたから。

 右手に弁当を持って、若葉先輩が来なさそうな場所を探す。

 食堂……は、駄目だ。きっと一番初めに探しに来る。裏庭も怪しいな。あそこは昼ご飯を食べるスポットとしてはそれなりに人気がある。と、なると……。

 思考を巡らせて行きついた場所は、屋上に繋がる階段の踊り場だった。

 僕は段差に腰を落とし、持ってきた弁当を広げる。

「ここならきっと……」

「あ」

 そう、思ったのに。僕以外の誰かの声が突然聞こえた。視線を上げると、

「……この間の、一年生……」

 あー、えっと、高坂先輩だっけ……。前髪で目が少し隠れているけど、この雰囲気はそうだ。しかし、ちゃんと見ると、すげえ華奢だな……僕の肩より身長ないよ……。

「……ど、どうしてここにいるの……?」

 それは僕が聞きたいくらいです。はい。

「いや、僕はちょっと一人になれる場所を探していたんで……先輩は?」

「あ、わ、私は……その、鶴瀬君がクラスの女の子に連れられちゃったから……教室で一人で食べるのも、あれだし……」

 伏し目がちに言う先輩は、僕と少し離れたところに座ってやはり持ってきた弁当箱を広げた。

「そう言えば、自己紹介、ちゃんとしてなかったね……私、二年の高坂高水たかさかたかみ、です……よろしくお願いします……」

 マジで若葉先輩にも目の前にいる先輩の大人しさを吸収して欲しいくらいだよ。エアカーリング部、両極端にも程がありませんか?

「上板橋君は、菜摘先輩にやっぱり勧誘……されているんですよね」

「そうですね。結構粘り強くてうんざりしてますけど」

「そうだよね……あんなに綺麗な魔法見せられたら、そうなるよね……」

 ゆっくりとした動きでお昼ご飯を食べていく高坂先輩。やはり正反対。

「私達のエアカーリング部、弱すぎてもしかしたら部員入るだけじゃ存続も怪しくて……それなりに次の大会で結果残さないと予算がつかなくなるかもしれないんだ……だから、菜摘先輩は必死に勧誘している」

 へぇ……そこまで瀬戸際だったんだ、あの部活。

「……それなら、研究科の有望株誘えばいいんじゃないですか?」

「研究科の、優秀な子は別の魔法系の部活に入ってしまうんです……私達みたいな、弱小の部活になんか入ってくれません。だから部員も増えないし、結果も出ない、悪循環なんです……」

 押し殺すかのように、高坂先輩は続ける。

「菜摘先輩……ずっと国立行きたい国立行きたいって言っていて……」

「国立?」

「都予選のベスト8以降の試合は、国立競技場で行われるんです。そこまでは代々木とか多摩とか町田なんですけど……」

「いや、そもそもエアカーリングって陸上競技場でやるんだなあって思って……」

「あ、うん。そうなんだ。……でも、うちの部にとって国立は悲願なんです……東都で一番結果を残したのは二年前のベスト16。その先輩も菜摘先輩が一年生のとき三年生だったのでそれ以降は……。最近はからきしで……選手は私と菜摘先輩だけで、どっちも決勝トーナメントにすら残れない、そんな有り様で……」

「……あれ? 策士……んん。鶴瀬先輩は選手じゃないんですか?」

 いけね、つい策士先輩って言いかけちゃったよ。

「鶴瀬君は選手ではないの。うーん、入ればわかるけど、試合中にコーチングをするアドバイザー専門でね、競技はしないんだ……」

 まあ、よく分からないけど、コーチみたいなものと思っておこう。

「つまりは、そんな状況なんです……菜摘先輩はきっと、本気で上板橋君を獲りにいくと思います。研究科ですら一年生のこの時期にあれだけのレベルの魔法を持った人はいません。そんな人が、ましてや普通科にいるなんてわかったら、他の魔法系の部活も目の色変えて勧誘してくるはずです。……そうなる前に、きっとって考えはあると思います」

 ……うーん、そこまであの先輩は考えてないと思うけどな……。僕の魔法の実力云々の問題はあるとしても、他の部活に知られる前にとかそういう駆け引きは出来ない人に見えるし……。

「……だから、私からもお願いします、上板橋君。……どうか、うちの部に入ってくれないかなぁ……」

 高坂先輩はか細い声でそう頼み込むと、頭を僕に向かって下げてきた。

「……ごめんなさい、僕に部活をやる気がないんで」

「……そっか、……ごめんね、無理に誘って」

 いや、この差は何? この差。若葉先輩、こういうところですよ、あなたに必要なのは。

 でも、まあ。……どんなに誘われても、部活には入らない。ましてや、魔法系の部活なんて。

 僕が許せるはずがない。

 昼休み終了のチャイムが鳴り響く。僕は膝の上に置いた弁当箱をしまい、立ち上がる。

「それじゃ、僕は教室に戻ります」

「う、うん……」

 少し寂しそうな声を出した高坂先輩を置いて、僕は階段を降りていった。


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