第22話 よくよく考えてみよう

場面は変わって筑波から離れた千葉県の流山、そこには乗り捨てられた真っ赤な電車と飛来したたんぱく質と雲と風の爆撃機によって破壊された街並みがあった。

いまだ自衛隊の手が及んでいないその地はゴマモンガラの殺戮の聖地と化し、至る所に血痕や肉塊を残している。


そこに一匹のゴマモンガラが駅のホームから通勤するかのように降り立った。

そのゴマモンガラは色とりどりの海水魚の中でも奇妙な模様と外見をしているゴマモンガラの中でもさらに奇矯な外見をしていた。

胴体部分や尻尾、鰭などは通常のゴマモンガラと変わらない黄色と黒と白の入り混じった全体的に統一感のない模様。

人類から学習して奪い取った2対の腕は胸びれと尻びれの部分から生えて、それぞれ独立かつ連携して4足歩行を行っている。

だがそれ自体は人類を喰らったゴマモンガラ、『超キテレツで常軌を逸した殺人モンガラ』ことGOMAモンガラと大差はない。

問題は狂気と食人の愉悦に染まった目の上部分。

ゴマモンガラの名前の所以となる頭部に位置する黒字に黄色の水玉模様の部分が大きく肥大化している。

まるでシュモクザメハンマーヘッドシャーク

しかし、シュモクザメとこのゴマモンガラではその中身は大きく異なる。

シュモクザメの頭部が横に拡張されているのは『ロレンチー二器官』と呼ばれるサメ特有の微弱な電流を感知する電気受容感覚を極度に肥大化させて感覚、感知能力に特化型の進化をした結果、あの独特なフォルムになったことが理由だ。

それに対してこのゴマモンガラ、後にゴマモンガラ・頭脳ワイズと呼ばれることになるこの個体はその肥大化した頭部に魚には分不相応な『脳』を格納していた。

いや、格納したというには語弊がある。

脳の肥大化に頭蓋骨がついてこず、4足歩行で頭脳ワイズが歩行するたび胡麻模様の巾着がプルプルとゼリーのように震える。

文字通りの『脳が震える』。これは生物としてあまりにもアンバランスで弱点を無防備にさらして的を広げてしまった失敗の進化。

本来肉食のはずのパンダが十分な消化器官の進化を怠ったまま笹を食べ始めてしまったことで人間に世話をされないと絶滅してしまうほどの脆弱な生物になってしまったように頭脳ワイズは進化の道を失敗して袋小路にいた。

エデンの知恵の実を食べた代償は高くついた。

肥大化しすぎた脳は逆に頭脳ワイズの足かせとなってしまったのだ。


「オイチイ。アタマ、イタイ。ドウチテイタイノ」


声帯すらつけ、人語すら解するに至った頭脳ワイズ

どうすればこの肥大化した脳という問題を解決できるか、どうすれば人類に多大なダメージを与えられるかを。


余談ではあるが、『考える』という普段我々が当たり前におこなっている行為は実は霊長ホモ・サピエンスのみに許された特権なのである。

かつてネアンデルタール人というもう一つの人類、かつて霊長の座をホモ・サピエンスと争っていた種族がいる。

ネアンデルタール人、正式にホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシスと呼ばれる人類の亜種は単純な脳容積、脳の大きさカタログスペックでホモ・サピエンスを凌駕していた。

現代人の男性の平均が1450mlほどなのに対してネアンデルタール人男性の平均は1600ml。

人類が脳を発達させることで発展した種族だと仮定すれば、本来霊長の座は彼らのもので人類文明は彼らが築くべきだったはずだ。

だが実際には彼らは約20万年前に出現したのちに2万数千年前に絶滅し、脳の容積で劣る我々ホモ・サピエンスが生き残った。

その理由を語る上で彼らは『大脳皮質や前頭葉や発声の喉の構造が現生人より劣っていたことで文化を継承することや創造的な思考、つまりはが不得手であった』という学説がある。

考え、思考し、悩み、惑い、分析し、反省し、妄想し、空想し、想像し、想定し、創造する。

自身の記憶と現実を組み合わせて無から新たな価値を形成すること、つまりは『考えること』は霊長の座を持つものにしか許されない卑金属を金に変えるかの如き錬金術なのである。

単純なカタログスペックの差を埋め、それを追い越して生存競争に勝利できるほどに。


それの禁断の知恵の実を今、このゴマモンガラは手にした。


「ドウスレバ、モットタベレル?ドウスレバもっとコロセル?」


手にしたばかりの脳みそで考え、思考し、悩み、分析し、反省し、妄想し、空想し、想像し、創造する。

現状ゴマモンガラ・頭脳ワイズの脳は幼稚園児高学年から小学校低学年ほどの発展しか遂げていない。

だがそれが最も危ない。

子供の行動が大人たちには全く読めないこと、子供の想像力は大人のそれを凌駕することを我々はよく知っているはずだ。

無邪気ゆえの残虐性、無知ゆえの凶暴性、無垢ゆえの邪悪が牙を研いで鋭利な刃を形成する。


ゴマモンガラ・頭脳ワイズが熟考を重ねていると、まるでホラー映画のようにカラスの集団がカーカー、ガーガーと鳴き声を上げ、ゴマモンガラを俯瞰する電線から飛び立った。


「ソウダ、イイコトカンガエタ」


発声器官とともに表情筋すら外付けしたゴマモンガラの口が醜くゆがむ。

悪という罵倒でさえ足りない、無垢なる邪悪が人類に牙を剥き始めた。

その研ぎ澄まされた刃をもって、その澄み切った思考回路をもって。

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