第23話 I will be back soon
「なんか静かですね、町の中とはえらい違いだ」
日が傾いた時頃、千葉県の郊外に存在するとある工場。
中規模の金属加工場を護衛する警察官、
ゴマモンガラが跋扈するこのご時世、日本警察は対ゴマモンガラの戦闘装備を支給され、単なる治安維持組織から軍隊まがいの仕事まですることになった。
先のGOMAネードは多大な被害をもたらし、千葉、埼玉などのベッドタウンに多くの犠牲者を出したが、海岸から駆け付けた自衛隊・警察の共同戦線によって市街地のゴマモンガラは殲滅され、ゴマモンガラをはこんできた台風18号も去り、GOMAネードは鎮圧されたかに思われた。
彼らはその後、自衛隊に町の復興、救助活動を任せて疲労した体を引きずってこの中小企業が経営する町工場を護衛していた。
そこまで大規模な工場ではないものの、今日本の重化学工業が稼働を停止するのは戦場で消費する物資の供給が止まってしまうため守らなくてはならない。
故に警官10人班でこの金属加工場を守っていた。
ゴマモンガラたちは極めて凶暴・獰猛で、それゆえに人間を見たら条件反射的に襲い掛かる性質がある。
それゆえに馬場は注意を怠っていた。あのゴマモンガラならまさか
既に銃器を使ってゴマモンガラたちを一方的に殲滅していた彼らがそんな慢心をしたことを誰も非難はできなかった。
「そんなこと言うな。平和でいいじゃないか」
「そうですね。
「そうだ。俺たちはいつ何時奴らが来ても撃退できるようにしなくて————おい!
相棒よりはわずかに気を引き締めていた仰木は何か飛来する物体に気付いて、馬場の体を突き飛ばした。
当然の如くその物体は仰木と衝突する。
「何してんスか、仰木先輩!!」
突き飛ばされた馬場が見たのは漆黒の翼を生やしたゴマモンガラとそれに喉笛を噛みつかれた仰木だった。
「にげ・・・・・・ろ・・・・・・」
発声器官と呼吸器をやられてもなお後輩を逃がそうとする仰木は無慈悲にもその喉笛をゴマモンガラに噛み千切られて壊れた人形のように倒れる。
「あ、あ゛ああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ホルスターから拳銃を抜いてゴマモンガラに発砲する。安全装置を外していたのが幸運だった。
即座に乱射される鉛玉は弾が尽きるまでその体に突き刺さり、翼を生やした魚に必要以上に多くの風穴を開けて絶命させる。
「そんな・・・・先輩・・・・俺なんかのために・・・・・・」
すぐさま仰木の側に駆け寄るものの、仰木はヒューヒューと喉を失った気管から空気を吐き出すだけで、何も言い残せずに命を落とした。
————人が、死んだ。
こんなにもあっけなくコンビを組んで寝食を共にした尊敬すべき人が食い殺された。
先輩の死を看取る暇もなく、馬場は懐から予備の弾丸を取り出してリロードする。
カァカァと鳥の鳴き声がする。
鳴き声につられて見上げた空は夕暮れの赤に染まり、その中ににいくつもの黒い斑点のような影を落としていた。
大きさから言って鳥とは思えない、猛禽程のサイズ。
あれが鳶や鷹の集団ではないとしたら答えは一つ。翼を手に入れたゴマモンガラの集団だ。
「なんでだよ、なんでこんな羽生やしてんだよ。ちっともかっこよくねえよ」
馬場は現実を受け止めきれなかった。
GOMAネードのゴマモンガラはトビウオの因子を取り込むことで台風という巨大な風にのって滑空することで、沿岸部の前線の上を通り抜けてあれだけの被害をもたらした。
しかし奴らが手にしたのは滑空能力であって飛行能力までは持ち合わせてはいない。
鳥類を喰らって飛行能力を持つものもいなくはなかったがごくごく少数で、あのように空を独占できるほどの数はなかったはずだ。
「何が・・・・起きてんだよ・・・・・・」
まるで夕暮れの帰り道に空を覆うカラスの集団。
一斉に飛び立ち、団結して移動するその姿はいままでのゴマモンガラにない『集団』という脅威を示し、小さな町工場に魚臭い雨をもたらした。
****************************************
ゴマモンガラ
生物としてバランスが非常に悪い自分自身では単体としてもっと脳みそを食べることは難しい。
今でこそ街中で食べ放題のバイキングができるものの、すぐにあの遠くから攻撃できる謎の武器によって鎮圧され、殺される未来がわかる。
だからこそ警備が手薄で情報が伝わりにくいコミュニティの外にある場所をまず狙うべき。
人口密度の高いとこを優先的に狙うだけの同胞と彼の違いはそこにあった。
『自己の生存を優先すること』種の保存ではなく個体の保存に重きを置く発想自体、
そして
