第13話

 佐久間は、一瞬なんと答えたらいいのか分からなかった。そしてようやく出た言葉が、

「あっ、そうでしたね。法経第4教室のところで……」

 であった。さきほどまでよれT男と勝手に呼んでいただけに、いざ話すことになっても結局は気まずさを感じるということがこのとき分かった。

「横山さんとは仲いいんですか?」

「仲いいっていうか、去年、学部のクラスと語学のクラスが一緒だったんですよ」

「ああ、横山さんから聞きました。ドイツ語選択なのに、主にその人たちが集められるクラスからはぶられたとか……」

「そうなんですよね。6人くらいでフランス語クラスに左遷されたんです。それで妙な仲間意識があったというか……。……横山さんと知り合いですか?」

 佐久間は、よれT男に話しかけたかったが、名前を知らないし、かといって「あなたは」とか「君は」とか使ったことがなく、なんとなく使うことがためらわれた。そこで、「あなたは、横山さんと知り合いですか?」と聞こうとするときに、「あなたは」という部分だけをかなり小さい声で、かつ、曖昧な発音で加えることで、あなたに対して聞いていますよという雰囲気を出しつつ、「あなたは」と言わないようにすることに成功した。

「そうですね。僕は、横山さんとサークルが一緒なんですよ。鴨川を歩く会っていうサークルなんですけど。知ってます?」

「もしかして、ちょくちょく鴨川で飲み会とかやってるとこですか?」

「そんなにはやってないと思いますけどね。でも、まぁ、たぶんそれはうちだと思います」

「へぇ~」

 よれT男は苦笑いをしているようであった。他方で佐久間も、苦笑いをするしかなかった。佐久間は、炒めの出来上がりがいつも以上に待ち遠しかった。


 少しして、佐久間たちの炒めが出来上がって、皿に盛り付けられていた。佐久間は、少しでも早く炒めを取って立ち去りたい気持ちを抑え、慌てず、ゆっくり、よれT男がどちらの皿を取るのか見極めていた。ここで焦って炒めをこぼすことになったら最悪である。横山さんの知り合いに炒めをかけることになったら、さらに最悪がトッピングされてしまう。

 そんな心配をよそに高山からまたしても声を掛けられた。

「今一人ですか? よかったら一緒にご飯食べません?」

「そう……ですね。いいですね。一緒に食べましょう」

 佐久間は、慎重に皿に盛りつけられた炒めをとりながら、ご飯の誘いに応じていた。断った方が良いと思ったが、「いや、ちょっと……」とは言いづらかった。「友人と来てるんで……」というのは、結局一人で食べているのがばれたときにひどい気まずさを感じるので、リスクが高すぎた。

 そうはいっても、ここまで会話がスムーズではなかった、というわけではないような気がする。一回沈黙を挟んだだけであって、最初に感じた気まずさほど、気まずくないような気もする。どんな相手でもある程度の会話を成立させる。これがコミュ力というものか。佐久間は、よれT男のコミュニケーションの能力に脱帽した。確かに、横山さんと仲良くなれるわけである。対照的に、自分のコミュニケーション能力の低さが際立って感じられてしまい、自分の胸のうちでひっそりと泣いた。

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