第7話父の日

最近ベイカーはソワソワしていた…


ミヅキから「父の日」なるものを聞いたからだ、どうやら父の日とは父親に感謝を込めてプレゼントや感謝の言葉を述べる日らしい…。


ミヅキの父親役と言えば…


俺だよな!


ミヅキに出会ってから保護者としてずっと側にいた。

自他ともに認める父親役だと思っている。


ならば、ミヅキからの感謝の言葉をプレゼントを貰えるのは俺なんじゃないかと…



「ベイカーさん、明日一緒にギルドの依頼受けてくれない?なんか1ヶ月に一回は依頼を受けないといけないんだってねー私全然知らなかったよー」


突然のミヅキからのお誘い…


「あ、ああ、いいぞ二人で行こうな!」


つい言葉に力が入ってしまう…


「ありがとう~じゃ明日朝ごはん食べたら行こうね」


ミヅキが笑顔で去っていくのをベイカーは見えなくなるまで見ていると


「明日か…」


顔がニヤつくのが止められない、すれ違う人が怪訝な顔を向けるが気にしない!


そこにデボットが近づいて来たが、ベイカーの顔をみるとくるっと向きを変えて来た道を戻っていく。


「おい、デボット~どこ行くんだよ!こっちに用があるんだろ?」


一瞬で詰め寄るとデボットの肩に腕を乗せる。


「あ、ああベイカーさん…」


デボットは捕まった事に落胆しながらも話を合わせる。


「いや…忘れ物を思い出してな…」


「なら俺も付き合うよ」


ベイカーがデボットの後を追うと


「明日さーミヅキが俺と依頼を受けに行って欲しいらしいんだ!しかも!二人で!」


(二人でって言っても…シルバやシンク達も一緒だろうに…)


しかしご機嫌な様子のベイカーに言えるはずもなく…


「そうなんだ…。やっぱりベイカーさんは強いからかな」


「いやいや!ほら、あれだよ!父の日!きっとそれで二人になりたいんだね!」


「そ、そうか…まぁ保護者だしな…あっ!ベイカーさん悪い店の人に呼ばれてたんだ!じゃミヅキからなんかもらったら見せてくれよ」


デボットはそそくさと店の方へと走っていった。



次の日、朝からミヅキが厨房で何かしているのを遠くからチラチラ見ているベイカーはリリアンさんに邪魔だと怒られていた。


「ベイカーさん、じゃ依頼に行こう!」


ミヅキからのお誘いにリリアンさんに怒られた事もすっかり忘れ屋敷を出ていった。



「今回は何の依頼を受けたんだ?」


「また採取の依頼にしたよ!ベイカーさんが討伐は一人じゃダメって言ったんじゃん!」


ミヅキはベイカーの言うことをしっかりと守っていた。


「そ、そうか~偉いなぁ!だが俺がいる時は討伐でもいいぞ!」


「本当に!じゃ今度は討伐受けてみようかなぁ」


ミヅキはご機嫌になりシルバに話しかけていた。


(……!シルバ!シンク!コハク?そうか…ミヅキはテイマー何だからこいつらはついてくるよな…いや!こいつらは人には入らん!まだ大丈夫だ!)


「ベイカーさん?」


真剣な顔で考え込むベイカーにを心配そうに見つめるミヅキに気が付き…


「なんでもない…さぁ依頼に行こう!」


ミヅキを促すと、依頼へと向かっていった。


依頼は順調に進みミヅキは鑑定を使いながらサクサクとお目当ての薬草を集めている。


「周りにも対した気配もないし…すぐにでも終わりそうだな」


ベイカーの呟きの通りにミヅキは依頼を終えていた。


「どうする?もう帰るか?」


「うーんそうだね、お昼を食べたら帰ろっか?今日ねお弁当を作ってきたの!」


休めそうな木陰を見つけて皆で座るとミヅキがお弁当を取り出す。


「はい!ベイカーさん」


ミヅキが笑顔でお弁当を渡す。


(もしかして…これが?)


ミヅキはシルバ達の料理の用意をしている。

その様子を横目に見ながらお弁当の蓋を開けるとそこにはベイカーの好きなおかずが並んでいた…。


「お!これは初めてご馳走してくれたハンバーグ!後は俺の好きな唐揚げに…これは…芋のサラダか?」


ベイカーの好きな物に気分が上がる!


(それに…お!玉子焼きまで入ってる!だけど…いつもと形が違うなぁ…)


ベイカーが玉子焼きの隣の唐揚げを退かすと…


(こ、これは!玉子焼きがハートの形になっている!)


ちらっとミヅキのお弁当を覗くといつもの形の玉子焼きがそこには入っていた。


(これは…俺だけの特別なんだ!ハートの形なんてミヅキめ、恥ずかしい事を…)


嬉しい気持ちが抑えられずに顔が緩む…


「ベイカーさん美味しい?」


ミヅキに聞かれて


「ああ!美味いなぁ!全部美味いが…この玉子焼きは絶品だな!」


「気に入った?よかった~でもベイカーさん玉子焼きよりお肉の方が好きだったよね?」


「ミヅキの気持ちがこもってるからな!」


「ふーん?まぁ喜んでくれてよかった」


ベイカーはご機嫌で弁当を平らげた。


依頼も無事に終わり、屋敷に戻ると早速デボットを見つけて自慢する。


「いやぁ~今日は楽しかった!またミヅキの弁当が美味くてなぁ…」


「あっベイカーさんもお昼は弁当だったんですか?」


デボットの言葉にベイカーがピタッと止まる。


「なに?お前達も弁当だったの?」


「はい。ミヅキがみんなの分のお昼を用意しておいてくれたみたいですよ!」


「あっ…そうなの…」


(いや、まだあの玉子焼きは俺だけのはず!)


「どうだった?同じ物が入ってたのかなぁ~?」


「えっ?確か…ハンバーグに唐揚げにサラダに…玉子焼きですね!」


(ほっ!やっぱり普通の形だったんだ!)


ベイカーがほっとしていると


「あの玉子焼きハートになってて可愛いって女の子達に人気でしたよ!」


デボットの何気ない言葉にベイカーは雷が落ちたような衝撃を受ける…。


「えっ?何?みんなあの玉子焼きだったの?」


「あの玉子焼きって?」


デボットはベイカーが何を言いたいのか分からずに聞き返すと


「だ、だから…玉子焼きがハート型だったのか?」


「え、ええ、みんなそうでしたよ」


ベイカーは膝から崩れ落ちると動かなくなった。


「べ、ベイカーさん?どうしたんですか?」


デボットが心配そうにすると…


「あれは…俺だけの特別じゃなかったんだ…」


ブツブツと何か言っている。

気分が下がったベイカーさんをしょうがなくデボットは飲みに誘った…。


「だぁかぁらぁ~俺はね!ミヅキの親のようなつもりでいるんだよ!なんになのに…ミヅキは一体誰に何をあげるつもりなんだ~!あっ!ルンバか!くっそー」


「ちょっと!ベイカーさん飲みすぎですよ!」


ショックからか悪い酔い方をしたベイカーの愚痴が止まらずさっきから周りに当たり散らしている。


「くっそ…俺が一番ミヅキの事わかってるのに…」


「ベイカーさん…」


デボットさんが水を用意してくるとベイカーはテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた…。


「全く!この人は!」


さてどうするかなと思っていると…


カラン!と扉が音をたてて開くと…


「ベイカーさん、デボットさん、いる?」


ミヅキが心配そうに顔を出した。


「ミヅキ!こんな所にどうしたんだ?」


デボットがミヅキの側に行くと


「なんか…ベイカーさんの様子がおかしかったからから心配で…」


ちらっと奥をみるとベイカーが眠りこけているのが見えた。


「全く!ベイカーさんお店に迷惑かけて!」


ミヅキはベイカーの側によると優しく肩を揺する。


「ベイカーさん風引くよ!起きてお家に帰ろう」


「う、うーん…」


起きる気配がないベイカーにため息をつく。


「デボットさんなんでベイカーさんこんなになるまで飲んだの?」


「えっ…いや、何か欲しいものが手に入らなかったみたいでなぁ…」


「えっ!ベイカーさん欲しいものがあるの!どうしよう…」


ミヅキがあからさまに落ち込む


「どうしたんだ?」


「ベイカーさんに父の日のプレゼント用意したんだけど…欲しいものがあるならそっちの方がいいかな…」


(なんだ、やっぱりミヅキは用意してたんだ。全くベイカーさんは早とちりして…)


「何を用意したんだ?」


「ベイカーさんがいつも手袋はめてるから新しいのを作ったの…ねぇデボットさんベイカーさんの欲しいものってなぁに?」


「……。手袋って言ってたよ。凄い偶然だな!きっとベイカーさん喜ぶよ」


デボットが優しく笑ってミヅキの頭を撫でる。


「じゃベイカーさんが風邪を引かないように連れて帰るか」


「うん!」


デボットはベイカーを背負うとミヅキと店を出た。



朝になり、昨日の記憶が無いベイカーは


「デボット…昨日はどうやって帰ってきたんだ…?」


「ベイカーさん覚えてないのかよ!」


(大変だったのに!)


「酔って寝ちゃったから背負って帰ったんだよ!ミヅキも心配してたぞ!」


「ミヅキ…」


急に落ち込むベイカーにデボットが驚く。


「ミヅキの父親役は俺じゃなかったんだ…」


デボットはため息をつく、しかしミヅキからは当日まで内緒にと言われていた。


「いや…まだ誰かが貰った訳じゃないだろ?」


「そ、そうだよな、そうだよ!まだその日じゃ無いだけだ!」


今度はまた気分が上がる…デボットはいい加減うんざりした


ただでさえミヅキからのプレゼントがある事に少し羨ましいのにこのテンション…デボットはもう知らんとベイカーを部屋から追い出した。



当日、ミヅキからの手袋のプレゼントをもらい涙を流して喜ぶベイカーを目にした。


いや…羨ましくなんてない…俺は父親ではなく奴隷だから…


みんなに手袋を自慢して回るベイカーを見ていると


「デボットさん」


いつの間にかミヅキが横に来ていた。


「ミヅキ、よかったな。ベイカーさん凄い喜んでるな」


「うん、内緒にしてくれてありがとう!それと…デボットさんいつも迷惑かけてごめんね。そして私をいつも見守ってくれてありがとう!」


ミヅキは肩からかけられる鞄を取り出すとデボットに渡す。


「これは?」


デボットが驚き受け取ると


「父の日のプレゼントだよ!」


俺に…?


「デボットさんはいつも何か荷物持ってる事が多いからね!その鞄も私が作ったんだよ…ちょっと歪んでる所もあるんだけど…」


恥ずかしそうにしているミヅキに


「ありがとう…凄く嬉しい…」


デボットはそう言うのが精一杯だった…

それ以上何か言おうものならベイカーさんみたくなりそうだった…




「デボット~お前も貰ったんだってな!」


ニコニコ笑顔で近づいてくる


「ええ…。でもベイカーさんのついでですよ」


「何言ってんだよ、ついでであんなに手の込んだもん作れるかよ」


そう言われてミヅキから貰った鞄を手に取りじっくりと見てみる…一つ一つが丁寧な手縫いで確かに布が重なる所の糸が少し曲がっていた…しかしそんな所が凄く愛おしく感じた。


「そうですね…」


嬉しそうに鞄を眺めるデボットにベイカーはよかったなと肩を叩くと自分の手袋を抱きしめて部屋へと帰って行った。



その後…ベイカーが仕事中に手袋を傷つけられた事にブチ切れて大暴れしてしまい、ミヅキにこっぴどく怒られるのは少し先の話…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る