第31話 指令室が薄暗いのって何の意味があるんだろう

深海とは言い難い浅い海、日本海流を貫いて魚の群れが動き出す。

とある東京都の島の近海、沖合3㎞で水深30mほどの場所、そこにそれは生息していた。

周囲にはまるで侍従のように付き従っているゴマモンガラの軍勢、中央には主のような風格を持つ巨躯の影。

光の散乱で青く見える世界でその影は動き出す。


「————————!!!」


その影はゆっくりと水面へと浮上し、巨大な水しぶきを高らかに上げた。

満足に水を振りまいた後、その影はまた水底へと戻って口を開ける。

海水の渦はゆっくりと逆巻き、その逆流を飲み込み始める。その中にある命を無視して。




****************************************


俺がAPS水中銃の訓練を初めて1か月、水中の的に当てるのもかなり上達してきたころ、俺とブロケードは会議室に呼び出された。


「なぁ、俺たち今度は何やらされるんだ?」

「さあ?もしかしたら次は宇宙にでも行って来いとか言われるんじゃあないかな」

「どこの映画だよそれ」


二人そろって雑談しながら例の所長室に足取り重く向かう。

俺の食生活は改善されていない。

最近は塩焼きが出てきたものの、魚と海藻以外食えない食生活は続いていた。

純日本人の俺でさえ結構食い飽きてきているのに何故か脳死でハンバーガーを食っている国から来たブロケードはヘラヘラしている。

コイツは半魚人になっても紳士的な笑顔を崩さない剛のものだ。もしかしたらそういったものに無頓着なのかもしれない。

そうしてエーゴマ隊所長室にたどり着く。


俺たち半魚人が所属する対ゴマモンガラ研究部隊、通称A-GOMA隊は主に『人体にマエコウを導入したときの影響と効能』と『ゴマモンガラの生態』を主に研究している研究所のようなものだ。

実際の戦闘は自衛隊や米軍がやることがほとんどだし、先のGOMAネードの一件だって俺たちがやったことはせいぜいミスドにいた人たちを守ったくらいのもの。

この1か月俺は訓練しかしていないしブロケードも同様だ。


一体今度はどんなことをされるのだろうか、そんな気分を押しながらドアを開ける。


「待っていたわよ。半魚人諸君」


相変わらずの無意味に薄暗くて奥行きのある会議室でそうニーナは切り出した。

聞いたところによると実際は光の加減による目の錯覚で奥行きが深く見えるらしい。

つまりこの部屋は照明の人間の主観に与える印象を計算してコイツの威厳的なものをブーストするように設計されている。

涙ぐましい努力だ。


「で?俺たちに用事って何なんだ?まさかゴマモンガラと殺し合って来いってんじゃあないんだろうな」

「ええ、そうよ。カンがいいじゃない」


マジかよ。冗談100%で言った言葉だったのに正解を引き当ててしまった。

あの訓練の内容と俺たちが生み出された意味からして戦場は恐らく水中戦なのだろうけど一体今度はどんな戦いをさせられるのだろう。


「ということはそれなりの説明を求めていいってことだよな」

「ええ、勿論そうさせてもらうわ」


そしてニーナが口を開く。俺たちが戦う相手とゴマモンガラをぶっ倒す有効打を。


「ゴマモンガラが次々に生み出されている海域を見つけたわ。場所は東京都品川区式根島沖合約10km地点。そこにゴマモンガラの反応がたくさんあった。私たちはそこがゴマモンガラの重要拠点、つまりはゴマモンガラ・起源オリジンの可能性があるとにらみ、現在調査活動を続けているわ。私たちはこの座標を特異点Aと呼称しているというわけよ」

「それは本当なのかい?本当にそこに起源オリジンがいるのかい!?」


ブロケードが食い気味に迫る。ゴマモンガラ・起源オリジン、すべてのゴマモンガラをクローンとして生み出していく生みの親。

ゴマモンガラの無限ともいえる物量の根幹、文字通りの起源ともいえる最初のゴマモンガラ。

そいつの居場所を本当に突き止めたのならば実質的に人類の勝ちだ。なにせゴマモンガラの人類に対する優位性はその圧倒的な物量とクローン生殖による大量増殖にある。

後者が崩壊してしまえばあとは米軍なり自衛隊なりが現代兵器の力で一方的に殺せる程度の相手でしかない。


「分からないわ。ただそこはゴマモンガラが異様に密集している。それだけは確かなの。それにあの座標はもともと浅い海に生息するゴマモンガラの特徴にもあっている上に栄養成分も豊富な場所なの。あれだけの量のゴマモンガラを生み出せるならそんな場所に拠点があることも容易に想像できるしね」

