第22話
佐久間は、その日、木村美夏と映画を見に、三条へ繰り出した。その映画とは、とあるアニメをオリジナルストーリで映画化したものである。先日昼ごはんを食べに木村美夏と出かけた際、三条の映画館のそばを通り過ぎたときにその映画の広告を見て、ああいうの一回見てみたい、一人だと恥ずかしいから付き添ってくれと頼んできたのであった。佐久間は自身が所属するサークルでその映画があまりにも流行っていたので、いつか見ようと思っていたが、いい機会だと思ってついていくことにしたのである。
佐久間が木村美夏と三条商店街を歩いていると、目の前に見覚えのある女性がこちらへ向かって歩いているのが見えた。その女性は、隣にいる誰かとしゃべっているのか、こちらに気づいていないようだった。佐久間は、木村美夏がしきりに佐久間に話しかけるのでじっと見ることはできないが、それでもだんだん距離が近くなるほど、ますます見覚えがあるように感じる。その佐久間の様子に木村美夏もなにか感じたようだった。
「誰か知り合いでもおるん?」
「いや、見間違いかも……」
佐久間がちょうど、そう答えたときだった。佐久間の前方にいた人が急ぎ足で立ち去っていき、海が割れるように視界が開けた。そこにいたのは、高山であった。
見間違えることのない服装をしており、佐久間にもすぐわかった。思わず、あっと声が出る。その声に気づいたのか高山もこちらに気づいたようだった。そしてにやついて佐久間に近づいてくる。
「お、もしかして……」
その声は佐久間が予想したとおり、驚いているというよりも、新しいおもちゃを発見したような浮ついた声であった。佐久間は、顔が赤くなるのを感じた。
「いや、そういうんじゃないから……」
思わず不機嫌そうな調子で答えると、佐久間は、はっとしてとっさに隣にいる木村美夏を見た。彼女はニコニコしていただけで、佐久間は安心した。高山は、にやついたまま、まぁがんばれよと言い残して、ときおり後ろを振り返りながら彼女と去っていった。
高山が去っていくと、木村美夏が、佐久間の服のすそをつかんで、高山の後ろ姿を目で追っている佐久間の顔を覗き込む。佐久間は、木村美夏に向き直った。佐久間が思っていたよりも木村美夏の顔が自分の顔の近くにあり、ドキッとする。それはどちらかといえば、浮ついたものではなかった。
「いこっか」
木村美夏が、そう促すと、佐久間はぎこちない返事をして、映画館へ向かった。
佐久間は、いつも感想を持つのが苦手だった。何を見てもおもしろかった、つまらなかったくらいの感想しか思いつかない。じっくり腰を落ち着けて検討するのが好きだった。それゆえ、今も木村美夏からさきほど見た映画の感想を喫茶店で話しているが、佐久間にとっては、耐えがたい時間だった。
「あそこであのキャラがあんな風になるなんて思わなかったなー」
「う、うん」
「あのキャラクターかわいかったよね」
「あー、確かにかわいかったよね」
「最後に地球が大爆発して敵も味方もみんな死んだのは予想外だったよね」
「確かに……」
「佐久間くん、ちゃんと見てなかったやろ」
「ちゃんと見てたよ!」
いや、佐久間が何も考えられなかったのは、それだけではなかったかもしれない。映画を見れば、隣にいる木村美夏の手が当たり、喫茶店で向かい合わせで座れば木村美夏が机の上に乗せた胸にどうしても目が吸い寄せられる。そしてそのたび木村美夏と目が合って、彼女はにこっと笑うのだった。佐久間にとって、耐えがたい状況だった。
「そういえば、映画見る前に会った二人って誰だったの?」
映画の内容について何を話したらいいのか全く分からなかった佐久間にとって救いの舟が来た気がした。
「えっと、高山っていう友人とその彼女かな」
「その友人はサークルが一緒の人?」
「いや、よく分からんけど食堂で会って100キロウォークに一緒に行って、よく分からんうちに仲良くなったような」
佐久間にとっても高山との出会いは不思議だった。最初は意味わからない小説GOでメッセージを送り合って、実は横山さんの友人で、なぜか食堂で話して。それまでもそれまでと同じ場所ですれ違っていたような気がするのに、なぜ今になって出会えたのだろうか。
「あいつ、人の用事も確認しないで、すぐ呼び出すからな」
「どんなふうに?」
「『集合』ってメッセージがいきなり来るんだよね。それか電話か。まぁ実際、暇なんだけど。でも、集合先くらいは教えといてほしいよね。まぁだいたい鴨川なんだけど」
佐久間は、木村美夏が思わず笑うのを見て、少しだけ安心した。
「ちなみに、呼び出しって、何の話をしてるの?」
「え……」
