第9話神木

『神木』




「なぁミヅキ…この前もらった奇跡の実だけど…俺もその生えてる木を見たくってさぁ」


ベイカーさんがミヅキに話しかける。


「なら神木様に水をあげに行くからベイカーさんも一緒に行く?」


「いいのか!?」


と嬉しそうにしている。


じゃあ早速とベイカーさんとシルバ達を引き連れて神木の元へと向かうことになった。


【コハク~また案内お願いね】


コハクに案内を頼むと…


【シルバは前の場所覚えてないの?】


【ああ、なんの匂いも気配もしない場所だった…帰る時も何処を通ったのかよく分からなかったよ】


【へー凄いね!普通はたどり着けないのかもね】


【絶対そうだろ…】


森の入口に来ると


「ここか?」


ベイカーさんが首を捻る。


「そうみたい、ベイカーさんこの森知ってるの?」


「たまに変な噂がある所だが特別な森でもないな…多分王都の冒険者達も来てる場所だと思うぞ」


「へぇ~じゃなんで見つかってないのかね?」


「さぁな…」


ベイカーさんは警戒しながらミヅキ達の後を歩いていった。


森の中をコハクの案内で歩いて行くと、霧が濃くなってきた…


「ミヅキ…霧が濃いぞ…気をつけろよ」


ベイカーさんが声をかけると


「わかったー」


前から返事が聞こえる、薄らと見えるミヅキとシルバの影を追っていると…


「まだ着かないのか?」


ベイカーがミヅキに声をかけるが返事がない、不審に思い駆け寄ろうとするが…霧がかかった影は走っても走っても近づく事が出来なかった。


「ミヅキー!」


大声で叫ぶが反応はない…走り抜けるとフッと霧が無くなる…。


「ここは…」


ベイカーはミヅキ達と入ったはずの森の入口に一人立っていた。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「あれ?ベイカーさん?」


ミヅキが後ろを振り返るとベイカーさんの姿が見えない。


【シルバ!ベイカーさんとはぐれちゃった!】


【なに?さっきまで後ろにいたはずだぞ?】


シルバも止まって振り返るが待っていてもベイカーが現れる事はなかった…。


「どうしよう~ベイカーさん迷子かなぁ」


【大丈夫だろ、仮にも冒険者なんだし】


シルバはあっさりとしている


【神木様に水を上げたら直ぐに帰ろうか?】


ミヅキが心配そうにしていると…霧がサァーと晴れて目の前に神木様が見えた!


【あれ?いつの間にか着いてるよ!】


【本当だ…前はもう少し歩いた気がしたがな…】


ミヅキはシルバから飛び降りると神木様の元に向かう。


「神木様、お水をあげに来ました!」


ミヅキが神木様の周りを歩きながら水をあげて行く。


「神木様ごめんね…ゆっくりしたかったけどベイカーさんとはぐれちゃったからもう帰るね…」


ミヅキは神木様に抱きついてまたねと挨拶をすると…


『もうかえってしまうのか?』


神木様から声が響く…。


「あっ神木様!」


ミヅキがびっくりして後ずさると根っこに躓き後ろに倒れそうになる…


ふぁさっ!柔らかい新芽が生えてミヅキを支えた。


【ミヅキ大丈夫か?】


シルバが近づいて心配すると


【うん!この子が支えてくれた、ありがとうね~】


ミヅキは助けてくれた葉に水をあげる。


『驚かせすまなかったな…』


「神木様大丈夫です、本当はもっと居たかったんだけど…一緒に来た人とはぐれちゃったから探しに行かなきゃ…」


ミヅキの心配そうな声に


『あの男なら森の外で大人しく待っている』


「えっ?ベイカーさんを知ってるの?」


『少し雑念があったのでな…ここには招かなかったのだ』


「雑念?」


『この森に対して警戒する敵意があった』


【冒険者としての性だな】


「ごめんなさい、神木様!ベイカーさんはいい人なんだよ!私を守る為に警戒してくれてたんだと思う…」


『あの男を信頼しているんだな…』


「うん!大好きな人だから…」


『おいで…』


神木様の根元にポッカリと穴が空いている、その周りをツルが巻き付きふわふわの葉をベッドのように重ねてミヅキを手招きしている。


シルバを見るとゆっくり頷いていた…


ミヅキはゆっくりと木の葉のベッドに体を預けると…


『いい子だ…』


優しく響く声と共に寝かしつけるようにゆっくりと揺れる。


『ミヅキ…お前は特別な子だ…周りにはお前を騙そうとしたり利用したりする人が沢山現れる…』


「ベイカーさんは…そんな事…しない…よ…」


心地よい揺れに眠気が襲ってくる。


『お前の信頼をそんなにも受けているのだな…』


「う…ん…」


スヤスヤと眠ってしまったミヅキに優しく葉を上からかけると


『では…相応しい男か確認してみよう…』


神木様の最後の言葉はミヅキには届かなかった…。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


その頃ベイカーは何度も何度も森に入るがどういう訳か森の入口へと戻ってきてしまっていた…。


「くっそ!どうなっているんだ!ミヅキ達は大丈夫なんだろうな…」


シルバとはいるはずだから大丈夫だろう…そうは思うがこの異常な森に不信感がわく。


「やっぱりもう一回…」


ベイカーは何度目かもわからなくなるほど森の中へと飛び込んで行った。


少し進んで行くと…先程とは違う景色に気がつく。


「どういう訳か中には入れたようだな…」


今までだったらとっくに外に追い出されていただろう。


すると声が響いてきた…


『ミヅキは私が預かっている…』


「誰だ…」


ベイカーは剣を構えた。


『ミヅキは人里では生きにくいだろう…よければ私達が大切に育てよう』


「ミヅキがそれを望んでいるのか!?それに姿も見せないお前の言葉など信用出来ない!」


『…なら姿を見せてミヅキの言質を取ればお前は諦めるのか?』


「諦めるか!あんなに人が好きな子が人と関わる事を嫌がるはずがない!」


『ミヅキは人だけのものではないだろう…沢山の生き物達もいる人と違い嘘などつかない者達だ』


「それでも…」


俺はミヅキと生きたい…


諦めきれないベイカーは剣を握る手に力を入れる。


「悪いがミヅキに会うまでは帰らないぞ!」


すると目の前に白いトレントが現れた。


「白いトレント?」


初めて見る魔物に警戒するがトレント達は帰れとばかりに手を広げて襲いかかってくる。


ベイカーはトレントに向かって剣を突き立てるが、あまりの硬さに弾かれてしまう。


「硬ぇ!これの感触は…神木?」


『そうだ…』


何故神木が?


訳が分からず混乱するがトレントは構わずに攻撃してくる。

攻撃速度は遅いが硬さが曲者だった剣で刺しても感じるのは手の痺れだけ…何度も打ち付けてやっと枝の一本が折れただけだった。


「ハァハァ!」


距離を取りながら息を整えていると


『これしきの攻撃で息が上がっているのか?そんな事でミヅキを守れるのか?』


「うるさい!」


ベイカーはふぅーと息を吐くと呼吸を整えてトレントに突っ込んだ!


速さを利用して全身の力を剣に乗せる。


トレントの身体をベイカーの剣が貫いた!


しかしその衝撃はベイカーにも跳ね返ってきた、手の皮がずるむける…。


ベイカーはその手でまた剣を握るともう一体のトレントを睨みつけた。


「何度でも貫いてやる」


『手が壊れるぞ』


「手が壊れたら脇でも口でも持てる所でやってやる!」


(なかなか粘るなぁ…)