「で、現在調査中と」

「ええ、本当に起源オリジンだとしたら全軍をもって一斉攻撃に当たるわ。でも実際はただ密集しているだけの可能性もある。ゴマモンガラの生態自体マエコウのお陰でかなり変わって、その上凶暴になって調査も難航しているしね」


つまりスカもある可能性もあるのか。

まあそう簡単に見つかるものでもあるまい。相手は魚とは言えGOMAネードや流山の一件のことを考えると戦略や戦術面もかなり厄介な敵だ。

さらに言えば人類兵器は人と人を殺し合うように作られたものでゴマモンガラは人間を優先的に食い殺す地獄の使者という相性の悪さや、陸上と海中という単純面積計算で3:7のリソースの優劣もある。


「じゃあ俺たちにどうしろってんだよまさかそこに突っ込んでって調べろってんじゃああるまいよな」


陸上ですらあれだけ厄介だったゴマモンガラと奴らに有利な海中で戦わされるとか勘弁してほしい。

それがいつかはやらなければいけないことだとしても。


「いえ。今現在調査用の潜水艇部隊を送り込んで調査中よ。ヘリも向かわせてあるし大事には————」


リリリリリリリ、とニーナの声を遮るように電話の呼び鈴が鳴る。

彼女は俺たちを無視してその着信に応答する。


「はい。こちらエーゴマ隊本部。はい。…はい。それで式根島の様子は…」


会話の内容はニーナの応答からでしか察することができないが何となく嫌な予感がする。

虫の知らせならぬ魚の知らせレベルの勘に等しい推測だが。


「————え? なんですって? 調?」

「何ぃ!」


ニーナは青ざめて口を滑らせ、俺たちはそれを聞いて愕然とする。

特異点Aを調査していた潜水艦がなんの報告もなしにその信号だけ途絶えさせた。

確かにゴマモンガラの歯と顎は凶悪で、鋼鉄くらいなら噛み千切れるだけのパワーはある。

だが何メートルもの水圧すら耐えきる硬さを持つ潜水艇ですらゴマモンガラの前には無力なのか。


「ええ。分かったわ。それではこちらより対応させてもらいます。」


しばらくの応対ののち、ニーナは電話を定位置に戻して俺たちに向き直る。

その眼はいつも以上に鋭い色をしていた。


「聞いていたとは思うけれども改めて報告させてもらうわね。式根島近海で調査活動をしていた潜水艦並びに潜水艇の部隊の信号が途絶えたわ。恐らくは」


ゴマモンガラにやられた、そうわかり切った結論を聞かされた。

さっきも言ったが人類の兵器は基本的に人殺しと人造物の破壊に特化している。

敵潜水艦を水中で沈める魚雷はあっても縦横無尽に泳ぐゴマモンガラの大群をすべて撃墜するだけの能力はないということか。


「じゃあどうするんだい? このまま手をこまねいて見ているのかな。そんなことをしているうちに起源オリジンに逃げられてしまうよ」

「無論そんなつもり毛頭ないわ。本当であれば潜水艦隊が調査を担当するはずだったけどこの結果からプランβに移行したわ。つまり今から貴方たちにはこの海域を調査、可能であれば起源オリジン、またはそれに類するものを殺してもらいたいの」

「つまり俺たちだけで行けと?」

「いえ、半魚人の一個小隊で行くわ。各支部から半魚人を集めてあたらせてもらうわよ。メンバーはここに記されているわ。」


ニーナは音の鳴らない指パッチンをすると、背後から音もなく表れたゴリウスが分厚い資料が入ったクリアファイルを差し出してくる。

「サンキュウ」「どうも」礼を言いながら受け取るとこれがまた思ったよりも厚くて重い。

プランβ作戦概要と書かれた表紙をめくって中を見るとA-GOMA手術成功者の半魚人と今回の作戦に参加する人達のデータが書かれてある。

しっかしいろいろな検体でやったものだな…一つとして同じ手術ベースがない。

無論成功率20%の壁を乗り越えたという前提であるが、それでもこの多彩さはなかなかにエーゴマ隊の好奇心というかマッドサイエンティストぶりが疑われる。

俺たちがこの組織の実態に辟易している中、ニーナは口を開いた。

エーゴマ隊の主任研究員としての言葉と一部隊の指揮官としての言葉を。


「資料には今日中に目を通して頂戴。そして明日にはヘリで式根島まで向かい、そいつらを倒してもらうわ。」


そしてニーナは立ち上がり、最後の号令が発せられる。

ニーナ・ルーデルの初めての半魚人を大量投入した戦いの幕開けとなる一言を。


「それじゃあ各自健闘を祈っているわよ」


意味もなく薄暗い会議室はその一言で士気を挙げ、打倒ゴマモンガラの意を天に表明した。

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