架かれ、消えないで、虹。
白石 幸知
第1章 言うならば、傘を持っているのに差さずに雨に打たれるような、そんな先輩。
第1話
僕は、この世界が嫌いだ。
いきなり何を言っているんだこいつ、と思うかもしれない。でも、僕が世界なんてものを嫌いだと一言目に言い切るのにはもちろんそれなりに理由がある。
今この世界には、様々な「もの」が存在している。車、自転車、電車、飛行機といった乗り物や、カップラーメン、缶詰といった食べ物。サッカーや野球、バスケットボールなどといった娯楽や競技もあれば、パソコンやスマートフォンのような最新の技術を駆使したものもある。数をあげればきりがない。
今でこそ当たり前のように僕達はたくさんの「もの」に触れ、利用している。そこにありがたみなんて全く感じていないときだってあるかもしれない。どこかのポップスの歌詞じゃないけど、なくなったときに大切さに気付くのは、なにも愛だけではない。スーパーに並んでいる野菜がある日無くなってしまえば、人はそのありがたみを知るだろうし、ある日電気が止まってしまえば、日々発電所で仕事をしている人達へ思いを馳せることだろう。
つまるところ、お前は何を言いたいんだ、ということだけど、この世のものは全て誰かの犠牲で成り立っている、ということなんだ。
それは、魔法も同じ。
今でこそほぼすべての人が魔法を使えるようになったこの世界も、誰かの犠牲のもとで成り立っている。
だから、僕はこの世界が嫌いだ。
桜舞う、四月。柔らかな空気に包まれるなか、僕は駅のホームで電車を待っていた。線路越しに見える桜並木からヒラヒラと散りゆく花が、視線に入る。昇ったばかりの太陽から放たれる暖かい光は、僕の隣で電車を待つサラリーマンのあくびを誘ったようで、僕にもそのあくびがうつってしまった。
「ふぁーあ」
今日から高校生か……。
あくびを手で押さえるために伸ばした腕の腕章を見て、改めて思う。
まあ、それなりに上手いことやっていればなんとかなるだろ……。そんな特段何かをやってやろうっていう意気込みもないし、かといって有名な大学に行ってやろうっていう気概もない。
そんなのは、この世界においては意味がない、って思っているから。
この春の空気とは対照的に冷めたことを考える僕。今日は入学式だというのに、とか母親に言われそうだ。こんなことを考えていると。
でも……。
僕は空を見上げ、空に浮かんでいる窓ふきのリフトを見つつため息を一つつく。
何も支えられていないのに、作業員を乗せたリフトは軽々とビルの窓の近くを動いていく。
魔法のおかげだ。
七年ほど前に完成した魔法という技術は、今現在幅広い場面で使われている。工事や危険な場所での作業といった仕事に関するものから、個人の遊びに至るまで、多種多様な使い方をされている。
そのおかげで、より生活が便利になった、と言う声が大半だ。
だけど、僕はこの世界が好きではない。
目の前を減速していく電車を眺めつつ、そう思う。
……魔法がある、この世界が、僕は嫌いだ。
朝の通勤時間ということもあり、少し並んでいた乗車の待ち列に続くように車内に僕は乗り込み、学校の最寄り駅まで向かい始めた。
「中野―中野―」
アナウンスが響くなか、僕は電車を降りる。入学式だからか、少し緊張した顔もちの高校生もチラホラと構内を歩いていて、ああやはり僕は今落ち着いているんだなと実感した。
駅から歩いて三分のところに、僕のこれから通う高校はある。
東都学園高校。日本国内でもその名前は広く知れ渡っていて、特に大学のほうは私立のなかでもトップクラスの偏差値を必要とするので有名だ。高校も都内では有数の人気校で毎年倍率は嘘のように高い、らしい。
僕は特待生で入ったため受験はしていないからあくまで伝聞の話だけど。
できることなら、この学園には入りたくなかったけど、働いてくれている母親に苦労を掛けるのも嫌なので、学費全面免除というずば抜けた待遇を提示したこの学園に入学することを選んだ。
超人気校ということもあって、都内の一等地にも関わらず広々とした敷地を学園は持っている。大学のキャンパスか、と声があがったほど広い校地。校門から校舎に入るまでにどれだけの数の桜の木を眺めただろうか。思い出すのも苦労しそうだ。
