第24話 旅行帰りのお茶漬けのうまさは異常

先のGOMAネードの一件から1週間が経過した。

今でも自衛隊が海岸から押し寄せるゴマモンガラの群れを水際で押しとどめていることは変わらないらしいが、これといった大きな影響はなく、いったんの平和を見せていた。

ミスタードーナツ前での戦いで噛み千切られた俺の指は形容しがたい気持ち悪さとともに生え変わり、新しい指はきちんと神経細胞が通って自在に動かせるようになっていた。

俺はあの後おふくろにみっちり怒られた後、朱鷺子となんやかんや話しながら関係を修復した。

そのことを詳細には語りたくないので割愛する。

なぜなら人間ドラマはサメ映画を駄作にする誰もが分かり切った猛毒だからだ。


その後は色々な検査を行った。水中での運動試験、鰓呼吸ができているかの確認、などなどだ。

どの課題も人間の時ではできないし、そもそもやろうとしたことのなかった代物だったが、何故か俺はそれらの課題をいともたやすくできてしまった。

まるで生まれた時からやっているように当然と言わんばかりにできてしまうのだ。

ニーナの足の裏の舐め方がわかったように。

その感覚はできたという達成感よりも言い知れぬ異物感のような気持ち悪さを俺にもたらしたが、まぁそのうち慣れるだろうと気にしないでおいた。

正直肉体を半魚人にされた時点で細かいことなんて気にしてられないのだ。


「あ~~それにしても意外とやることないんだなぁ」


この一週間は検査と筋トレの毎日。

健康的でよろしいのだがマエコウを使った改造人間に筋トレというのが果たして効果があるのかは疑問だが習慣をおろそかにして平常心を失うわけにはいかないと思い続けている。

そんな微妙な心情で俺は可食検査という名の食事を食堂でとりながら窓の外を見る。

目の前に並ぶのは左から海藻サラダに刺身、刺身、寿司、寿司、刺身、寿司。

最初こそおいしい刺身が食べ放題で最高だったが毎食こんなんでは流石に飽きる。

気分はさながら水族館のショーをするイルカだ。

最初は刺身しか食べさせてもらえなかったが今は寿司を食べさせてもらえるようになった。

シャリと醤油とわさびが許可された大躍進だ。


「そうだね。でもやることがないってのは平和でいいと思うよ。台風19号にはゴマモンガラいないらしいし」

「うわっ。お前いつの間に」


話しかけられてやっと気づいたが、派手な鰭とボーダー模様で細マッチョな美貌という二つの目立つ要素が合わさったような美半魚人が背後に立っていた。

ブロケードだ。

フルネームをブロケード・ラインハルト。

俺と同じ半魚人で手術ベースはキリンミノカサゴのアメリカからの留学生だったらしい男だ。

ブロケードは交換留学で日本に来ていたころに俺同様にゴマモンガラの襲撃に会い、瀕死の重傷を受けたところで俺より早くA-GOMA手術を受けて目を覚まし、活動していた。

もっとも今は半魚人になったせいで家族以外には死んだという扱いを受けていて、それはおれも同様らしい。

まあ半魚人になった時点で社会的死みたいなものなのでいまさら気にすることはないが。


「今来たとこだよ。そんなに驚かなくてもいいじゃないか、おなじ半魚人なんだし」

「俺はヘラヘラしてるお前のほうが驚きだよ。もしかして半魚人にでもなりたかったのか?」


相変わらず奥ゆかしい純日本人にとっては距離感の近すぎる男ではあるのだが不思議と悪い気はしない。

まあ半魚人仲間が一人いるだけでお互いに精神的に助かるってのが多いのだろうけど。


「そんなわけないじゃないか。こんな体じゃ女の子とおちおちハグできやしない」

「なんでハグする・・・・ってお前らの国じゃ挨拶か」

「そうだよ。僕がやったらいきなりソーププレイに早変わりだ」

「違いないな」


アメリカンジョークというよりもただの下ネタ。

正確に言えばブロケードの手術ベースのキリンミノカサゴは鰭のとげに毒があり、それで相手を気づ付けてしまうからハグできないらしいが、割とどうでもいい情報だ。


「ところでユージ、千葉の工場の件は聞いたかい?」

「ああ、あのトリモンガラ襲撃のことか」


昨日の夕方、突如として翼を生やしたゴマモンガラの集団が千葉にある中規模の金属加工会社を襲撃した事件だ。

飛び去ったゴマモンガラの集団と警備を担当していた警察官が音信不通になったことで発覚した怪事件。

加工場には大量の血痕と鳥のような羽が見つかっており、数匹のゴマモンガラの死体はすべて俺の意識を奪って行った個体のように巨大な翼が生えていたという。


「それだよ。ユージはあれ、なんか変だと思わないのかい?」

「変?」

「ああ、今までのゴマモンガラは人や動物を食ったことで進化してきた。そうだろう」

「そうだがいったい何が言いたい。アイツらがびっくり進化するのはいつものことだろうが。それに俺もお前も飛べるゴマモンガラにあったことがあるだろうが」


ミスドでの戦いが終わったと見せかけて襲ってきやがった黒翼のゴマモンガラ。

あれは恐らくカラスだろう。

ゴマモンガラが食ったものから学習して進化するなんていつものことだ。

慣れてしまっている自分が怖いがそこに何の驚きも見いだせなかった。


「いや。今回は奴ら、食った結果進化するのではなく、進化するために食べた。そんな気がしてならないんだ」

「あ?」

「目的と手段が入れ替わっている。そう言いたいんだよ」


ゴマモンガラは体内にあるマエコウの力で他者の遺伝情報からデータを取り出して急速進化する化け物だ。

それ自体は自明のこと。しかしブロケードの言葉は完全に理解できない状態でも違和感は引っかかった。


「考えても見てよ。平和ボケした人間と飛んで空や高所に逃げられる鳥、どっちが食べやすいと思う?」

「まぁ人間だろ。それにアイツら人間を優先的に食い殺すんじゃなかったのか?」

「そうだね。でもアイツらは鳥に進化した個体を大量に起用して襲撃した。まるで翼を手に入れるために人間を敢えて狙わず鳥を狙った、という過程がそこに存在しているんだよ」


ブロケードの説はあくまで推論に過ぎない。

だがマエコウの力は常識を超える。もしゴマモンガラが知性を獲得したなら。

もし戦略を、ボスを倒すためにレベルアップするということをゴマモンガラが覚えてしまったのなら————

背筋が凍り付く。

ゴマモンガラが賢くなっているのは先のGOMAネードの一件でわかっているがまさかそこまでなんて————


「じゃあもし————」


もしゴマモンガラが今もなお人類文明を学んでいるのなら、それはただただ無限の軍勢が押し寄せることよりさらに恐ろしいことなのではないか?


「ああ。ボクはこう思うんだ。敵は起源オリジンだけじゃない。今地上にいるゴマモンガラは人間を学習して潜伏している。そんな気がしてならないんだ」

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