第11話 豪壮なる黒幕

 ブラッドと別れた後、やってきたエイプリルとチャールズと一緒に部屋へ戻るレイチェル。しかしあのような話を聞いた後では、チャールズに対して無心になる事が出来なかった。


 何とか彼に怪しまれないように極力いつも通りに接する事を心掛けたが、どちらかというと根が正直なレイチェルは腹芸が得意とは言えず、ぎこちなさを出さないようにかなり苦労させられた。


 まだ子供であるエイプリルも同様で、しっかりしているとは言えまだ六歳なのだ。不自然にならないように演技を続けるのにも限界がある。


 色々な意味で早く打開策を探し出さねばと決意するレイチェルであった。



****



 翌日。これまでと全く同じ時間にジョンが迎えに来た。解っていたレイチェルは既にコスチューム姿に着替えて待っていた。


 今日はこれまでとは違って赤のセパレートに同じく赤のアンクルサポーターという出で立ちであった。セパレートにはやはりブロンディの文字が大きくプリントされている。指貫きのグローブも予備の物を装着していた。


 色は異なるが、やはりブラもショーツも非常に裾が短く露出度の高い物であった。


 昨日までのコスチュームはチャールズが洗濯しておいてくれるとの事だ。試合で受けたダメージも彼が念入りにアイスマッサージを施してくれて、もう殆ど残っていなかった。


 彼の献身ぶりに対する感謝と、彼が自分達を売ったのかもしれないという疑惑の狭間で、レイチェルは複雑な思いに捉われていた。


「ふふ、流石に三日目ともなると用意がいいですねぇ。それでは行きましょうか?」

「…………」


 ジョンの揶揄に一々反応はしない。ただ黙って試合に向けて精神を集中させるのみだ。そうしてジョンに連れられて廊下を歩いていると、その行く手に立ち塞がる者があった。



「……レイチェル"ブロンディ"・クロフォードか。素晴らしい美貌と実力。やはり俺の目に狂いは無かったな」



「これはルーカノス様」


 流暢な英語で話しかけてきたその人物にジョンが一礼する。


「……!」

 レイチェルはそのジョンの様子に訝し気に眉を上げて、立ち塞がった男……ルーカノスに視線を合わせる。


 一言で言えば『大きい』男であった。上背は昨日戦ったクワベナにも劣らない程。それでいて細長い体型だったクワベナと異なり、その鍛えに鍛え抜かれた筋肉の厚みが服の上からでも解る程だ。


 服はパッと見ただけでも相当に高価だと解る仕立ての良いスーツ姿であったが、内側からの圧力で今にもはち切れんばかりであった。


 短く刈り込まれた金髪を逆立てており、太い眉毛も相まって相当にガッチリした剛毅な印象を与える。しかし顔立ちそのものはかなり整っており、年齢もレイチェルとほぼ同年代に見える。


 その端正な顔も相まって、精緻に作り込まれた古代の彫像が動き出したかのような印象をレイチェルに与えた。



 レイチェルはこの男をどこかで見たような気がした。初めて見る顔ではない。つい最近見たばかりだ。そこまで考えた時、唐突に思い出した。


「あなた、『開会式』にいた……?」


 そう。あの時確か『出場選手』の一人としてリングの上にいた格闘家達の一人だ。確かスタイルは……


「ふ……あの時のお前の精神状態では、名前を覚えていなくとも仕方がない。ギリシャ人、『パンクラチオン』のルーカノス・クネリスだ。そして……お前をここに呼び寄せたのも、元はと言えばこの俺の提案だ。その判断は正しかった」


「な……!?」

 思わぬ発言にレイチェルは目を剥いた。


(ただの選手の一人に過ぎないこの男が私をここに呼び寄せた……? いや、でも……)


 先程ジョンはこの男に敬称を付けて一礼していた。ただの一選手にそのような事をするはずがない。だとするなら……


「あ、あなた……あなたは……」


「ルーカノス様はこの『パトリキの集い』の総帥のご子息なのです。そして次期総帥でもあられるお方です」


「……ッ!」

 ジョンの補足にレイチェルは硬直する。それならばレイチェルを『招待』するという意思決定をしたとしてもおかしくはない。それはつまり……


(この……男がっ!!)


 全ての元凶という事になる。それに思い至った時、彼女は一瞬我を忘れた。



「お、お前がぁぁぁっ!!」



 激情に駆られ拳を固めて踏み出し、


「ママッ、駄目!」

「……っ!?」


 エイプリルが腰にしがみついてきた。その必死の声と力の強さに驚いて、レイチェルの身体が硬直する。


「エ、エイプリル……」


 娘は母親を見上げてフルフルと首を振った。


「……!」

 レイチェルの目が見開かれる。


「ククク……小さい娘の方が余程冷静なようだ。娘に感謝しておけ。俺もこの場でお前を『壊さずに』済んだ」


「く……」

 ルーカノスが嘲笑うように口の端を吊り上げる。レイチェルは歯噛みした。


 エイプリルが止めてくれなかったら、この男に殴りかかっていた。しかし冷静に立ち戻れば理解できたが、この男は恐らく凄まじく強い。闇雲に殴りかかった所で確実に返り討ちに遭っていただろう。それでは結果としてエイプリルの事も護れなくなってしまっていた。


「俺がお前と戦うとしたら、恐らく『最後』になるだろうな。まず辿り着けるとは思えんが……それまで精々俺と会員達の目を楽しませろ」


「……!」

 ルーカノスの言葉に黙って拳を握り締める。レイチェルとていつまでもこいつらの余興に付き合っている気はない。その前に必ず脱出してみせる。いや、脱出ではなく、ブラッドと協力してこいつらとこの島を白日の下に晒すのだ。



(見てなさい……。そうやって余裕ぶって見下していられるのも今の内よ……)



 悠然と踵を返して立ち去っていくルーカノスの背中を睨み付けながら、レイチェルは心の中で闘志を燃やした。

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