玄関前の掲示板に貼りだされたクラス分け表で自分のクラスを確認し、僕は校舎のなかに入った。ほこりが落ちていたらそれだけでその箇所が目立ちそうなほど綺麗な白色の廊下を歩き、階段も上っていき四階の教室を目指した。
ドアを開け、教室に入る。すでに何人かの生徒は席に座っていた。まだ、人間関係が形成されていないから、誰も喋ることなく静寂だけが流れ続けている。
僕は黒板に貼ってある紙で自分の席を確認して、指定された場所に座る。流れ通り、誰も話しかけてはこない。
まあ、同じ中学校の人もいないし、ここで話しかけられる理由は特にないか。
机の上に置かれていた今日の案内の紙に目を通しながら、僕は時間が来るのを待った。
「──この東都学園高校の一員として、恥ずかしくないような、充実した三年間を過ごしていきたいと思います。新入生代表、魔法研究科、一年十一組、川越俊」
新入生の代表の挨拶が終わった。体の動きがロボットみたいにカチコチになっていた彼が、入試をトップで受かったということなんだろう。
東都学園高校は、普通科と魔法研究科の二学科ある。十クラスある普通科は他の高校の普通科と同じような勉強をしていくけど、二クラスある魔法研究科は、主に魔法の実技と理論を勉強していく。偏差値も人気も魔法研究科の方が高い。
「続きまして──」
大規模な高校の入学式もつつがなく終わった。教室に戻ったら、担任の教師の指示により、自己紹介をしてから今日は下校、ということになった。出席番号順に、ということだったので……。
「はい、じゃあ次は四番の上板橋」
僕の番はわりと早くやってきた。
教壇に立ち、みんなの方を向く。
「……三鷹から来ています、
それだけ言い、僕は席に戻る。前の三人はもう少し何か話していたから、結構淡泊な自己紹介だったかもしれない。
でも構わない。別に、友達が欲しいわけじゃないから。
クラス四十人全員の自己紹介も終わり、下校となった。周りでは早速連絡先を交換しあっている人もいるけど、僕はそのまま教室を出た。
せっかく普通科に入ったんだ。中学と同じように静かに過ごしていよう。
そんな思いを持ちつつ僕は校舎を出て、放課後の喧騒残るプロムナードを歩く。もう部活の練習も始まっているみたいで、グラウンドの方からは野球部の金属バットの音やかけ声、吹奏楽部の楽器の練習の音などが響く。
校門に繋がるプロムナードの三分の二を歩いたところで、僕は一人の女子生徒が魔法を使っているのを見た。
「ん、んんっ……もう、少し……」
顔を歪ませながら何かものを宙に浮かせている。格好を見るに、これも部活の練習のようだ。
……まあ、好きに頑張ってください、と僕は名前も知らない人に思って、再び歩き始めた。が。
「ああっ!」
僕が背を向けた途端、そんな悲鳴が聞こえてきた。反射で声がした方を振り向くと、
「……マジかよっ!」
さっきまで女子生徒が浮かべていた物体──人は簡単に押し潰しそうな大きさと重さ──が落下していた。その人を目掛けて。
僕は慌てて落ちているものに対して魔法を使う。木の板はゆっくりと減速し、最悪の事態が起こる前になんとか僕が空中に浮かせることができた。
「……うわっ、重い……」
急な出来事だったので、僕は一旦その物を地面に置いて、へなへなと座り込んでいる女子に近づく。
「……大丈夫ですか?」
「あっ、ご、ごめんなさいっ、ありがとうございます! 助かりました……!」
僕は近くに置いてあるボトルを一瞥してから、顔を真っ赤にしてお礼を言うショートカットの彼女に言った。
「……もう少し、軽いものにした方がいいですよ」
そして彼女から遠ざかりながら、最後に一言。
「あなたの魔法、危なっかしいし……見てて不愉快」
「えっ、あっ……」
だから、魔法は嫌いなんだ。……人を危険な目に遭わせることがあるから。
そのまま僕は校門を出て、歩いて三分にある駅から電車に乗って家に帰っていった。
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