第5話 シャークネードはカテゴリー2が至高

狭い病室に突っ込みがこだまする。つい反射的に突っ込んでしまった。

なんだよGOMAモンガラって。結局ゴマモンガラにしたいだけじゃあねえのか。

しかもよくわからん英単語のイニシャルを無理矢理くっつけてGOMAにするとか。

Greatくらいしか意味わかんねえよ。


「そうよ。名付け親のアタシに文句でもあるのかしら。」

「名付け親お前かよ!」


iPSとかSTAPみたいなノリで紛らわしいネーミングつけてんじゃんねえ。

どんだけネーミングセンスないんだこのロリッ子。

もう少しなんかあっただろ、マシな英単語とか。

そんな俺の突っ込みは華麗にスルーされてニーナはは解説を続ける。


「話を戻すわ。貴方には2つの選択肢がある。一つは私たちの下でマエコウの研究のサンプルになるか。もう一つはここで狂死するか。どちらにせよ貴方はもういつもの生活に戻れない。」

「選択肢ねえじゃねえか。恩赦とか特別報酬もらえないのかよ。」

「一応あるけれど少なくとも貴方はもう普通の人生は送れない。貴方はマエコウのせいで進化、こういう言い方が正しいのかどうかわからないけれども『新人類』になったのよ。そんな人間が社会に出てどういう扱いを受けると思う?」


21世紀になって人間は多様性について寛容的になっては来ていると思う。

だがLGBTなどと違い全く新しいカテゴリの人類、それも外見が大きく乖離してしまった俺を社会が受け入れてくれるかと言われたら不安がある。

今の俺は半分ホンソメワケベラとか言う魚でで人間ではない。そんな当たり前の事実は俺の上に重くのしかかった。


それでも俺は自由が欲しい。朱鷺子と一緒に高校を卒業してキャンパスライフを送りたい。

それに今のところ俺には命を助けてもらったくらいしかメリットがない。

本人の意思とは無関係とはいえ危険極まりない人体実験のサンプルにされたことへの見返りがあまりにも少ない。

こんなの不公平だ。


「本当に俺は社会に出れずにずっとお前らのペットになるっていうのかよ。そんなの犯罪だろ?」


一縷の期待を込めて自分でも可能性を見いだせない回答を求める。

しかし、帰ってきたのは現実という名の拒絶だった。


「じゃあ貴方その体で山手線にでも乗ってみる?ぬるぬるローションを体から分泌する痴漢扱いされて人生終わるわよ。」

「なんでそうなんだよ!せめて不審者コスプレイヤーくらいだろうが!」


ひでえ言われようだ。この女マジで容赦ねえ。

自分で俺をこんな体に改造しておいてローション痴漢人間というアダルトおじさん扱いしやがった。

俺の怒りはスルーされてニーナは話の続きを語り続ける。


「お遊びは置いといて貴方の現状を受け入れてくれた?大丈夫、ラットやモルモットよりは上等な待遇をお約束するわ。」

「そいつら薬物投与されたり脳みそに電流流されたりされるだろ・・・」

「ごめんなさい、言い換えるわ。勝手な外出以外は不自由ない生活を与えるつもりよ。これでも貴重なサンプルだもの。貴方の機嫌はそこねられないわ。」

「てめえ・・・」

「本当よ。望むものはある程度なら経費で落とせるしさっきみたいにご家族やあの幼馴染とも会えるわ。学校の友人とかだと流石に守秘義務に抵触するけれどそれでもちゃんと貴方の人権には配慮するつもりなのよ」


よくもまあ現在進行形で煽ってる女がいけしゃあしゃあと言ってくれるもんだ。

だが彼女らにとって俺は死んでほしくはない存在であることは確かだ。

言い方はひどいものだったがそう酷い扱いはされないと思うが相手は会って1時間も経っていない人間たちなのだ。

正直言って信頼しきれるといったら全面的には難しい。


俺たちは睨み合い、数秒の沈黙が流れた。

すると、窓がガタガタと音を立てて揺れ始めた。


「なんだ!?」

「ただの台風よ。いまは9月の下旬、これくらいなんてことはないでしょう。」


窓の外の空は暗く雲に覆われ、耳を凝らせば確かに風はごうごうと吹いている。

暴風域と言えるほどの凶悪な規模ではないがそれでも風も雨もかなり激しい。

昏睡時間が時間だから季節感がかなり失われているが、確かに台風が来てもおかしくない時期だ。

こんな日に来させちまっておふくろと朱鷺子に申し訳ない。

そんなことを考えていたら何か悪い予感がした。

窓はなおも震えを止めることなく、まるで何かの警報のようになり続ける。

その音に危機感を覚えたのは俺とゴリウスだけだった。

台風つまりは嵐。これはまずい。

俺の経験則(サメ映画)によればこれは不吉の前兆だ。

ガタガタと震える窓ガラスはまるで悪魔を呼ぶ儀式のように振動を強めていく。

すると急に窓の外から何かが飛んでくるような何かが見えた。


「まずい!」

「お嬢様!」


俺はベッドの上で叫び、ゴリウスがニーナを突き飛ばす。

すると窓ガラスを突き破って窓からミサイルのようなものが目にもとまらぬスピードでニーナの頭部があった場所を通り過ぎていく。

「なんだアレは!?」そう叫んで進行方向を見ると一匹の大柄な魚がピチピチと飛び跳ねていた。

間違いない。このシャブ決め手そうな顔とサイケデリックで統一感の欠片もない独特すぎる文様を見間違えるものか。

俺たちを殺しやがったゴマモンガラだ。

ゴリウスは素早く立ち上がると懐から拳銃を引き抜き、ゴマモンガラに4.5発発砲する。

流石にリノリウムの床は泳げなかったのか、銃弾はすべて命中し、現代兵器の前にゴマモンガラはなすすべもなく絶命した。


「嘘よ、なんでゴマモンガラがここに・・・」


ニーナの言うとおりだ。陸上のゴマモンガラは自衛隊米軍共同で殲滅し、日本には上陸できないはず。

ゴマモンガラが防衛ラインの内側にいるなんてありえない。

そんなとき俺のサメ映画の知識が働いて一つの仮説が頭に浮かんだ。


「こいつ、んだ・・・」

「「なんですってだと!!」」


ニーナとゴリウスは驚愕の表情を浮かべてゴマモンガラから俺のほうに向きなおる。

『シャークネード』という映画がある。

「台風で巻き上げられたサメの大群が空から降ってきて人間を襲う」といういわゆるサメ映画だ。

なにかとぶっ飛んだ設定の作品が多いサメ映画の中でもシチュエーションの突飛さと痛快さはかなり突きぬけている唯一レベルで大ヒットを見せた作品で俺のお気に入りの一つでもある。

ちゃんとサメ出てるしな。

インフレにインフレを重ねて視聴者の予想を次々と裏切っていく俺の大好きな映画の一つだ。

それを現実世界でゴマモンガラが再現した。

正直俺だって半信半疑だ。お馬鹿設定のB級映画に出てくる襲撃方法がまさかリアルで使われるはずがないだろう。


だが状況証拠がゴマモンガラの飛翔を物語っている。

ここが何階かは知らないが病院の結構高さのある一般病室に突っ込んでくるほどの高さ。

それによく見るとゴマモンガラの胸鰭は大きく拡張され、トビウオのような翼になっている。

間違いない、コイツ!!


こうなると一番ヤバいのはさっき帰ったばかりの朱鷺子とおふくろだ。

海水浴場を襲撃したゴマモンガラは単体での戦闘能力はそこまで高くないが結構な数がいた。

ゴマモンガラの脅威は数の脅威だ。アイツらが単体で来るはずがない。

あいつらは何の遮蔽物のない状況でこのシャークネード、いやGOMAネードの渦中で帰宅しようとしている─────────────────────!!!


「朱鷺子ぉおおおおおおおおおおおお────────────────────────────────!!!!!」


何の理性も働かず、ただ無我夢中でゴマモンガラが突き破った窓から外に飛び出す。

親友を失った。人としての人生を失った。自由を失った。

それでも俺にはおふくろがいる。朱鷺子がいる。くだらないことで笑い合える友達がいる。

これ以上失えない。これ以上奪わせはしない。

これ以上俺から大切なものを奪おうものなら覚悟しろゴマモンガラ。


俺は必ずお前たちを殲滅してやる。この半魚人の肉体すべてを灼き尽くしたとしても、俺は────────────────────────────────


「ゴマ、モンガラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


半魚の身体はその高さを理解しないまま宙を跳び、吹きすさぶ嵐に身を晒す。

いつもなら不快感しかない雨でびっちゃり濡れた衣服はこの身にはむしろ心地いい。

GOMAモンガラと人類の存亡をかけた戦いがこれから本当に始まる。

俺は曇天の空に高らかとゴマモンガラへの宣戦布告をした。

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