まずは兵隊の確保。
そのために町を襲ってたそのままだったら死ぬ運命にあったゴマモンガラたちを一旦引かせて山間部に潜伏した。
次に兵隊の育成。
彼らはマエコウの能力で無限に進化できる力を手に入れたが、それは自身の体内に遺伝情報を取り込まなければ使えない能力だ。
故に
その結果彼らはネズミ算的に翼あるゴマモンガラを大量生産し、空を飛ぶ軍隊を手に入れた。
そしてこの状況に至る。
だが
既にGOMAネードの影響でインフラを破壊した。
ならば次なる狙いは補給物資の破壊をすることで敵の弱体化を図ること、これは第2次世界大戦でも使われた立派な戦術の一つなのだ。
俗にいう通商破壊作戦という戦場で最も厄介な作戦の一つ、それを
知恵無き獣には無理な合理的戦略
「ヤレ、オマエラ。ノウミソドモヲくいツクセエエエエエエ!!」
号令とともに降下する様々な色と模様の翼をはためかせて町工場を襲撃する魚の群れ。
漆黒、灰色、茶色、色とりどりの翼を持つ魚は次々に工場の職員たちを空という一方的に襲える場所から
「嫌だああああああ」「死にたくないいいいいい!!」「何で飛んでんだよこいつらああああ!!」
様々な職員たちの悲鳴が上がり、漏れ出た薬品の影響で工場は炎上する。
護衛の警官たちも多くは空からの奇襲に気付かずにその半数以上の屍を晒していた。
「カカカカカ、スッゴーイ!たーのしい!!」
その時突如として混乱した戦場に一人の警官が現れた。
「よくも先輩を、よくもよくもおおおおおおおお!!!!」
生き残った警察官、馬場頼人は涙を流しながらにじむ視界の中、拳銃を乱射しながら入口から突入する。
彼とて自分が冷静でないことも理解しているし、ここまでやられた以上自分たちの戦術的敗北であることは理解している。
それでもここに残り、尊敬する仰木の仇を討つことに決めたことに迷いはなかった。
一匹でも多くのゴマモンガラをここで殺し、この工場のの人々を守るために————
日本警察御用達の
「殺してやる、一匹残らず風穴ぶち抜いてぶっ殺してやるううううううううぅぅうぅ!!!」
「アレ、キケン————!!」
既に降下する勢いを止められない
実戦で言えば、この自らが戦場に出るという行為は慢心以外の何物でもない。
それにもかかわらず食欲に負けて結果を逸り、今ここで撃墜の危機を迎えてしまった。
知性がある故の慢心。その毒は知らず知らずのうちに
しかし、
既に降下を始めている以上空に戻ることは不可能だ。だが回避行動はとれる。
そこでジグザグに飛行することで照準を絞らせないという策に出る。それは対飛び道具にとって最も有効な手段だった。
馬場は構えていた拳銃を撃つことなく唯一の希望を
「きゃははハハハハ!!」
馬場の
しかしその逃亡は許されず、一発の銃弾が
馬場は2丁目の銃を取り出してすぐさま狙いを定めて後方に見送った魚を背中から撃った。
その銃は先ほど黒翼のゴマモンガラに殺された仰木の残したニューナインブM60だった。
「仰木さん、ありがとうございます」
頭部の肥大した奇妙なゴマモンガラはその勢いのまま溶鉱炉まで飛び、その中に墜ちていった。
「アツイ、トケチャウウウウウウウ!!にざかなニナッチャウウウウウウウウウ!!!」
しかし不可能。翼は焼け落ち、肉はドロドロに溶けて蒸発し、骨は焦げて炭化する。
そこはあらゆる生命の生存を許さない血の池地獄。ありとあらゆる蛋白質は失活し、その機能を失う。
その死の世界で
マエコウは取り込んだ情報をもとに進化するが、その方向性は実は存在しない。
マエコウがもたらすものはただの猿真似に過ぎず、腕や翼といった機能を外部から外付けすることしかできない。
だが意志をもってその方向性を決定づけ、既存のものを組み合わせて新たな可能性を見出そうとした場合は別だ。
本来猿真似に過ぎない情報と情報を組み合わせ、
己が取り込んだ情報をただひたすらに思い出す。
皮肉なことに死の淵にいることで走馬灯という思考回路のオーバーロードが働き、考える時間はたくさんあった。
時間の遅くなった世界でこの地獄を耐え抜く手段を検索する。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。
────────────────思いついた。
熱水噴出孔というものが深海には存在する。
地熱で熱せられた水が噴出する割れ目で、数百度の熱水は重金属や硫化水素を豊富に含むあらゆる生命を殺す毒の沼だ。
しかし、熱水噴出孔周辺は生物活動が活発であり、噴出する液体中に溶解した各種の化学物質を目当てにした複雑な生態系が成立している。