佐久間は、焦った。ラノベの話はなるべくならしたくなかった。自分の作った物語は、ある程度の人に読んでもらえてはいるものの、それをどういう人が読んでいるのか、どういう感想を持ったのかまでは、よく分かっていない。自分と同じような考え方の人にはおもしろがって読んでもらえているかもしれないけれど、その他の一般の人たちは、気持ち悪いと思っているかもしれなかった。そして、今、目の前で聞いてきている木村美夏は、間違いなくその他の一般の人たちに入る人物だった。ここで暴露してしまって、どう思われるかは賭けだった。
「今さ、高山とラノベ作ろうって話をしてて、俺が物語の方を作ってるんだけど、その内容とかを話したりしてるんだよね」
「へー! それってどういうお話なの?」
佐久間としては、なんとなく話の内容をぼかした感じで終わりたかったが、やはりぼかせばそこを突っ込まれてしまう。佐久間は観念して、全てを話すことにした。
「これを話したことは、あんまり口外しないでほしいんだけど……」
内容を話し終わると、佐久間は木村美夏にくぎを刺した。
「いや、口外せえへんよ。だって話の内容がキモすぎやもん。やばいよ。止めた方がええって!」
木村美夏は、笑いながらそう返したが、しかし、止めた方がよいという忠告だけは本心らしかった。
「高山くん?とそんなことするより、もっとうちと遊んでよ!」
「それはちょっと……」
佐久間が、渋った答えを返すと、木村美夏は、すかさず「なんで?」と追撃をする。
「始めたからには、最後までやり切りたいやん」
「なんで? いいじゃん、止めたほうが絶対いいって」
木村美夏は、簡単には納得しない。しかし、佐久間としても、止めることに「うん」と言うことだけはしたくなかった。その場で肯定さえしておけば、この場は収まるが、そのようなウソをつくことはできなかった。
「そう」
佐久間が依然として渋った様子であるのを見て、木村美夏はそうつぶやいた。そのとき、佐久間も何かを察したらしかった。木村美夏の声の様子がいつの間にか落ち込んでいて、両手で頬杖をついていた。佐久間は、この状況を脱する方法が全く分からず、困り果てた。
その日の夜、佐久間が家の中でゴロゴロしていると、携帯電話が鳴った。その音に聞き覚えがあるように感じる。
「モスモスモスバーガー」
「ロッテリアだ」
佐久間が鴨川デルタに着いた頃には、高山はすでにベンチに座って、賀茂川を静かに眺めていた。佐久間がそのベンチに近づいていくと、向こうも気づいたのか、ペットボトルを投げてくる。そのジュースはみっくすじゅーすであった。「みっくすじゅーすはなぁ。うまいんだよ!」と高山は夜の鴨川に吠えた。
「で、今日のデートはどうだったんですか」
高山が不意にそんな質問をするので、佐久間は飲んでいたみっくすじゅーすで思わずむせてしまった。
「どうって、別に特には……。全然しゃべれなかったし……」
「ええ、そうなの? ……まぁ大丈夫だって。なんとかなる」
高山は、佐久間が自嘲気味で言っているのは分かったが、会話ができなかったことを少し気にしているだろうとも思った。ただ、あれほどかわいくてスタイルもよかったら、ふつうは緊張する。
とはいえ、高山は、横山さんのことも頭にちらつくのであった。彼女のことを考えると、佐久間の回答に少し安心する。逆にもし横山さんさえいなければ、もう少し積極的に突っこんでこちらから相談に乗ろうとしたはずであったが、今はどうしてもそこまでできない。良心の板挟みになった結果の回答だった。
「高山は、デートはどうだったんですか」
「俺? 俺はとても楽しかったですよ。そりゃ、もう」
佐久間は、高山がのろけてきたことが意外だった。以前彼女と鉢合わせたときは、あんなにおろおろしていたのに。見つかってしまって開き直ったのだろうか。
「それはいいとして、ラノベの話だけど」
佐久間としてはもう少し高山の話を聞いてみたかったが、何をどう聞こうか迷っているうちに高山に話題を切り替えられてしまった。
「また大変なことになりましたな。主人公がまた捕まってしまうなんて。しかもよりによって主人公がもとの世界に戻るタイムリミット間近な時に……」
「まぁ物語なんてそんなもんじゃね? 起承転結の「転」に当たる部分かなと考えてるけど」
「再逮捕されて、これから捜査して裁判やりますとかそんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ! あと十日って分かってるだけに、なんだか焦ってくる……」
「ただ、いきなり『僕は異世界から来てて……』みたいなことを言い始めたら、その人の頭がおかしいんじゃないかって疑うと思うんだよね。おそらく向こうの世界では、主人公のもといた世界というのは認識されていないと思うから。一方で主人公がもといた世界でも、主人公が今いる世界を認識しているわけじゃないから、異世界に行ってましたって言ったら頭がおかしいと思われるのは同じだと思う。どっちも自分の世界がすべてだと思い込んでいるし、それは現在の常識からは、当然の帰結ではあると思うんだよね。
