第15話 【第三試合】対抗策は反則技!?


『おぉーーー!! 早速素晴らしい試合展開だ! レスリングの選手に寝技に持ち込まれては為す術も無いブロンディ! その美しい顔が苦痛に歪む! どうする、ブロンディ!? 脱出する手段はあるのかぁっ!?』



「くぅ……!」


 煽るようなアナウンスに唇を噛み締めるレイチェル。だが反駁している余裕は無い。締め上げの苦痛に、額から脂汗が滴り落ちる。


 どれだけ暴れても簡単に抑え込まれる。それどころか仰向けにされ下から両足で腰の部分をホールドされて、更に抜けにくい体勢にされてしまう。通常のレスリングの試合ならむしろフアンの負けになってしまう体勢だが、勿論そんな判定が下る事は無い。


「ぐ……うぅぅ……!」

「ク、ク……予想通リ、イイ声ダ。モット泣キ喚ケ!」


 観客だけでなくフアンも興奮しているらしく、鼻息を荒くしながら増々締め上げを強くしてくる。レイチェルはカッとなったが両足で腰もホールドされているので体幹の反動も使えない。必死で脚をバタつかせるが何の意味も無かった。


「ママぁっ! 頑張ってっ!!」


 エイプリルが泣きながら叫んでいる。だがフアンは流石に寝技のプロだけあり、力の入れ方が巧みで全く抜け出せない。暴れれば暴れるだけ無駄に体力を消耗させられるだけだ。だがこのまま締め上げられ続ける訳には行かない。レイチェルが焦っていると……


「レイチェル! 頭だ! 頭突きだ! 忘れたのか! ここは『表』じゃないんだぞ!?」


「……!!」

 チャールズだ。レイチェルはその言葉に目を見開いた。


 そうだ。これは非合法の格闘試合。そして自分はどんな事をしてでもエイプリルを守ると誓ったはずだ。その為なら……



 レイチェルは今の体勢で出来る範囲で精一杯反動を付けて、一気に後頭部をフアンの顔面に叩きつけた!



「……!」

 後頭部にぶつかる感触。僅かにフアンの締め付けが緩む。


 もう一回。力が緩まったのを隙を突いて、更に大きく反動を付けて再度逆ヘッドバット。


「カッ……!」


 堪らずフアンがフルネルソンを解いて、腕でレイチェルの頭を押し留めようとする。


(今だっ!)


 足の拘束も緩んでいた為に、体幹を全力で跳ね上げる事によってフアンから完全に身体が離れた。タイミングを逃さず急いで横転しながら立ち上がるレイチェル。



「ふぅ……! ふぅ……! はぁ……!」


 必死に息を整えながらファイティングポーズを取る。両腕に痛みはあるが戦えない程ではない。フアンも既に起き上がっていた。その鼻から鼻血を垂れ流している。レイチェルの頭突きがクリーンヒットしたらしい。


「女ァァ……。許サンッ!」


 その瞳に先程までは無かった憎しみの感情が燃え上がっている。両手を大きく広げて再び迫ってきた。レイチェルも今度は逃げずに迎え撃った。


「ふっ!」


 顔面目掛けて鋭いパンチを繰り出す。フアンは避けない。鼻血を噴いている鼻面への打撃。嫌な感触がグローブ越しに伝わる。フアンは一瞬身体を硬直させるが、そのまま強引にレイチェルに接近すると意外な事に蹴りを繰り出してきた。


 ストライカーの蹴りに比べれば遅く隙が多い。レイチェルはその蹴りをガードすると逆に脚を掴んだ。そのまま脚を引っ張って体勢を崩した所に再度打撃を加えてやろうとしたのだが……


「……!?」

 フアンはその貌を喜悦に歪めると、脚を取られた姿勢のまま自らもレイチェルの股下を潜るようにして脚に手を掛けた。そしてそのままレイチェルを後ろに押し倒すようにしてクルッと一回転する。


