第25話 【第五試合】バトルロイヤル戦

「先日もお伝えしましたが、今回はかなり大掛かりな試合内容になります。具体的には……ルーカノス様と後一名クラヴ・マガの選手を除いた、残り全ての選手を投入した試合となります」


「な……の、残り全てですって!?」



 翌日になって、例によって部屋まで迎えに来たジョンに告げられた話にレイチェルは絶句してしまう。『休日』を挟んだ今日の彼女のコスチュームは、開会式の時も来ていた黒のセパレートだ。


「残りの選手というと……全部で九人のはずだが、二人除いたとしても七人だ。まさか前回の試合形式で今度は七人全員と連戦しろというつもりじゃないよな?」


 素早く人数を計算したチャールズが確認する。それはまさにレイチェルの懸念であった。ジョンが苦笑しながらかぶりを振る。 


「まさか。流石にそれでは後半の選手が『無駄』になってしまいます。なので今回は……『バトルロイヤル』を実施する運びとなりました」


「バ、バトルロイヤル……」


 それがどういう形式かは勿論レイチェルも知っている。リングにいる全員が敵同士となって入り乱れて戦い、最後に残っていた者が勝利という内容で、『表』でもよくプロレスなどで行われている比較的ポピュラーな試合形式だ。


 確かにその形式なら七連戦や七対一で戦うのとは異なる。だが……


「そんなもの……どうせ全員私を狙ってくるんでしょう?」


 女を甚振る目的でこの大会に参加したような連中だ。ターゲットは間違いなく自分に集中する。それでは七対一と何が違うのか。不貞腐れたようなレイチェルの言葉を聞いたジョンが低く笑う。


「クク……ええ、勿論『基本的には』あなたが狙われるでしょう。しかしそこに特殊なルールを追加します」


「ルール?」


「ええ。このバトルロイヤル、あなたの勝利条件は最後まで勝ち残る事ですが……他の選手たちは違います。彼等の勝利条件は、『あなたを倒した者』です」


「……!」


「あなたが誰かの手によって倒され再起不能となった時点で試合は終了となります。そしてあなたに止めを刺したその選手は『優勝』扱いで、優勝賞金を全額受け取る事が出来ます」


「ぜ、全額……」


「そうです。そしてそのルールだとどういう事になるか、あなたにも想像が付きませんか?」


「…………」


「そうか……賞金は彼女に止めを刺した一人だけの物。つまり……足の引っ張り合いや潰し合いが起きる……?」


 黙っているレイチェルに替わってチャールズが答える。ジョンは首肯した。


「そういう事です。七対一や七連戦では絶対に勝ち目はありませんが……このルールを上手く利用すればあなたにも生き残れるチャンスはあるという事です」


 確かにそういう事になるだろう。だがそれでも厳しい試合である事に変わりはない。それに彼女にとっての懸念はそれだけではなかった。



(残り全員という事は……ブラッドとも戦う事になるの?)



 数日前に、自分の腕を折れといって左腕を差し出した彼の姿が思い起こされる。レイチェルも今ではブラッドの事を信用している。彼は本当にレイチェルにわざと負けるだろう。しかしそうなると……


(本当に、彼の腕を折るなんて事が私に出来るの……?)


 ブラッドとの計画ではまさに今日が『作戦』の決行日だったというのに、まさかその当日にこのような事になろうとは。思わぬ運命の悪戯にレイチェルは心乱されるばかりであった。




****




 ジョンの先導に従って案内されたのは、いつものアリーナとは違う場所であった。


「あちらは基本的に一対一用のリングです。これから行く所は多人数試合用のラージリングになります」


 との事だった。


 扉を抜けてアリーナに入ると、確かにアリーナ全体がいつもに比べて広い作りになっていた。既に観客達が席を埋め尽くしている。レイチェルの姿を見ると一斉に歓声が沸き起こるが、アリーナが広いせいか、いつものような耳を打つ程ではなかった。


 アリーナの中央にあるリングは、八角形のケージに囲まれたこれまでと同じ構造のリングであった。しかしその面積が違う。優に5倍近い面積がありそうで、かなり広々としていた。なるほど、確かにこれなら多人数のバトルロイヤルでも大立ち回りが出来そうだ。


 チャールズとエイプリルの2人とハグを交わしてからリングへと登る。リング上にはレイチェルを除く七人の選手が既に勢揃いしていた。


 ブラッドの姿もあった。当然いつもの私服姿ではなく、裾の長いトランクスに上半身裸というキックボクシングのスタイルとなっていた。その鍛え抜かれた肉体を初めて見たレイチェルは、こんな場合ながら若干見惚れそうになってしまう。


「……!」


 しかしすぐに浮ついた気持ちを引き締める。残りの連中の視線が一斉に彼女に集中したからだ。喜悦、嗜虐、興奮、好奇、侮蔑、憎悪……。様々な種類の視線を浴びてレイチェルは肌が粟立つのを感じた。


 同時に開会式以来で感じる、女が自分一人であるという現状を強く意識させられた。胸の動悸が激しくなる。これからこの男達の中に混ざって乱闘を戦わねばならないのだという事実が重く圧し掛かる。


 急に極度の不安に襲われるレイチェル。しかし……


「……っ」


 ブラッドと目が合った。彼はレイチェルにしか解らないように小さく、しかし確かにアイコンタクトをしてきた。不思議な事にそれを認めたレイチェルの中から不安がスゥッと消えていった。


 そう。少なくともここには『味方』が一人いるのだ。それを思い出させてくれた。


 レイチェルは頭を振ると、不安を吹き飛ばすように大きく息を吐いて気持ちを落ち着けた。ここまで来たら後はもう全力で抗うだけだ。彼女は覚悟を決めた。



『さあさあ、お集りの皆様! 大変長らくお待たせいたしました! 今日は究極のエンターテイメントを皆様にお届け致します! ルールは事前に通達があったように、バトルロイヤルとなります! ブロンディは通常通り最後まで残る事が勝利条件ですが、他の選手はブロンディに止めを刺した者が勝者として栄光と賞金を手にします! 果たして勝者となるのは誰なのか!? 前代未聞のバトルロイヤルの幕開けだぁぁぁっ!!!』


 ――ワアァァァァァァァァァァァァッ!!!



