第2話
魔法は、さっきの人がやっていたように、なんらかの物体を自由に動かせるようになるものだ。だから、コップを宙に浮かせたり上下左右好きなように動かすことはできても、何も無い空間にコップを生み出すことはできない。そういうもの。魔法の行使には「白粉」と呼ばれる薬を溶かした水を飲む必要があって、それで初めて魔法が使えるようになる。薬を飲むだけで魔法を使えるようになるわけだから、当然普及はする。勿論、練習しないとさっきみたいな事故も起こりかねないけど。
電車に揺られること十分くらい。僕は三鷹駅を降り、歩いて家まで帰る。車や自転車が走り抜けていく車道を横目に、三鷹のそこそこ栄えたビル街を抜けていく。平日の昼過ぎだからか、飲食店が並ぶ道はサラリーマンで賑わっていた。
今日のお昼、何にしようかな……。家には誰もいないから、自分で適当に済ませないといけないけど。
インスタントラーメンとかでいいか……お店混んでいるし。
駅前の街並みも歩いていくと少し落ち着いてきて、段々緑も増えてきた。そろそろ家が近づいてきて、僕は駅前に続く通りを曲がろうとした。
「っと」
すると、曲がる先から高速で移動している人とぶつかりそうになった。
「ごめんなさいっ! 急いでいたので!」
その人は一瞬だけこちらを向いて謝ったあと、また駅の方へと移動していった。
セグウェイのような形をしたあれは、魔法で動いている。魔法が普及した今、あのような手段で移動することも可能になっている。要は自分が乗っている車輪付きの乗り物を魔法で高速移動させれば、歩くよりかは速く動ける。かなりの練習と腕が必要になるけど。
それはさておき、僕は道を折れたすぐ先にある自宅にたどり着いた。
考え通り、お昼はインスタントラーメンをゆでてお腹を満たした。
入学して最初の一週間は、健康診断とかオリエンテーションとか、実力テストとかでそれなりに忙しい毎日だった。まあ惰性で生きていれば一瞬で過ぎていくなんてことないことだけど。
ただ、一週間も経てばクラス内の人間関係も形成されるもので、この間の週末はクラスでカラオケに行ったらしい。どうりで今日の教室の話題がそれに集約されているわけだ。僕は誘われていないけど。誘われても行かないけどね。
「席につけー、ホームルーム始めるぞー」
始業のチャイムとともに担任が教室に入る。
「今日の放課後から、部活動勧誘期間だからなー。何か入りたい部活がある奴は色んな部活を見学していけー。あと、色々提出物出てないの、早く出せよー。じゃ、終わりだ」
僕のクラスの担任は、何かと適当な性格のようで、このようにホームルームも簡単に連絡事項を伝えてすぐに終わらせてしまう。別にいいけど、これでいいのか、とも思ったりもする。
……今日から勧誘期間か……。
連絡事項にあった、部活のことが頭に残った。
いや、部活に入る気はないんだけど、また勧誘されるのかと思うと少し憂鬱なわけで。中学生のときもそうだったけど、静かに過ごしたい僕にとって、部活は対極の存在だ。それに勧誘されるとか、考えるだけで気分が落ちる。
「なー今日どこの部活見に行く?」
「やっぱさー、東都入ったからには魔法系の部活入りたいよな」
「そうだよなー」
僕の側を二人のクラスメイトがそう話しつつ通り抜けていく。
「あ、この間めっちゃ可愛い先輩いる部活が外で練習するの見てさ」
「まじ? そこ見に行こうぜ、そこっ」
「そうだな」
無言で僕はカバンから数学の教科書を机に出す。誰も、僕には話しかけない。
いい傾向、だ。
「……で、次が多分中学でもやったと思うけど、ねじれの位置なーこれ説明するねー」
担任の数学の授業、黒板に板書を書きながらそう言うと、先生は教科書を置いた。
「ねじれの位置は、実際に見せたほうがわかりやすいから、作っちゃうな」
先生は黒板の前に棒を二本宙に浮かせた。
「はい、これがねじれの位置。二本の棒は平行でも垂直な関係じゃないだろ? ついでに他の立体関係についてもこれで説明しちゃうな」
教室が先生の魔法を見て少しどよめいた。
確かに、授業において魔法の使用が許可されている学校は少ない。魔法研究科があるこの高校は許可されているけど、都内じゃ他は両手の指で数えられるくらいしかない。中学も同様だ。授業中に魔法を使う場面を初めて見たのだろう。
そう言う僕も初めてだけど。
きっと、こういう学校では理系の授業とかで魔法を使いながら授業していくことが多いんだろうなと思いつつ、僕は無心に板書をノートに写していた。
授業も順調に消化していき、シャーペンの芯をちょうど一本使い切った頃に放課後がやってきた。
「外行こうぜっ」
「そうだな、例の可愛い先輩っ」
とそんな感じに一年生が見学に向かうなか、僕は一人昇降口へと向かう。
周りでは上級生が道行く一年生にビラを配ったり声を掛けたり実演したりしている。人垣をかき分け、校舎を出る。
外も外とて同じだった。いつもは全然余裕で歩けるのに、今日に関してはゆっくり歩かないと人にぶつかる。朝の新宿駅みたいな人混みだ(いや、普段は使わないけどね)。
「サッカー部ですー一緒に国立のピッチ目指しませんかー?」
「軟式野球、やりませんかー? 初心者大歓迎ですー」
「グラウンドホッケー部、新入部員を渇望しています! 入って下さい!」
僕はそのどれもスルーし、前に進む。
「魔法剣術部ですー熱い気持ちを持った一年生待ってまーす」
「魔法研究部です、実技苦手でも理論で青春の三年間過ごしませんか?」
魔法系の部活も、同じように通過。魔法が普及してから、それを利用したスポーツが急増した。サッカーも、普通のサッカーと魔法を交えたサッカーがある。そういうときは一般的に頭に「魔法」をつけることが多い。
確か、東都学園は都内で一番魔法系の部活を抱えている高校のはず。それも人気が高い理由の一つ。普通科の生徒も入ることができるし、たまに普通科の生徒が魔法系の競技で全国大会に出ることもある。
そして、いつもの倍近く時間をかけて、ようやくプロムナードの三分の二を歩いた。すると。
「エアカーリング部でーす、一年生の入部待ってまーす」
……今までの勧誘してきた部活と違い、ここだけ部員が少ない。パッと見三人。そして僕は看板を持って声をあげている女子生徒の顔に見覚えがあった。
この間の危なっかしい魔法の人だ……魔法研究科だったのかよ……あの腕で。
彼女がつけている腕輪の色を見て、彼女が研究科の生徒だと知った。研究科は青、普通科は白。
知っている人がいたので、思わずそっちの方向を見ていると、ショートカットの彼女と目が合ってしまった。
「あっ!」
や、やばっ。そう思ったときには時すでに遅し。
「君、この間助けてくれた子だよね! ね、少しでいいから見学していかない? これから体験もするんだけどっ」
逃げる間もなく先輩は僕に詰め寄ってきて、言葉をかける。
「ね、いいでしょ? お願いっ、このままだと部員が足りなくて廃部になるかもしれないんだよ、助けると思って」
な、なかなかに勢いのある人だな……。
「若葉先輩、そんなにガツガツ行ったら怖がっちゃいますよ」
少し後ずさりしつついると、もう一人、穏やかな雰囲気を出している眼鏡の男の部員の人が近づいてきた。
「初めまして、エアカーリング部二年、魔法研究科の
「は、初めまして……一年の上板橋明日翔です……」
なんか、自己紹介する流れにもつれ込まれた。このニコニコした穏やかな先輩、策士かもしかして……!
