第12話
高山は、うなりにうなっていた。しっくりくるイラストが描けないのである。自分が最初に描いて電子レンジ氏に送った例のイラスト3枚も、今改めて見ると、全員同じではないかと感じてくる。まだ第1話が送られてきていないので、こちらも第1案を送っていなくても許される気がするが、時間の問題かもしれない。高山は、鴨川へ行くことにした。
その日は、いつもと違って高野川にあるベンチに座った。向かいには、住宅が連なっているのが見えるだけであったが、高い建物が少ないためか、空が広く見える。住宅の手前には、堤防とその上の歩道、そしてところどころに植えられた木々が見え、なんともさっぱりとしていた。ときおり自転車で高山の目の前を通っていく人たちがおり、のどかな風景である。
自転車で通っていく人の中には、中学生や高校生が混じっていた。高山自身が高校生だったときは、中学生と高校生を見分けられたような気がするのに、大学生になって1年と少しが経過した今、どちらがどちらなのか分からなくなることが多くなっていた。これは、高山が、自分は年老いたなぁと思っているのではなく、どちらも幼く見えて区別がつかなくってきたからであった。
高山は、やけくそになって、今見た女子高生の一人をモデルに描いてみようかと思い始めた。悲しいかな、自分が今見た女子高生をモデルに描いたところで、その画力のなさから彼女そっくりになることはないのだ。高山は、段々と、これは名案なのではないかと思い始めた。しかし、問題点はある。それは、一瞬見ただけですべてを暗記し、イラストに残すことが不可能なことであった。写真に撮っておけば可能ではあるが、あまり望ましい方法ではないだろう。
仕方がないので、高山は諦めることにした。事実これは名案ではないかと思いこんだ後に、問題点を見つけてしまったときの気分はまるでジェットコースターであり、肩の落込み具合も、いつもより一段階大きい。考える気力が尽きた高山は、一度アパートに帰ることにした。
帰宅する途中、高山は近くのコンビニでシュークリームを買うことにした。甘い物でも食べれば何か良い考えが浮かんでくるだろうという甘い見込みもあった。コンビニに入ると、いつものように、少年マンガの週刊誌を横目に見つつ、成人向けの雑誌の表紙を見つつ、スイーツコーナーへ向かっていく。そのとき、ふと、少年マンガ週刊誌の表紙にアイドルの写真が載っていたなと思い、戻っていった。すると、その週刊誌の表紙には、「期待のJKアイドル!!」と銘打った女の子の写真が載っており、白い水着姿でこちらに笑いかけた女の子の写真が載っていた。高山は、これだと思った。高山はシュークリームを買うのをやめ、その週刊マンガ雑誌を購入した。そして帰宅すると、早速グラビアのページをめくった。
高山の予想通りであった。かわいいアイドルのいろんなポーズの写真が載っている。自分が望むポーズであるわけではないが、参考にはなる。続けて、高山は、インターネットでグラビアアイドルの写真を探し始めた。すると、出るわ出るわ、似たようなポーズをとっているものもかなりあるし、直立して真正面を向いたり横を向いていたりするものは当然ないけれども、いろんなかわいい女性が見つかる。この中から、キャラクターに合う見た目のアイドルを探し、イラスト化して描けばよいのではないだろうか。自分の画力のなさから、顔が似たようなものになる心配は全くない。これこそ名案である。高山は、さっそくモデルとなりそうなアイドル探しのために、インターネットの大海へ、大航海を始めた。
高山は、次の日、時計台の地下にある生協でノートとスケッチブックを買ってから、文学部棟へ向かった。スケッチブックを買った理由はもちろん、気になったアイドルのイラスト化されたものを描くためである。
その生協から文学部棟へ行くとき、法経本館にある通路を使用すると少し近道となる。その通路を高山が通っていると、法経第4教室の近くで、横山さんとばったり会った。
「おお、こんにちは」
「こんにちは。あっ、そういえば、頼まれてた例のブツ、仕入れておきましたので……」
「あっ、そうなん、ありがとう! 今度部室でもらうわ。また何かあったら頼んでな」
横山さんが悪代官のようににやにやしているのを見て、高山は苦笑した。どうにも、また頼んでしまうことになりそうだった。今回は、地元の名産品であると地元で言われている赤福もちであったが、次は何を要求されるのか。
「じゃあまた後で部室に行くから、そのときに……」
高山がそう言いかけたときであった。横山さんが何かの気配を察知したのか、法経第4教室の出入口の方を見た。それにつられて高山も同じ方を見ると、上下ジャージの男が教室から出てくるところであった。
「おお、佐久間くんやん。ちょうどいいところに。あんな、この前友人から預かったんやけど」
さきほどまで高山と話していたときの声と違い、横山さんの声は明らかに上ずっていて、心なしか目がキラキラ光っているように見える。少しだけ話を聞いたことがあったけど、まさかこのジャージ上下マンが好きなのか。さすがにそれはどうかと思ったが、自分のことを考えると何も言えなくなった。
高山は、向こうがこちらに会釈をしたように見えたので、おそるおそる会釈をして返す。自分が邪魔者であるように思われてきたのと、その場にいるのがきまり悪くなってきたのとで、高山は、先に行くからというようなことを伝え、一人で文学部棟へ向かっていった。後ろで楽しそうな横山さんの声が響いていた。
その日の夜は、高山は、結局一人で食堂へ行くことになった。だいたい友人と行くのだが、なぜかこの日は全員に振られてしまったのである。いつもは、彼らのサークルの部室がある部室棟の近くの食堂に行くのだが、こういうときは、一人で北部キャンパスにある食堂に行くと決まっていた。そこの「炒め」がおいしいのだ。
高山が食堂に入ると、すでに炒めのコーナーには3人ほど並んでいた。調理担当のおじさんに「炒め」と伝える。前にいた男が横にそれたので、その空いたスペースに並んだ。
並んでいる最中、なんとなく隣の男がそわそわしているような気配があった。そして、視線を感じるので、隣を見ると、隣にいたのは、さきほどのジャージ上下マンだった。自分が横山さんであるわけではないのに、なぜか緊張した。そして意味もなく目をそらして、ジャージ上下マンが視界の端に入るようにして前方の方へ目を向ける。どうしたらよいのか分からない。ジャージ上下マンから会釈されたような気がしたので、とりあえずこちらも会釈するようなしぐさをしておく、
かなり気まずい沈黙が流れた。どちらかが話しかけようにも話しかけにくい雰囲気になってしまっている。高山としては、あまり関わることもなさそうなのでこのまま何もせずやり過ごすだけでもよいような気がする。しかし、今までさんざん横山さんに協力してもらったので、ここで彼とつながりをもって、今後協力していくのが望ましいかもしれない。高山は腹をくくるしかないと感じた。
「あの、今日、法経第四教室のところでお会いしましたよね……? 横山さんと一緒に話していらっしゃった……」
高山が、意を決してジャージ上下マンに声を掛けると、彼は目を見開いてこちらを見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます