第27話 【第五試合】守護者


「があァァァァッ!」


 と、そこに『フリー』になったマクギニスが野獣のような雄叫びを上げながら突っ込んでくる。


「くぅ……!」


 レイチェルは必死に片膝から立ち上がる。駄目だ。ブラッドがどれだけ頑張っても引き付けられるのは一人が限界だ。


「シュッ!!」


 マクギニスがジャブを放ってきた。ジャブだけでもレイチェルのストレートと同じかそれ以上の威力だ。バシマコフに腕を痛めつけられたレイチェルはファイティングポーズを取るのも辛い状態だった。


 凄まじい威力のジャブの連打に、辛うじて上げていたガードを瞬く間に崩されてしまう。


「……ぁ」


 マクギニスの強烈なボディーブローがレイチェルの腹に突き刺さった!


「……ぐぶッ!!」


 身体を折り曲げながら吹き飛ぶレイチェル。立ち上がったばかりなのに再びマットに転がる。



「ぐぅ……げぇぇぇ……!」


 咄嗟に後方に跳んで威力を殺した。それなのにこの衝撃である。腹の中を暴れ回る苦痛に立ち上がる事が出来ない。観客席は大歓声だ。


 マクギニスは狂ったように咆哮しながら追撃を仕掛けようとしてくる。だがその進路上に、争い合うファーラングとガルシアが割り込むようにして入ってきた。どうやら互いに気付かない内に接近していたようだ。


「邪魔だ、ゴミ共!」

「……!」


 彼等を纏めて排除しようとマクギニスがフックを薙ぎ払う。近位にいたファーラングがそれをガードして耐え凌ぐ。あの一撃をガードして耐えきるとは相当の筋力だ。


 怒り狂ったファーラングがターゲットを変更してマクギニスに蹴りかかる。図らずもボクシング対ムエタイが始まる。 レイチェルにとっては降って湧いた幸運だが、それも長くは続かない。今度はマクギニスに替わって『フリー』となったガルシアが、これ幸いとばかりにレイチェルに襲い掛かってきたのだ。


 レイチェルはまだブローの衝撃が抜けずに、横座りの体勢で喘いでいる最中であった。ブラジリアン柔術相手に技を掛けてくれと言っているような体勢だ。それでも何とか逃れようとするが当然間に合うはずもなく、脚を掴まれ仰向けに引きずり倒された。


「あぅっ!」


 呻くレイチェルに構わず、ガルシアは掴んだ脚に身体を巻き付けるようにして巧みに膝十字を極めてきた!



「う……ぐあぁぁぁぁっ!!」


 膝関節に伸展方向に掛けられる力に対して、凄まじい激痛にレイチェルは悲鳴を上げる。死に物狂いでガルシアの背中を殴りつけるが、何ら効いている様子はない。容赦なく掛ける力を強めるガルシア。レイチェルは脚を折られる恐怖に慄く。



(いやぁ……助けてぇ……。助けて、ブラッドォォォッ!!)



 彼女に出来るのはただ心の中で助けを求めて叫ぶ事だけだ。実際に口に出して叫ぶ事は出来ない。だが……


「おおおぉぉぉっ!!」

「……!」


 まるでその心の声が聞こえたかのように、レイチェルの危機に再びブラッドが乱入してきた。戦っていたバシマコフは敢えて追撃せずに、興味深そうにその様子を見守っている。


 ガルシアの頭に強烈なローを叩き込むブラッド。だがガルシアもさる者。咄嗟にレイチェルの脚から手を離してブラッドの蹴りをガードする。


「……っ!」

 ガードの上からでも痛打を与え得る威力に顔をしかめながら、マットを蹴るようにして距離を取るガルシア。


 ブラッドは視線だけでレイチェルにアイコンタクトを取ってきた。どうやら今の内に体勢を整えろと言っているようだ。


「……!」

 その意味を汲み取ったレイチェルは痛む脚を押して、必死に立ち上がる。彼が作ってくれたなけなしのインターバルを無駄にする訳には行かない。


 レイチェルが立ち上がった時には既にブラッドはガルシアへと攻めかかっていた。これでガルシアは遠ざけられた。だがそうなると……



「……ふむ。あの男、どうも怪しいな。この俺に隙を晒してまでお前を助けに行くとは。……まあいい。今は極上の獲物が戻った事を喜ぶべきだな」


「く……!」


 バシマコフが再び迫ってきた。ただでさえ厳しい相手だというのに、今の痛めつけられた身体では到底太刀打ちできない。レイチェルは歯噛みする。



 と、その時、丁度自分の後方で空手のオギワラと中国拳法のヤンが戦っているのが解った。彼等も移動しながら戦っているので、いつの間にかそう言う位置取りになっていたのだ。


「……!」

 考えるよりも先に身体が動いた。レイチェルはバシマコフから距離を取るように動いて、丁度オギワラ達を間に挟むような位置取りを心掛ける。


「ちっ……小賢しい」


 レイチェルの意図を悟ったバシマコフが舌打ちする。一方目の前にいきなり獲物が現れた2人は狂喜し、反射的にレイチェルに襲い掛かろうとするが、同時に背後から迫るバシマコフにも気付いた。



 ここで両者は異なる行動を取った。バシマコフを迎え撃つオギワラと、それを無視してレイチェルに襲い掛かるヤン。


「如果你打败了我!」


 流れるような独特の動きでレイチェルに迫ったヤンは、手を貫手の形にして彼女の顔面目掛けて突き出してくる。


「……!」

 反射的に回避動作を取ると、それを待っていたかのように真下からヤンのつま先が蹴り上げられた。貫手はフェイントだったのだ。


 ヤンが百八十度開脚する勢いで蹴り上げたつま先が、レイチェルの顎にヒットした。


「……ッ!」

 頭の中に火花が散ったような感覚。瞬間的に意識が飛びかけるがどうにか堪えた。しかし当然ながら体勢は大きく崩れよろけてしまう。そこにヤンの追撃。


 レイチェルの剥き出しの腹にヤンの掌が添えられた。と次の瞬間、攻撃動作をしていないにも関わらずヤンの掌から凄まじい衝撃が発せられ、レイチェルは身体を折り曲げて盛大に吹き飛ばされる。寸勁と呼ばれる、中国拳法独特の技だ。


「がはっ!!」


 どちらかというと小躯なヤンから受けたその打撃は、先のマクギニスの一撃にも劣らない威力であった。再び無様にマットに転がるレイチェル。


「你死了!」


 ヤンの目が光る。彼は大きくジャンプすると、まるでレイチェルを踏みつけるような軌道で飛び蹴りを打ち下ろしてきた。


 先の尖ったカンフーシューズ。あれで全力で踏み付けられたら、当たり所によっては骨が折れ内臓が潰れる。つまりは決着だ。だが衝撃に呻くレイチェルは回避行動を取れない。無防備に横たわる彼女の喉元目掛けてヤンのつま先が迫る。


「……っ!!」

 思わず目を瞑ってしまうレイチェル。そのままヤンの蹴りが彼女の喉を潰す……寸前に、物凄い音が響いた。


 いつまでも降ってこない暴威を訝しんだレイチェルが恐る恐る目を開けると、そこにいたのはヤンではなく、蹴りを振り抜いた姿勢のブラッドであった。


(ブ、ブラッド……!?)


 視線を巡らせると、十フィート程先に脇腹を押さえて吐血したまま気絶しているヤンの姿があった。どうやら……三度ブラッドに救われたらしい。



『お、おぉぉーー!! バトルロイヤル戦、遂に最初の脱落者が出たぞぉ! あわや『優勝』しかけたヤン選手だが、文字通り強烈な横槍の一撃をまともに受けて、完全KOだぁぁぁっ!!!』



 ――ワアァァァァァァァァァァァァッ!!!



 動き始めた戦局に観客席が沸き立つ。ブラッドがレイチェルの方に視線を向けかける。だがそこに……


「シャアァァァッ!!」

「……!」


 ブラッドがレイチェルを助ける為に背を向ける形となったガルシアが、まるでストライカーのお株を奪うような鋭い蹴りを放つ。


 後ろから攻撃されたブラッドは反応が間に合わずに、背中に蹴りを喰らって大きくよろめいた。その顔が初めて苦痛に歪む。それを見たレイチェルが青ざめる。


(わ、私のせいだ……。彼は私を助ける為に相手に隙を晒した……!)


 その事実に心苦しくなる。だがブラッドは苦痛を押して体勢を立て直すと、ガルシアのターゲットがレイチェルに向く前に果敢に反撃を開始した。

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