閑話.双子メイドのお話

ヒエンとレイカは2人揃ってお休みをもらっていた。ヒエンとレイカは2人ともアリー専属のメイドである為、2人揃って休みをもらうのは珍しい。まぁ、2人とも休みをもらっても行く所はいつも決まっているのだが……


「この町も本当にだいぶ変わりましたね……」


「えぇ、これもアンナ様のおかげです……」


2人は生まれ変わった町、ノイエル町を見てそう呟いた。2人はこの町で暮らしていた。この発展した町ではなく、かつてはスラム街と呼ばれていたその街で……




ノイエル町がまだスラム街と呼ばれていた時、赤い髪に赤い瞳のヒエンと、青い髪に青い瞳のレイカはここで暮らしていた。それも、のっぴきならない事情で……

まぁ、こんな場所で暮らしてるのはみんなそんな奴らばかりだった。

人嫌いで大好き本をひたすら読む為にこんな所まで来た少女。

両親は有名なパティシエだったが、その腕を疎まれて、両親は殺されて、娘は娼館に売り飛ばされそうになり、なんとかこのスラム街に逃げ落ちてきた娘。


他にも様々な事情を持ってるが、ようはみんな普通の場所での暮らしが出来ずに、こんな場所で暮らしてる者達が多数だ。ヒエンとレイカの双子姉妹もその内の一つ。ここにいる者達はこのゴミ溜めで死んでいく。まともな暮らしも出来ぬままに……


が、その運命を変える者が現れた。それこそが、まだその当時は6歳だったアンナ=ステインローズだった。


「あなた達!このままでいいの!?このまままともな暮らしが出来ぬま死んでも構わないのかしら!?私ならあなた達を変えてあげるわ!だから!私について来なさい!!」


たった、6歳の少女がいきなりそう宣言し始めたのだ。ふざけるなとヒエンとレイカはすぐに怒りをあらわにした。自分をここまで追い落とした貴族の娘が!?何をほざいてるんだと!!?

そう感じたのヒエンとレイカだけではなかった。このスラム街に生きる連中は、身分の高い者を嫌ってる者が多い。だから、腕っぷしに多少の自信がある男達は皆、その少女に襲いかかった。


が……


「あら?こんな過酷な環境で生き抜いたのだから、相当腕がたつと思っていたのだけど、この程度なの?期待外れだわ」


その少女はふてぶてしく仁王立ちしていた。その周りに先程襲いかかった男達が倒れていた。

正直、ヒエンとレイカは少女を舐めていた。まさか6歳の貴族の娘がこれ程強いだなんて……だからと言って、2人には貴族に従いたくない理由があった。だから、2人は双子ならでは連携で、少女を本気で殺すつもりで襲いかかった。


のだが、結果は……


「あなた達2人はなかなかやるわね。双子だけあって連携は流石と言っていいわ。しかも、まさか魔法まで使えるなんてね〜」


そう、ヒエンは炎属性。レイカは氷属性の魔法を行使出来たが、結局少女に手も足も出なかった。褒めているが、本当に褒めてるのか疑わしいぐらいの強さだった……


「さて……他に襲いかかってくる者はいないかしら?」


少女の言葉に誰も動けずにいた。否、実際動けないのだ。ヒエンとレイカと少女の魔法を使った戦いを見せられては……


「どうやらいないようね……それじゃあ、今見たように私はここで1番強いわ!」


否定の言葉は出なかった。あれ程の戦いを見せられたばかりではそれも仕方ない。


「そんな強い私がもう一度言うわ!ここを!あなた達を変えてあげると!!」


先程と同じ宣言を少女はまた行った。


「私を信じられなくてついて行きたくない者は好きにすればいいわ!私に無理について行く必要はない!けど!ほんの少しでも!自分を変えたい者がいるなら!この私について来なさい!!」


少女は高らかにそう宣言した。何故だろう……ヒエンとレイカは貴族なんて信用出来ない……それは、今もこの瞬間も変わらない。なのに、この少女は信じられる。そう自分の中の何かが訴えてきた。そして、それはこのスラムにいる者皆同じ気持ちだった。


こうして、スラムと呼ばれた場所は本当に少女の宣言通りに変わり、ノイエル町として生まれ変わった……


そして、ノイエル町として復興した時、アンナはヒエンとレイカにある話を持ちかけた。


「ねぇ、あなた達。私の妹の専属メイドにならない?」


アンナはヒエンとレイカに自分の双子の妹であるアリーの専属メイドになる話を持ちかけてきた。


「アンナ様ではなく……」


「妹様の……ですか……?」


「そう。だって、私には妹が全てだもの。ここを生まれ変わらせたのも妹を守る為の財力を築く為だもの」


アンナはこともなげにアッサリとそう話すので、ヒエンとレイカはしばし呆然となった。まさか、妹守る為の財源を築く為、スラムと呼ばれたここと、ここに住まう人々を生まれ変わらせたなんて、一体誰が思っただろうか……

が、それでもヒエンとレイカ、この町に住む人々がアンナへ恩義を感じてるのは間違いない。が、ヒエンとレイカにはすぐに頷く事が出来ない理由があった。貴族の令嬢の侍女になるのは当然、あの貴族とも出会う事になるだろうから……


「あぁ、ノールマンディ男爵ならお取り潰しなったから心配いらないわよ」


『ッ!!?』


アンナの言葉に驚愕の表情を浮かべるヒエンとレイカ。


「あなた達がやたらと貴族を憎みながらも、時折見せる貴族特有のマナーがあったから、リーガルの伝手で、優秀な情報屋さんに調べてもらったの」


アンナは自分が開発・流行させたロイヤルミルクティーを飲みながらそう言った。ヒエンとレイカはすっかり忘れがちであった、アンナも伯爵令嬢だという事を思い出していた。


ヒエンとレイカは確かにノールマンディ男爵家の者達だった。しかし、2人の母親が平民の娘であり、ノールマンディ男爵には、ヒエンとレイカ以外にも、自分のれっきとした貴族の血を持つ妻の子供達が何人もいたので、2人は見向きもされなかった。

が、2人の運命を更に変えたのが、8歳の時に行われた魔力検査である。なんと、2人は魔力を持ちだった。しかも、2人以外のノールマンディ男爵家の子供達は魔力持ちは1人もいなかった。

この事実に焦ったノールマンディ男爵家の子らはなんと、ヒエンとレイカを奴隷商人に売り飛ばしたのである。しかも、事態が発覚しないために、自分達のお抱え騎士団に奴隷商の馬車を襲撃するところまでやったのだ。

ヒエンとレイカは拙いながらも魔法を使って逃げのびる事が出来たが、戻ればまた殺されるかもしれないし、かと言って、他国に渡る程のお金は持っていない。よって、2人はゴミ溜めと言われるスラム街で生きる選択肢しかなかった……


「まさか、あなた達も魔力検査の被害者とはね〜……」


アンナはヒエンとレイカをまっすぐ見てそう言った。「も」という言い方には少し引っかかりを覚えたが……


「もうノールマンディ家のやった事は見過ごす事の出来ない案件だからと、特定の人物からの証言があって一家全員投獄の上に取り潰しになったそうよ」


「特定の人物って……」


「それは一体……?」


「マダムAよ」


って!?それはあなたですよね!?と言いそうになったが、2人はあえて口をつぐんだ。


「で、あなた達の憂いはこれで晴れたと思うのだけど……先程の私の依頼。あなた達はどうするのかしら?」


アンナは再びヒエンとレイカにそう尋ねてきた。最早、2人に否定の言葉はない。ここまでしてもらったのだから……仕えるのはこの方の妹だが、妹を守る事はこの方に忠義を尽くすのと変わらないのだから。


こうして、赤髪の炎使いはヒエン。青髪の氷使いはレイカの名をもらい、2人はアンナの推薦でアリーの専属メイドになった。


で、専属メイドとなったヒエンとレイカは早速アリーの部屋に訪れ……また驚愕する事になった。


「はあぁ〜♡お姉様♡今日もお美しいですわ〜♡」


その部屋は、アンナの肖像画が所狭しと飾られ、更にはアンナのぬいぐるみに人形、更にはアンナの絵が描かれた抱きつくサイズの枕まであった。

しかも、先程は貴族令嬢の見本と言わんばかりの淑女らしい礼をした少女アリーが、ひたすら姉の描かれた肖像画に頬ずりしてるのだから、これがあの時の令嬢か?と2人は疑いたくなった。


「あぁ、2人とも来たのね。こっちに来てちょうだい」


ようやくヒエンとレイカに気づいたのか、アリーは2人を近くに来いと呼んだ。しばし呆然と固まっていた2人だが、すぐに復帰して命令に従った。


「あなた達2人に問うわ。あなた達2人は私とお姉様が死にそうな目にあって、どっちかしか助けられない場合、どっちを助けるのかしら?」


その問いはまさしく従者としての覚悟を問う問いだ。それを、アンナ様を象ったぬいぐるみを抱きしめながらするのはやめてほしいと2人は思ったが……2人は色々迷ったが素直に答える事にした。


「もちろん。アンナ様です」


「私達はアンナ様にこの身を捧げていると思っています」


「例え、アンナ様に言われてあなたに仕える事になったとはいえ」


「私達の忠義はアンナ様にあります」


私達2人は迷わずそう答えた。普通ならこの問いは間違いだろう。忠義を誓う人物が別の人だと言ってるのだから。が、アリーは……


「合格よ。あなた達2人を私の専属メイドとして仕える事を許します」


と、ニッコリと笑ってそう答えた。そして……


「私は、私の姉を優先的に守ってくれるメイドしかいらないわ。だから、あなた達は合格よ」


と、付け加えてそう答えた。なんともまぁ……姉が姉なら、妹も妹だなと2人は率直に思った。が、そんな方達だからこそ、仕える事が出来ると2人は思った。


「あぁ、ところで……2人は初めてお姉様と対峙した時にお姉様の柔肌に傷をつけたわよね。詳しく聞かせてもらおうかしら?」


と、アリーが黒いオーラ全開で2人にそう言い放った。2人はそれを見てダラダラと冷や汗を流していた。アンナと初めて対峙した時の比じゃない恐怖が2人に襲いかかっていた。

いや、たしかにあの時2人はなんとかアンナにかすり傷程度は負わせたが、それ以上のダメージを2人は負ったし、何より本人はその傷をわずか数秒で完治させたし、本人も全く気にしていないのだが……というか、あの場にいなかった妹が何故それを……?

これは、2人が後に知ったのだが、妹も5歳の時分から魔法を使えたらしく、風魔法を応用し、常に姉の行動を把握していたらしい。だから、姉がマダムAである事も、無属性魔力持ちである事も、龍のボスになったのも当然知っていたのだった。


こうして、2人はアリーの専属メイドになったが、なったと同時に酷いお仕置きをされ、今後はアンナ様に怪我をさせないように気をつけようと改めて心に誓う2人だった。

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