だから、異世界とか関係なしに、通常どおり手続を進めようということになるんだと思う」
「しかも、この再逮捕の裏で動いているのが過激派宗教団体『タイツ国』っていうのがね。恐ろしいですな。で、主人公はナコちゃんたちの抵抗むなしくまた留置場にぶち込まれてしまったわけだけど、続きはどうなるんですか」
「そう言うと思って、印刷して持ってきた。ほれ」
佐久間は、カバンから印刷用紙数枚を取り出して高山に手渡すと、高山は卒業証書でも受け取るように恭しくそれを受け取った。
高山がそれを読んでいる間、目の前に流れる賀茂川を眺めた。パチンコ店の明かりも消え、暗い中に何かがうごめいているように見えるだけだ。しかしそれが不気味でないのは、そこに見えているのが川の波だと分かっていたからかもしれない。佐久間はなんとなく不思議に感じた。ときおり風が吹いて黒い木の葉が揺れ、葉がこすれる音が聞こえてきた。
佐久間は、隣で紙を忙しく動かす音が聞こえて、大きく息をはいた。高山はどうやら持ってきた分を読み終えたらしく、ほかに記載されているページがないか確認して、印刷用紙をまとめていた。
「はい、これ。ありがとう。なるほど、ナコちゃんたちが、ほかの方法を調査するチームと捜査機関にかけ合うチームとに分かれて行動しているのね。確かにオシミオちゃんとか頭良かったよね。元の世界にもどる方法を最初に見つけたのはオシミオちゃんだったし。
それにしても主人公はここで心が折れてしまったのかね。面会でもう諦めるみたいなこと言ってるし、楽観的な彼らしくない。イウマちゃんがビンタしようとして、面会の壁で阻まれてもどかしく思うところは妙に納得したよ。留置場が違えば壁も外れたかもしれないけどね」
高山は冗談っぽく笑う。
「物語は、まだ最後にどうなるかまでは書いていないのね」
「うん、最後まで書いてしまってもよかったんだけど、今改めて最後を書こうとすると、ほんとにそんな終わり方でいいのかって思えてきてためらわれてしまうんだよね。まぁ今更変えられるのかということも考えなきゃいけないんだけど」
「まぁまぁ、夏休みはまだあるし、ゆっくり考えたらいいんじゃない? 12月末までのラノベ応募があるし、それくらいを目途に完成させよう」
「12月末ね……。大丈夫かな。あと異世界言語に直す作業があるけど……」
「まぁ、締切りを設けた方ががんばると思うしさ、ひとまずそれを目安にしようか」
「確かにね。おーけー。がんばるか……。
そういえば高山のイラスト見たよ。この場面のイラストなんだけど、地面を石畳にするんじゃなくて、土とかにしてほしい。あと町全体を西洋風から日本風に変えてほしい。もっと自然を取り入れた感じにしてほしい。切りそろえられた感じとかでもないやつね。描く前に伝えてなくて悪かったけど」
「まぁ別に変えるのはかまわないけど、なんで?」
「西洋風っていうのがむかつくから」
「わけがわからないぞ」
「ラノベで異世界っていうと西洋風ってイメージがあるんだけど、明治以来、日本人はいまだに西洋に対する憧れをなくしていないと思うんだよね。アラブ風とかアフリカ風みたいなのってあんまりテレビで見ないじゃん。店の名前も、フランス語とかを使ったりしておしゃれ感を出そうとしたりするし。あくまで個人的な意見だし、裏付け証拠があるわけじゃないんだけどね。日本の自然と共存してる感じもいいじゃんって思うんだよね」
「俺は別にどっちでもいいけどな。そんな細かいところ気にしてる人いるか?」
「ここにいるんだよ!」
そう言って佐久間は、手で自分の胸をたたいた。高山は苦笑して、そうですかと言った。
「どうでもいいところには、細かいのな」
高山のこの発言に、佐久間は少しむっとしたが、それはそうなので言い返せない。
少しの沈黙を置いて、佐久間が気を取り直して、高山に注文を出した。
「それから、タイツが、少しエロさが出ていない感じがするので、そこをもう少し改善してほしい。具体的には、もう少し脚が透けて見える感じで。ぴったり感というよりは、脚がタイツになってるみたいな感じにしてくれ」
「わけがわからん」
「履いているというよりは、一体化してる感を出してほしい」
「余計意味分らんくなったけど、とりあえずやってみるわ」
「よろしく頼む」
高山は、自分の実力に対して無茶なお願いをされたなと、もう一度苦笑した。
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