第2話

 着替えを終えた石川さんに俺はとりあえず基本的な事を教えて行く。

 在庫の保管場所やタイムカードの押し方、そして店の基本的な説明をする。


「……で、ここを押すとメニューが出てきて注文を取れるようになるから」


「はい!」


 挨拶はちゃんと出来るし、返事もしっかりしている。 第一印象はあまり好ましくなかったが、結構しっかりした子なのかもしれない。

 

「今日は初日だし、まずはレジから覚えようか」


「はい! 頑張ります!」


 俺は石川さんにレジを教えつつ、注文をこなしていく。

 しかし夕方になり、客足も増えてきた。

 ヤバイな……このままじゃ石川さんを一人にしてしまう。

 まだ初日だし、何かあったら対応出来ない。

 なんて思っていた俺だったが……。


「岬さん! コーラ二つとハンバーガーのセット入ります!」


「お、おう」


「あと、シェイクとポテトが追加です!」


「わ、わかった……」


 意外にもちゃんと出来ている……飲み込みが早いのだろうか?

 しかし、凄い……。


「いらっしゃいませー!」


 笑顔も完璧だし……接客も良い……。

 これはかなりの掘り出し物だったのではないか?


「岬さん、これはどうすれば?」


「え? あぁ……これはここを押せば通るよ」


「ありがとうございます!」


 ちゃんと分からない事は聞きにくるし……優秀だな、冗談抜きで……。


「おい岬! お前よりもあの子の方が優秀だぞ?」


「ですよね……手が掛からなくて助かるっすよ」


「しかし、客商売に慣れてるのか、あの子? 始めてなのに堂々としてるっつーか……」


「優秀な人材なのは間違いないじゃないですか、店長久しぶりに当たりを引いたっすね」


「そうだな、しかも超可愛い!」


「それは関係無い気が……」


「いやいや、接客業って結構ルックスも重要だぜ? うちの店は美少年に美少女が揃ってるからなぁ~、鬼に金棒だぜ」


 美少年は小山君の事だろう、俺は高井先輩に呆れつつ、ドリンクを作っていく。

 

「はぁ……やっと落ち着いた……石川さんもお疲れ様」


「は、はい……少し疲れちゃいました」


「水飲んできな、喋ってばっかりで疲れたろ?」


「はい!」


 石川さんはそう言ってバックヤードに引っ込んでいった。

 最初は面倒そうだと思ったけど、素直で良い子だし、なんか見た目で判断して悪いことしたな……。

 俺は反省しつつその後も石川さんの教育を続けた。





 石川さんがこの店にやってきて二週間が経過した。

 物覚えも早く、素直で明るい性格から直ぐに店の皆とも打ち解け、今ではこの店に欠かせないスタッフの一員になっていた。

 そして今日、彼女の教育もこれで終わる。


「石川さん、もう店には慣れた?」


「はい! これも岬さんのおかげです!」


「そう言って貰えると、教育係としては嬉しいよ。大体、皆二週間くらいでやめちゃうんだ……この仕事結構辛いし」


「私は楽しいですよ、みなさん優しいですし!」


「そっか……なら良かったよ、今日で研修期間も終わりだ、また何か困ったら聞いてくれ、一応今日で教育期間も終了だから」


「はい、ありがとうございました!」


「はいよ、これからも頑張ってくれ」


 俺は石川さんにそう言うと、バックヤードの奥に引っ込む。

 今日はこれでシフトは終了だ。

 石川さんに言うことも言ったし、後はさっさと上がるか……。

 俺はそんな事を思いながら退勤を押そうとする。


「ねぇねぇ、君可愛いね!」


「仕事いつ終わるの? 俺らと遊びに行こうよ~」


 退勤を押そうとしたそのとき、レジの方からそんな声が聞こえてきた。

 

「なんだ?」


 俺は気になりレジの方を覗く。

 そこには困った表情の石川さんと茶髪の男性二名がいた。


「こ、困ります……し、仕事中ですので……」


「えぇ~、そんな事言わないでさぁ~」


「俺らと遊ぼうよ、連絡先教えてよ」


「で、ですから……」


 あぁ、いつかはこうなると思ったが……早速来たか。 石川さん可愛いからなぁ……。

 俺は制服を着直してレジの方に向かう。


「お客様、申し訳ありませんが他のお客様のご迷惑になりますので……」


「はぁ? なんだよお前、邪魔すんなよ!」


「おい、こっちは客だぞ!」


 俺は石川さんの前に出て茶髪の男性二人から庇う。

 

「今のうちにバックヤードに……」


「は、はい……」


 俺は石川さんにそう言い、石川さんをバックヤードに逃がす。


「あぁーあ、行っちゃった」


「っち! 行こうぜ」


 石川さんが居なくなった瞬間、茶髪の二人も店を後にした。

 迷惑だからもう来るなっての……。


「まったく……」


「岬さん……ありがとうございます」


「あぁ、いや……いつかこう言う日が来るんじゃ無いかと思ってたし、大丈夫だよ」


 俺は石川さんにそう言うと、スタッフルームに戻った。

 

「はぁ……なんだか疲れたな……」


 俺はそのまま私服に着替えて店を後にする。


「お疲れでしたー」


 俺はそう言って、裏口から店の外に出る。


「なぁ、あの子そろそろ終わるかな?」


「あぁ、恐らくあの子は高校生だ、夜の9時には終わって出てくるだろ」


 裏口を出て俺はため息を吐いた。

 先ほどの茶髪の男達が石川さんをこっそり出待ちしている。

 はぁ……なんでこんな馬鹿が居るんだか……。


「あのすいません」


「あん? なんだお前」


「あ! お前さっきの店員!」


 このまま放ってもおけねーし、少し脅かしてやるか……。


「すいませんけど、石川さんに付きまとってんなら警察呼びますよ?」


「あぁ? てめぇには関係ねーだろ!」


「あるんだよ、可愛い後輩なんだ……あんまり困らせないでくれ」


 やっと入ってきた優秀なアルバイトなのだ、こんな事でやめて欲しくない。

 それに彼女もようやくバイトに慣れてきたのだ、そんな彼女の邪魔をさせてたまるか。


「とにかく、帰った帰った」


「うるせぇな! 俺たちのかってだろ! それともお前、あの子狙ってんのか!」


「はぁ? そんなわけねーだろ」


「じゃあ邪魔すんなよ!」


「あのなぁ……あの子の事も考えろよ……」


「ごちゃごちゃうるせぇな! この野郎!!」


「ぶっ!!」


 イッタ!

 こいつ殴って来やがった……。

 

「おいおい兄ちゃん、偉そうな口叩いてた割りには弱いなぁ~」


「俺たちの邪魔したんだ……少し痛い目にあってもらうぜ!」


 やっべ……変に怒らせちまって逆効果だったか……。 俺は茶髪の男二人に路地裏で殴られる。

 何やってんだ俺は……あんな奴ら……さっさと通報して俺は帰れば良かったのに……。

 

「おい、お客様……そこで何してんだ?」


「あん? 誰だお前!」


 薄れゆく意識の中、茶髪の男の背後に誰かが現れた。 この声、そしてあのシルエット……まさか……。


「……た、高井さん……」


「おいおい何してんだ岬。今日は俺とゲームする約束だろ? 遊んでんじゃねーよ……」


 高井先輩はそう言うとニコニコしながら俺の方にやってくる。

 しかし……。


「おう悪いな……今は俺たちがこいつと遊んでんだよ」


「なんだ? お前も俺たちと遊んで欲しいのか!」


「おいおい、何を言ってるんだ?」


「「は?」」


「遊ぶのは俺だけだ……一方的にな!!」


 そう言うと高井先輩は茶髪の男一人を殴り飛ばす。

 殴り飛ばされた男は、そのままぐったりして起き上がらない。

 死んでないよな?


「て、てめぇ!!」


「あ? なんだよ……お前らも俺の後輩に同じような事して遊んでただろ? 人にやられて嫌なことを他の人にするなってママに教わらなかったか?」


「この野郎!!」


 そう言って高井先輩に殴り掛かる茶髪の男。

 高井先輩はそんな男のパンチを軽々と避け、そのまま顔面に重たい一撃を食らわせる。


「ぶはっ!!」


「少しは頭冷やせっての……」


 高井先輩は茶髪の男を殴り飛ばすと、俺の方に来て手を差し出す。


「たく……何やってんだよ」


「すいません……迷惑を……」


「なんだ? 愛実ちゃんをナンパされてムカついたか?」


「まぁ……大体そうです……」


「お前! まさか愛実ちゃんのこと……」


「違いますよ……ただ……なんか妹が絡まれてるみたいでムカついただけっす」


「ふーん……本当にそれだけかぁ~?」


「それだけっすよ……折角あの子も慣れて来たんです。こんな奴らに邪魔させたくなかったんですよ」


 俺が高井先輩にそう言うと先輩は笑いながら俺をからかい、俺は先輩をいつも通りウザいと思っていた。

 だが、この人は……嫌いじゃ無い。

 

「おい、助けてやったんだラーメン奢れ」


「はぁ……そういうところが無ければなぁ……」


「あん? 何だとぉ! 助けてやったろ!!」


「あぁはいはい、面倒だから奢ります」


 そんな事を言いながら俺たちはその場を後にする。

 そしてそのときの俺は気がついて居なかった。

 この場にもう一人、一連出来事を見ていた人物がいたことを……。


「……岬さん……」

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