「折角だしさ、少し見ていってくれないかな? これから何か用事ある?」
「い、いえ……」
「じゃあ、決まりだね。部室前の広場で少し実演というか、競技を体験してもらおうと思うんだ」
思わず正直に「用事ない」って答えたけど、あるって言えば逃げられたじゃん僕。
結局僕は二人の先輩に連れられ、プロムナードを少し外れたところにある広場に来た。先日例の絡んで来た先輩を助けた場所。天然芝が少し剥げたピッチに部員の三名が並んで立つ。見学している一年生は十人くらいかな。
「えー、今日はエアカーリング部の見学に来てくれてありがとうございます、部長の若葉です。隣にいる男子が鶴瀬君、その隣の子が高坂さん、どちらも二年生です」
若葉先輩にそう紹介され、ぺこりと頭を下げる、さっきの策士先輩と、気弱そうな女子の先輩。
「エアカーリングとは、その名の通り、氷上のチェスと呼ばれるカーリングを、魔法を使って空中でやろう、という競技です。今、みんなの真上に映しているポケット、と呼ばれる範囲にこのボールを飛ばして浮かせます。で、相手と投げ合ってよりポケットの中心に近いところにボールを浮かせられた方のポイント、っていう競技です」
若葉先輩が指さしたところに、中心から赤と青と黄色の順で仕切られた立体映像が出される。きっと赤色に近いところにどんどんボールを浮かべていくんだろう。
「とりあえず、一投してみますねー」
そう言い、若葉先輩は策士先輩からボールを受け取る。地面に置いてあるボトルの水を口に含んでから、ボールをポケットめがけて投げ込んだ。その数秒後、彼女は腕を伸ばしボールに魔法をかけ空中で制止させた。
白色のボールは、赤いポケットのなかにきちっと浮かんでいた。
「おおーっ」
一年生からそんな歓声が漏れる。パチパチと乾いた拍手の音もする。
「とまあ、こんな感じです。ただ、これだとただのボールの投げ合いで面白くないので、この、ブロッカーと呼ばれる木の板も宙に浮かせることができます」
若葉先輩は自分の足元に置いていた木の板を指さして説明を続ける。
……あ、それこの間あの先輩が落とした板だ。大丈夫なのか……?
「重さは人が持てるか持てないかくらいのものです。練習のときはもっと重たいものを使うときもありますが、本番はそうでもないですよ。じゃあ、これも浮かべちゃいますね」
だから落としたのか、前のとき。なら、大丈夫かな、今は。
「おっし」
そして、先輩は木の板に向かって指先を伸ばして、ポケットの手前にそれを飛ばす。
「そうすると、少しボールを投げにくくなりますよね? そうやって相手の投球を妨害するのも戦略の一つです。では、そろそろ一人くらい誰かにボールを投げてもらおうかなあ……誰かやってみたい人いますか?」
とりあえず予定の実演は終わったのだろうか、先輩は一年生の方を見渡し、そう聞いてくる。
しかし、日本人の性質か、誰も手は上がらない。
「うーん、じゃあ、そうだな……」
若葉先輩は少し悩むような口振りをしてから、
「一番端に立っているそこの男の子、いいかな?」
……いや、確信犯ですよね? 最初から僕を選ぶつもりでいましたよね?
「……はぁ……いいですよ」
僕はしぶしぶといった感じに先輩方のもとへ向かう。
「はい、ありがとうね、上板橋君」
白々しいなあ……。僕は策士先輩からボールを受け取る。
「それじゃあ、普通にやっても面白くないし、彼にはさっき私が投げたボールを目標に投球してもらおうかな」
「っ、は、はい……?」
いきなり付け加えられたルールに困惑する。後出しずるくないですか……?
「いいよね?」
公衆の面前でそれやるとか卑怯だって……断れないじゃんこんなの……。
「わかりました、狙いますよ」
僕は仕方なくルールに乗ることにし、ボールを投げる準備をする。サッカーボールくらいの大きさと重さをしたボールを右手につかみ、投球の姿勢を取る。周りの視線が集まるなか、僕はワンステップ助走を取ってボールを投げ込んだ。
青空に浮かんだボールは、僕がかけた魔法により、板を避けるようにシュート回転し、吸い込まれるようにしてさっき先輩が投げ込んだボールに直撃した。
地面に落ちてくる二つのボール。慌ててボールをキャッチした策士先輩は信じられないものを見るような目で僕を見てきた。それは、若葉先輩と、大人しめのもう一人の先輩も同様。
「き、君……その腕章、普通科だよね……?」
策士先輩は、僕の腕の腕章を指さしながら、震える声でそう言う。
「え? ……君普通科なの? ……それでいきなり、あんな正確な投球……って」
若葉先輩もパクパクと口を動かしながら呟く。僕は荷物を持って、
「もういいですか? ……僕この後本当は用事あったんで、そろそろ行かないといけないんですよ。……失礼します」
この場から逃げ出すための呪文を唱え、広場から立ち去った。
若葉先輩の進行の声が再び聞こえたのは、僕が校門までたどり着いたときのことだった。
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