第七章「未知の力」

 昨夜降った雨は、山奥に霧深さだけを残していった。立ち込める霧は、生い茂る木々の輪郭だけをぼんやりと映す。


どこまでも伸びていくその白い影を追っていくと、突然視界が開けた場所へと出る。


かつて人の手によって敷き詰められた砂利道には、食い荒らすように雑草が生い茂り、信仰の象徴であった立派な鳥居は、本来の色を無くし、くすんだ影色を帯びていた。


形だけとなった鳥居の下をくぐり、真っ直ぐに伸びる砂利道を進んでいくと、小さな社殿が見えてくる。


その手前、ちょうど二匹の狐の石像が向かい合って立つ場所で、二つの黒い影がうごめいていた。砂のように舞っていたその黒い塊は、徐々に人の形へと姿を変えていく。


「龍の子供は見つかったか?」


 黒いハットに同じ色のコートを着た人物が尋ねた。


「いや……まだだ」

 

 目の前に現れた同じ出で立ちの右近が唸るように答える。


「匂いをたどってみたが、いたのは人間の子供二人と、半妖の子供一人だ」

「半妖?」

「ああ……龍の子供とは関係ない」


「そうか……」と男は低い声で答えると、天を見上げた。相変わらず岩の塊のような分厚い雲が、空の青さを奪い取っていた。


「お前の鼻をもってしても見つからないとは、一体龍の子供はどこに隠れおった」

  

 男がぐっと拳に力を入れると、黒いレザーの手袋がミシリと音を立てる。


「まだ親の方も子供の封印が解けたことには気づいていないようだが、時間の問題だ。右近、お前は引き続きそやつらを見張れ。もしかすると何か手がかりが掴めるかもしれん」

「わかった」


 そう答えた右近の身体が、再び砂の塊のようにぼやけていく。そして突如風が吹いたかと思うと、原型を無くした彼の身体は、その突風に乗るかのように遠くへと消えていった。


残された男は深く息を吐き出すと、ゆっくりと身体を動かして社殿の方を向いた。そしておもむろに歩き出すとおもむろに歩き出すと、その中へと入っていく。


闇色に染まる空間は、視界が慣れてくるとひどく荒れ果てていることがわかる。床は所々めくれ上がっており、天井にはいくつもの穴が空いていた。


土の臭いと、木が腐ったような悪臭が漂う中、男は睨むように部屋の奥へと視線を移す。本来であれば、神を象ったものが祀られている場所のはずが、そんな姿はなかった。いや、正しく表現するのであれば、男の目前には一切のものが無かった。


そこにはただ、化け物が静かに口を開けたように巨大な穴が存在するだけ。


「一体、やつはどうやってこの中から抜け出したのだ?」

 

 男はぼそりとそう呟くと、内側から破壊されたように広がる穴の中へと足を踏み入れていく。まるで地の底まで繋がるような急な斜面を男がしばらく進んでいくと、地面が再び水平を取り戻す。


その直後、真っ暗だったはずの空間の中で、男の左右の岩肌に青い炎が突然現れる。


それは小さな松明に火を灯すように洞窟の奥へと続いていく。その不気味な青い光に照らされた狭い空間には、まるで悪しきものを永久に閉じ込めるかのように、至る所に呪印のようなものが刻み込まれていた。


男は再び静かに歩き始めると、青い炎がどこまでも伸びていく薄暗い洞窟の中を進んでいく。そして、一際大きな炎が左右の壁に見えた時、男は立ち止まると前を見た。


「よもや五百年の封印が解かれるとは……我が一族の何たる恥」

 

 ぼんやりと青白い光がゆらめくその場所には、つららのような鋭さを持った岩たちが、天地を貫くように上下から伸びている。


自然の産物に、明らかに何者かによって手が加えられたその光景は、かつて人々や妖怪たちが恐れた姿。


 それは、巨大な牙を剥き出しにして怒りをあらわにする、龍の頭を象っていた。

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恋する乙女は妖怪薬剤師! 〜龍の涙と二匹の化け狐編〜 もちお @isshi

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