本来は発せられる金属イオンの猛毒以前にその400度にも達する高温・高圧の環境は生命そのものともいえる蛋白質を失活させるため、菌も生物も存在できない。
ありとあらゆる命を許さないはずの場所になぜそのような生物が存在するかというと、高熱に耐性をもつバクテリアが存在するからである。
本来は思い出せないほどの僅かな遺伝情報。
それを
それでも生命が存在できるほど溶けた金属は甘い環境ではない。
溶鉱炉は1500度、熱水噴出孔は高くても400度。
この地獄は血の池より毒の沼よりも恐ろしいありとあらゆるものが原型を止めることを許されない熱量の地獄だ。
故に自らを守るものが必要になる。さらに追加の進化を
モデルは熱水噴出孔に棲む貝の一種、ウロコフネタマガイという鉄と有機物のうろこで装甲した巻貝だ。
体表に硫化鉄でできた鱗を持っており、鉄の鱗を持つ生物の発見として注目された。
その鱗の様から俗にスケーリーフットとも呼ばれる、動物の中で唯一の骨格の構成成分として硫化鉄を用いる生物だ。
皮肉なことに鉄は周囲に腐るほどある。
体内の硫黄と周囲の金属を利用して自らの体を作り直す。
脳の神経回路すら極小のワイヤーで再現し、有機と無機を組み合わせたネットワークを構成。思考機能を維持してそのまま体の再構築に入る。
カルシウムでできた骨格はさらに強固な金属骨格として再現、体表は強固な金属で覆って熱を遮断する。
その中に包まれる肉体の多くも金属製の導線のような神経細胞を使い、金属で再現できない部分に残りわずかのたんぱく質の肉体で補充した。
「I'll be back!!!!!」
そして新たなる生命体は煉獄の中より不死鳥の如く再び舞い上がる。
生命が存在できない地獄から舞い戻った
弱点だった巨大な脳は固い鉄のヘルメットに覆われ、その前頭部から鋭くとがった角が飛び出している。
強固なエナメル質の歯はさらに堅牢にまるで城門のように禍々しく強化された。
体表は深緑色の金属製のウロコに覆われ、鏡のように金属光沢を放っている。
先ほどまであった翼は失われ、代わりに細長い蜘蛛のような8本の脚が生える。
基本となる胴体はかろうじてゴマモンガラの面影を残す平べったくてずんぐりむっくりした魚の姿であり、一対のぎょろぎょろとした出目金のように飛び出た目が馬場を見下ろしていた。
文字通りのカラクリ仕掛けの魚の化け物、自動で動く鎧の魚武者。
まるでSF小説に出てくるようなそのミュータントは自身の誕生を祝うように雄たけびを上げる。
「
金属という生物がイオンという形でしか利用できない物質をこのゴマモンガラはそのまま利用した。
この生物は
「うわああああああああああああああああああああわわわわわわわわ!!」
馬場は拳銃を乱射するが、当然のように金属製のウロコに弾かれる。
当たり前だ。こんなこと戦車に拳銃で立ち向かうようなもの。
この強化合金外骨格を破壊したいというならば対戦車ミサイル級の火力が必要になるだろう。
金属生命体という新たな世界の扉を開いた
巨大な鋼の魚蜘蛛と化した
まるでいままで執着していた人類の別れのように
馬場はただひたすらに安堵してその場にへたり込んだ。
ただ助かったと、自分の理解に及ばない化け物とこれ以上対峙しなくてよいのだと。
下腹部は生暖かい液体に濡れ、足には力が入らなかった。
そしてその背後に翼を生やした魚がいることに馬場が気づくことはなかった。
「やめてえええええ!!食べないでええええ!!」
幸か不幸か、馬場の必死の嘆願は慈悲なきゴマモンガラに聞き入れられた。
茶色の翼をもつゴマモンガラは馬場の肩を掴んで飛んでいく。
「いやだ、いやだよぉ、放してよぉ」
あまりの恐怖に幼児退行をしてしまう馬場。
そして2度目の嘆願も聞き入れられた。
マンションの2回ほどの高さに達するとその鳶の翼を生やしたゴマモンガラは馬場を離した。
当然重力に従って馬場は落ちていく。墜落死しないくらいのギリギリの高度。
地面についたとき馬場の脚はバキバキにへし折れていた。
「おねがい、もうやめて!折れちゃったの!痛いの!もうできないのおおお!」
涙ながらに懇願する馬場の3度めの嘆願は受け入れられなかった。
鳶モンガラは馬場をリフトアップしては落とすという悪趣味極まりない遊びを何度も何度も繰り返した。
落ち方を変えたりきりもみ回転をつけたり手を変え品を変え。
幾度もの墜落を経験した四肢はぐっちゃぐちゃの軟体生物になり、全く持って機能しない。
余りの痛みで気絶し、その痛みで意識が覚醒するという無限ループに馬場の精神は完全に破壊されてしまった。
この工場の訃報が届いたのは馬場が死んで1日後のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます