学園へのプロローグ4

4月もなかば、学年も上がり新たな環境にも多少なり慣れ始めたなか、学園内は今年1番の困惑と騒々しさを見せていた。

まだ8時前だというのに教室内どころか学園中が大騒ぎだ。理由は正門前で新聞部が配っていた号外。クラスメイト達は喜怒哀楽激しく思いの丈を叫んでいる。

俺もさっき貰ってきた号外に目を通す。

「あ、アルくーん。おはよっ」

遮られた。

右隣の席に荷物を置き朝の挨拶をしてくる少女。

唯琉いるか。おはよう。ほれ今日の弁当」

「いやぁ毎日毎日ありがたやありがたや」

両手を合わせて俺を拝むこいつは果瑠摩かるま唯琉いる。俺の幼馴染みでポンコツ。学校のある日は俺がお弁当を作っている。

「それにしても今日は騒がしいねぇ」

「まぁ学園の有名人が突然転校だもんなぁ」

手元に置いてある号外に目を向ける。

『神無月学園が誇る2大お姫様突然の転校!!』

「ビックリだよねー」

転校というかもはや夜逃げである。昨日まで普通に登校していたし、転校するなんて噂の1つもなかったというのに。

「アルくん姫月さんと仲良かったよね?」

「昨日も一緒にお弁当作ってたんだけどなぁ、転校するなんて一言も言ってなかったぞ」

姫月とは同じ寮に住んでいて、よく一緒にお弁当を作ったりする仲だった。何故かアイツは姫と呼ばれ、俺はお母さんとか呼ばれているがまぁそれはいい。

「噂じゃ転校生も来てるらしいが、珍しいくらいに転校ラッシュだな」

特殊な力を持つ人間が集められる学園だ。転校や転入もさほど珍しくはないが、学園の有名人が同じ日に突然いなくなったのはみんな驚きを隠せないのだろう。

「にしても姫月のやつ、百歩譲って転校はいいが……、転校先翠鶴女学園てマジかよ。アイツ男だろ」

「いやぁわかんないよ。姫月さんあの見た目だしねぇ。あそこの学園長姫月さんのお母さんらしいし」

周りのヤツらも、「姫ちゃんやっぱり女の子だったのかな!?」「仮に男だとしても違和感ないから大丈夫じゃね?」「もしや毎日女装して登校!?」「「「うぉぉ!なんか盛り上がって来たぁ!」」」

