第10話
高山が、家で「小説GO」を開くと、電子レンジ氏からメッセージが来ていた。あらすじが少しだけ変更され、大きく変わったのは、最後、空に大きな穴ができて、そこに入って異世界から帰っていくというところだった。その穴は、世界の構造をもとに戻すような機能があるらしい。前のものは自発的に帰還していたのが、穴が異世界の空を覆って、このままではこちらがその向こうの世界に飲み込まれる、あるいは一体化してしまうので、それを避けるために主人公が帰らざるを得ない状況になっている。
それから、登場人物の設定も、少し詳しくなっている。主人公と、その友達の仲野は、どちらもよれよれの服を着ているらしく、仲が良さそうだった。管理人さんは、料理上手で、温厚だが怒ると怖いらしい。そのほか、にこにこしているが、しゃべりすぎてしまう子、本で部屋が散らかっている子、気が強い子など、いろいろな設定がついていた。
ありきたりな設定ではあったけれど、それにまつわるエピソードを少しずつ付け加えてくれているので、前よりずっとイメージが湧きやすい。また、「ルウマ」という公的施設が、そういう人の集まる場所というのは、なんとなく察せられた。
言語、文化、宗教などについてもがんばって構成しようとしているらしかった。
言語は、限りなく日本語に近づけようとしているのか、SOVでカタカナを用いるらしい。通貨は、20、40、60、80、120デヌールコインがあるあたり、「デニール」を意識しているのだろう。「魔法石」なるもの1gと1000デヌールが交換されるらしい。ちなみに、30デヌールでハンバーガー様のもの1つが買えるということである。
「魔法石」は、どうやら、魔法が使えるようになるわけではないようで、主人公がそう呼んだ、というだけのことらしい。中に虹色の光が閉じ込められている透明の石だとか。
宗教は、タイツ神とニーソ神の二神教らしい。どちらも信じる、というよりは、どちらかを選んでその神を信仰し、信仰している神に合わせてタイツかニーソを履くらしいが、「現代では宗教意識が薄れており、タイツとニーソのどちらを選ぶかは、どちらを親がよく履いていたかの影響を強く受けている」ということらしい。ちなみに経典は「タイツとニーソのための戦争」とのことである。昔、タイツ神とニーソ神が対立しており、その戦争をしていた時代から、和睦し、共同統治をするようになったときのことまでが記載されているようで、戦争終結時の和睦が、現在の教え、そして法の基盤になっているらしい。なお、その和睦のときにできたとされているのが、「魔法石」で、タイツ神とニーソ神の友愛の印だとか。
主人公がやってきた地域についても、少し設定が作られている。主人公が行ったのは、ある国の「カタ」という地域で、中心部に近いらしい。しかし、ベッドタウンというわけではないようで、のどかな田舎ということだそうだ。中心部に近いのは、中心部が広がったからで、もともとは、中心部からだいぶ離れていたとか。中心部にある王立の図書館には、先代の王が、本が好きだったために、世界中の本が集められているようで、電子書籍化も進んでいるようである。ただ「カタ」には、電子書籍を読む装置がないらしい。
ほかにも、建築がどうだとか、気候・地理がどうだとか、街の作りがどうだとか、産業がどうだとかいろいろ考えようとしているのがうかがわれるが、なかなか難しそうである。
高山は、ダウンロードを完了すると、もう一度あのときの興奮が戻ってきているのを感じた。これからは、自分も登場人物のイラストを描き上げて、練り上げていかねばならない。電子レンジ氏が推している登場人物は、彼の考えをできるだけ反映させて描いていかなければ。
メッセージの最後に、「仲野は、物語終盤にちょろっと出てくるだけの予定です」と記載されていた。どうやらあと5人のイラストを作っておけば、ひとまずは、よさそうである。主人公は、よれよれの服を着ているくらいなので適当でよいとして、問題は、女性陣であった。
何人もの女の子を一から作り上げていくのは、高山にとっては不可能に近かった。「イラストUP!」にアップロードしたイラストを見返してもだいたい同じような女の子が出来上がっている。
「これは想像力の限界のようです」
高山は、家の中で静かにつぶやくと、天井を見上げた。天井は白いが、そこには、チェックのような模様があって、それをぼおっと眺めた。見ていて飽きはしなかったが、眺めていてもいい案は浮かんでくるわけではなかった。場所を変えよう。高山はそう思って、立ち上がった。
高山が向かった先は、鴨川デルタのところにある鴨川公園である。すでに夜中であったが、そこには、カップルやら、ギターの練習をしている人やらが、すでにベンチに座っていた。
高山もペンチに一人腰かけると、コンビニで買ったジュースを開け、一口飲んだ。西側にあるパチンコ屋は、もうすでに閉店していて、あの派手な光は消えてしまっている。ときおりさっと吹く夜風が心地よかった。東側に目を向けると街灯がキラキラと優しく光っているが、今はそちらに背を向けて賀茂川の暗く静かに揺れる水面を眺めていた。
高山は、今回の電子レンジ氏の設定が届くまで、イラストを考えてはいた。しかし、なかなか、いい線いってる! と思えるようなものは浮かんでこなかった。イラストを描いていると、たまに思う。結局、自分のイラストが多くの人に見てもらえて、いい評価をもらえるわけではないのに、なぜこんなにがんばっているのだろうか。多数の作品に埋もれていくに過ぎないものを、なぜ今こんなに作ろうとしているのだろう。今、後ろから下手なギターの音が聞こえてくるけれど、その人はなんでそんなにがんばっているのだろう。ほかにやるべきことがあるはずなのに、こんなことに時間を割いていてよいのだろうか。
高山は、いつの間にか答えのない質問に考えが移っているのに気づいて、気を取り直した。今は女の子をどうやって描いていくかが問題だ。そんなことを考えている場合ではない。自分が言い出してほかの人を巻き込んだのに自分が放り投げてはいかん。いい案が浮かばないならもう寝よう。高山は、飲みかけのジュースを一気に飲み干すと、その空になったペットボトルを持って家へ戻っていった。
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