 いつものように大歓声が沸き上がる。



『それでは選手紹介です! まずは言わずと知れた奇跡の女格闘家、レイチェル"ブロンディ"クロフォード! 彼女の実力と強運は今回のルールでも通用するのか!? 他の選手にとっては甚振る獲物、そして賞金の詰まった金袋と化した彼女に生き延びる道はあるのかぁっ!』



 酷い言われようだが、あながち間違ってもいないので我慢して屈辱に甘んじるレイチェル。アナウンスは対戦相手の選手の紹介に入った。


『それでは一人目から! 日本からやってきたカラテの達人! 素人相手に暴力事件を起こし、現在はジャパニーズヤクザの用心棒! リュウジ・オギワラだぁぁっ!!』


 白い道着に黒い帯を締めた東洋人が手を上げて歓声に応える。道着の上からでもその引き絞られた肉体が垣間見える。


『続いて二人目! タイからやってきたムエタイの寵児! 違法賭博と八百長試合が発覚し、ムエタイ協会追放の憂き目に遭った破戒の戦士! ファーラング・スゥア・ドルベルチクルだぁぁっ!!』


 浅黒い肌と黒い髪のアジア人が両手を合わせてお辞儀の仕草を取る。衣装はブラッドと似たような感じだ。頭に捻じった細い綱のような物を巻いている。ブラッドに負けず劣らずの鍛え抜かれた肉体だ。


『三人目はオーストラリアからやってきたキックの魔獣! その甘い容姿と確かな実力とは裏腹に、飲む・打つ・買うの三拍子で借金地獄! 優勝賞金目当てに参加した放蕩の格闘家! ブラッド・ノア・スチュアートだぁぁっ!!』

 

「……っ!?」

(の、飲む・打つ・買うって……。ほ、本当にそんな人だったの……?)


 レイチェルは思わずブラッドを凝視してしまった。今までの彼の言動からは想像も付かないが……


 と、再びブラッドと目が合った。彼は僅かに苦笑したように見えた。そして本当に小さくだが首を横に振った。


「……!」

 それだけでレイチェルには理解できた。彼は最初からこの大会に潜入するつもりだったのだ。そしてこの大会には、実力はあるが曰くつきの格闘家達ばかりがスカウトされている。だから彼も自然にスカウトされるように『条件』を整えたのだろう。


 それを確信出来て安心するレイチェル。その間にもアナウンスは進む。


『続きまして四人目! ロシア連邦軍から転向した天才サンビスト! 思う存分人体を破壊してみたいという危険な欲求から大会に参加した白い悪魔! ゲンナジー・バシマコフだぁぁぁっ!!!』


 赤い道着に下半身は膝丈のスパッツにシューズという独特の衣装のロシア人の男だ。歓声に応える事もなく、レイチェルの身体に不気味な視線を這わせている。レイチェルは悪寒と共に、この男には特に警戒した方が良さそうだと感じた。


『五人目です! アメリカはラスベガスのボクシングの王者! 試合中に対戦相手を殺してしまい表舞台から降りた後は、地下賭博のボクシングでも無敗を誇った真の怪物! イアン・マクギニスだぁぁっ!!』


 歓声に応えてグローブに覆われた両手を掲げるのは、ボクサーパンツ姿の優に六フィート以上ある堂々たる体躯のアフリカ系の男であった。全身の筋肉の厚みが凄いが、特に胴体と上半身が太く、見た目の威圧感が半端ではない。こんな奴に本気で殴られたらどうなるか想像したくもなかった。


『六人目は神秘の国、中国からやってきたクンフーの妙技! 国家警察の武術顧問でありながら収賄の罪で逮捕され放逐。その後は黒社会で台頭した闇の拳法家! ヤン・ユーエンだぁぁぁぁっ!!』


 やや小柄で線の細い身体を、独特のゆったりした衣装に包んだ東洋人の男だ。細く編み込んだ長髪を背中に垂らしている。観客に向かって気障に一礼していた。


『最後の七人目だ! ブラジル出身の格闘技の申し子! バーリトゥードなら最も有利とまで言われるブラジリアン柔術の使い手! 現在はブラジルの凶悪ギャングの幹部構成員! ロレンゾ・ガルシアだぁぁぁぁっ!!』


 ゲンナジーとは逆に青い道着を身にまとったラテン系の男が片手を上げている。豹のような……いや、南米ならジャガーのようなとでも言うべきか、柔軟で瞬発力が高そうな身体つきと動きであった。


 これで全員だ。今からこの剣呑な男達と同じリングで乱闘しなければならないかと思うと、ブラッドが実質味方とはいえ、暗澹たる気持ちを抑えられないレイチェルであった。

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