ベイカーが痛む手を気にせずに剣を握ると、ふぅっとトレントが消えた。


すると今度は目の前に一本の木が立っている。


「今度はなんだ!」


ベイカーの目の前にそびえ立った木は太陽の光を浴びるとぷっくらと実がなる。


その実はみるみる大きくなると虹色に光出した…


「あれは…奇跡の実!?」


ミヅキに見せてもらった実にそっくりだった…


『それはお前達が奇跡の実と呼ぶ物だ…ミヅキを諦めるならそれをやろう…』


「いらん!」


ベイカーは即座に拒否した。


『いらんのか?人はお互いを殺してまでもその実を欲するというのに…』


「そんな物はミヅキの変わりにはならない!あいつは俺にとって唯一無二の存在なんだ!」


ベイカーは奇跡の実を真っ二つに斬り裂いた。


ベイカーの剣にはなんの手応えもなかった…斬り裂いたと思った木はゆらりと揺れると姿を消す…そこには見た事も無いほどの巨大な木が立っていた…。


『試すような真似をして悪かったな…男よ…』


先程とは違う優しげな声が響いてきた。


木の影からシルバ達が姿を現す…


「シルバ!シンク!コハク!ミヅキは!?」


ミヅキの姿だけが見えずに慌ててシルバ達に駆け寄ると…


『安心しろ…ここで寝ているだけだ…』


木のツルで出来た揺りかごで気持ちよさそうに寝ているミヅキをベイカーの目の前に下ろすとベイカーは宝物でも貰ったように大事そうに受け取った。


「良かった…」


傷だらけの手でミヅキを汚さないように顔を撫でると、気持ちよさそうに寝ながら笑っている。


そのままベイカーの手を無意識に掴んでしまった…


(くっ…)


ミヅキを起こさないように痛みに耐えていると…みるみる傷が癒えていく…ミヅキから流れてくる心地よい回復魔法がベイカーを包んだ。


「こいつ…無意識に?」


ベイカーから溢れ出る魔法に周りの木々が喜び花を咲かせる…。


『この魔力…やはり素晴らしい子だ…男よ…我らの大事な子を必ず守るのだ…』


「ああ…言われなくてもな…」


神木は頷くように木々を揺らした…。


『さぁもう帰りなさい…次に来る時は真っ直ぐにここに通してあげよう…』


「頼みます。もうあんなのはたくさんだ…」


ベイカーはミヅキを抱きしめたままシルバ達と帰ろうとすると…


「そうだ!一つ聞いていいか?もし…あの実を選んでいたらどうなっていたんだ?」


『言葉の通りだ…ミヅキは私達が預かっていただろう…』


「そうか…」


ベイカーはミヅキの顔を見て複雑な顔をする…


『安心しろ男よ…ミヅキはお前といる事を望んでいる…』


「本当か!?」


今一番聞きたかった言葉を聞いて安心する…これからもミヅキを利用しようとする者達が必ず出てくるだろう…そんな中に居させるよりも幸せの道があるのではないかと思い始めていた…。


しかしミヅキがそれを望んでいない…その事がどんなに嬉しい事か!


「ありがとう!神木様」


ベイカーは神木に頭を下げるとミヅキを抱きしめて帰って行った…。



ベイカー達が森を抜けるのを確認すると神木はため息をつくように木々を揺らす…。


『あのもの達が………まで…いつまでも幸多からん事を…』



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


森を抜けて王都へと帰ってる途中でミヅキは目を覚ました…。


目を開けると真剣な顔で走るベイカーさんの顔が目の前にあった。


(えっ?)


いつもとは違う笑っていないベイカーさんをミヅキはじぃーと見つめる。


視線に気が付きベイカーはミヅキを見るとお互い目が合う、いつものベイカーさんの顔がそこにはあった。


嬉しそうに愛おしそうに笑いかけるベイカーさんの顔。

私の大好きな安心する顔。


「ベイカーさんおはようぉ~」


ミヅキからのいつもの挨拶にベイカーもいつも通り挨拶を返す。


「ミヅキ!おはようよく寝てたなぁ、もう少しで王都に着くぞ!」


「私いつの間にか寝ちゃってたんだね…」


ベイカーさんの硬い胸にコツンと頭を預けると


「まだ眠いなら寝てていいぞ、ちゃんと運んでやるからな」


「うん…」


ミヅキは安心する腕の中でもう一度目を閉じた。

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