 勿論レイチェルも押し返そうとしたのだが、やはり膂力と技術の差で押し切られてしまい、再び押し倒された。


 フアンは両手に掴んだレイチェルの脚を自らに手繰り寄せるようにして、さらに自らの片脚をレイチェルのもう一方の脚に引っ掛けるようにして反対側に押し広げる。


 結果、レイチェルは仰向けのでんぐり返しのような姿勢で、股を大きく割り開かれたあられもないポーズを強要される事になる。



 レスリングではパンケーキと呼ばれる寝技だ。本来は相手に片脚を取られた時のカウンター技であるが、フアンはわざとレイチェルに蹴りを掴ませる事によって強引にこの技を掛けたのだ。



「あ……やぁ……あ……!」


 でんぐり返しで大股開きという姿勢を強要されたレイチェルが恥ずかしさに呻く。勿論恥ずかしさだけでなく、股裂きを掛けられている訳なのでその苦痛もある。観客は大歓声に沸き総立ちとなる。


 レイチェルは必死に両手でフアンの脚をどかそうとするが、膂力の差でビクとも動かない。


「く、う……くそ!」


 苦し紛れに脚を殴りつけるが、密着した不自然な体勢で力が入るはずもなく、殆ど痛痒を与えられない。そうしている間にも股間の苦痛はどんどん強くなる。身体の柔らかいレイチェルだから耐えられているようなもので、もう少し身体が硬かったら股関節の靭帯が断裂していても不思議ではない。


「痛イカ? ククク……モット痛クシテヤル!」


 フアンは増々嵩に掛かって技を強めてくる。もう限界だ。そう思った時、再びチャールズの怒鳴り声が耳に届いた。


「脛だ! 脛を引っ掻け! 爪を食い込ませろ!」

「……!」


 レイチェルは無我夢中でフアンの脚を爪で引っ掻く。フアンが痛みで身体を硬直させる。これも『表』では当然反則だが、ここでなら関係ない。


「……! コノ女ガ……!」


 フアンは舌打ちすると体勢を変えようとした。レイチェルはその隙を逃さずに脚を振り上げる。膝蹴りがフアンの顔面にヒットした。


 寝た状態での不安定な膝蹴りだが、三度の鼻面への攻撃にフアンが呻いて力が緩む。レスリングは打撃禁止で寝技中に相手から打撃を貰う事態を想定していないので、特に顔面への攻撃は効くようだ。


 鼻が完全に骨折したらしく鼻血だけでなく涙がこぼれている。だがそれでも苦し紛れにこちらに手を伸ばしてくるが、レイチェルは横転しながら素早く身を起こす。


 そして遅ればせながら自身も立ち上がろうとしたフアンに向かって、渾身のミドルキックを叩き込んだ! キックは丁度片膝立ちだったフアンのこめかみ部分にクリーンヒット。


「……!!」

 急所に当たり脳を揺さぶられたフアンが白目を剥いてダウンした。


「…………」


 一瞬、観客もアナウンスも全員が沈黙した。そして次の瞬間には爆発的な歓声が沸き上がった。



『う……おぉぉぉっ!! す、凄いぞ、ブロンディ! 寝技のプロ相手に組み付かれながら何とか凌ぎ切り、打撃によってKOしたぞぉっ!? 素晴らしい! お陰で我々は明日も『フェイタルコンバット』を楽しむ事が出来る! 感謝を込めて彼女の健闘を称えようではありませんか!』



 ――ワアァァァァァァァァァァァァッ!!!


 総立ちとなった観客が割れんばかりの拍手を浴びせてくるが、勿論レイチェルは嬉しくもなんともない。だがこれで今日も何とか凌ぎ切ったのは事実だ。


「く……」


 歓声とスポットライトを浴びる中。レイチェルは股関節の痛みに呻いて膝を着く。フルネルソンを掛けられた肩の痛みも大きい。



 これで四勝……。ブラッドを差し引いても、後十人控えているという事だ。


 今の試合はフアンがこちらを甚振るのを優先していた事や、レイチェルも反則行為を使ってくる事を想定していなかったお陰で勝てたようなものだが、今後は相手も警戒してくるだろう。これまでのようには行かない可能性が高い。


 ブラッドとの計画も早急に進めていかなければならない。焦りと共にレイチェルは改めて決意するのであった……

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