「さすがに何かの間違いであってほしいんだが……」

同じ男子寮で暮らしていた仲としては、実は女の子だったとか言われたら心臓に悪い……。

「もう1人のお姫様は祇軌守しきがみ学園に転校だってー」

唯琉はいつの間にか俺の机に置いてあった号外を手に取っていた。

「もう1人のお姫様ってのには会った事はないな」

「私も文化祭で見たくらいかな。同じ学年なのに生徒数多いとわりと交流少ないよねぇ」

それにしても祇軌守学園か。

たしか戦闘訓練とかも行っていて、国を守るための人材を作ってるとか。そのためか学園の所在は不明。噂じゃ移動する島とか言われている。


そろそろ予鈴がなる頃、勢いよくドアを開けて入ってきた生徒がいた。

「ひーっ、あっぶねぇー」

「あ、宮城みやぎくんだ。おはー」

「おはー唯琉ちゃん。てかアル、ルームメイトなら起こしてくれてよくね!?」

「弁当作ったりしてるのにバカを悠長に起こしてられるか。あと今月の食費貰ってないからお前の弁当はない」

コイツは宮城みやぎ守十かみと。俺のルームメイトで、騒がしいお調子者。そして、

「そこをなんとか!後々ちゃんと払いますんで、お願いしますお母さん!」

「誰がお母さんだ!」

俺がお母さんと呼ばれる元凶。

「くそぅ。うっかり新作のゲームなんて買わなければ……。あ、そういやアル、お前のかーちゃん学校に来てたぞ。さっき職員室に入るの見かけた」

「母さんが?こっちに来るなんてきいてないけど、見間違えじゃね?」

「いやいや、現代社会に生きるラストサムライを見間違うはずないって。今どき和服着て腰に木刀携えた人がいるか?」

あぁ、それは間違いなく母さんだ。

剣道の道場で師範をしていて、日常生活でも竹刀や木刀をそばに置いている。怒らせると非常に危ない。

「アルくん何かしたのー?」

「してないっ!」

少なくとも親が呼び出されるような事はしてない。

「ほれー席付けー」

ガラガラっとドアを開け、鋭い目つきの先生が入ってくる。そさくさと自分の席へ座るクラスメイト達。クラス委員長が号令をかける。

「起立。気をつけ。礼」

「「「おはようございます!」」」

「着席」

「おはよう。さっそくで悪いが悲しいお知らせだ」

千歳ちとせちゃんまたコンパしっぱいしたんですぐぁっ!!」

ちゃちゃを入れる守十の眉間に白い弾丸が飛んで行った。隣の席で見てるからよく分かるが、チョークとは思えない殺傷力。

波杞はすき先生と呼べっ。あとコンパに失敗したのは私のせいじゃっ……こほん」

行ってはいるらしい。

「あーなんだっけ、そうそう悲しいお知らせだ。昨日文化祭をきっかけに有名になった姫2人が転校して口内が騒がしいが、うちのクラスからも転校する奴が出たぞ」

ザワつくクラスメイト達。

「アルくんアルくん。誰だろうね?」

「少なくとも俺やお前じゃないのは確かだろ」

クラスメイト達も誰が転校するのかを探りあっている様子だ。守十はまだ意識が戻っていないな。

「おい静かにしろ」

先生がチョークを手に取った瞬間静まり返るクラス。誰も守十みたいにはなりたくないからな。

「よろしい。えー転校するのは、望月もちづき或真あるまだ。みんな拍手」

パラパラとら聞こえる拍手の中、俺は思った。

望月或真、聞いたことがあるな……。

……うん。間違いない……。いやでもえ――

「俺ですかーーーっ!?」

いきなりの出来事に立ち上がって叫んでしまった。クラス全員の視線が突き刺さる。

「あ、アルくん……?」

「どうした或真大声だして。先生ビックリしちゃっただろ」

先生さっきと表情変わってないですよ。

いやそれはそれとして。

「お、俺何も知らないんですけど、本当に俺が転校するんですか?」

「当たり前だろ。2年B組の望月或真君はお前しか居ないんだから」

「初見なんですけど!?」

まったく状況が飲み込めない中、隣の席の子に手を取られる。

「アルくん!」

「唯琉……?」

「私、私、アルくんが転校したらこれからお昼ご飯どうしたらいいのぉ!!」

めっちゃ泣いてた、お弁当の心配で……。

俺も泣きそうなんすけど唯琉さん……。

周りも俺が状況を飲み込めてない現状にわけが分からなくなってる。

『驚いたか我が息子よ!』

ガラガラガラ!

どこからともなく声が聞こえ、教室のドアが勢いよく開いた。

140センチ程の小柄な体型、落ち着いた色の着物、そして腰元には木刀。

「母さん!?」

「だから来てるって教えたろ?」

額をさすってそう言ってくる守十。やっと起きたのか。

「いや友人からこうすれば驚くぞって言われ実践してみたのだが、どうじゃ」

「どうもこうも困惑だよ!」

「うむうむ。ドッキリは成功のようじゃな」

カッカッカッと笑う母さん。

桃花ももかおばさーん!」

困惑する俺をよそに、唯琉が母さんに抱きついた。

「唯琉ちゃんか。大きくなったのぉ。元気にしておったか?」

「アルくんのおかげで元気だったけど転校しちゃうのーーっ!?」

「すまぬのぉ唯琉ちゃん。如何せん急に決まった事なのじゃ」

「うぁーーん!私のご飯ー!!」

俺の存在価値ご飯だけ?

「とりあえず或真よ。荷物をまとめるために寮へ行くぞ」

「本当に転校するのっ?」

「さっきからそう言ってるだろ、ゆくぞ。波杞教諭、息子が世話になった」

先生に一礼し、母さんは俺の手首を掴みグイグイと引きずって行く。見た目とは裏腹になんて力だ。

「アルくーんっ」

「お前はこれから授業だっ」

ついてこようとした唯琉を先生が首根っこを掴み持ち上げた。

クラスメイトが困惑するなか、俺は母さんに引っ張られ寮へ向かうのだった。

「教室にバック置きっぱなしなんだけど……」


▪️


一旦バックを取りに戻った時クラスメイト達から「よく分からないが、どんまい」と言われた。唯琉は先生に捕まったままだった。

アレはどう見ても猫。

そんなこんなで男子寮の俺の部屋。

母さんは寮母さんに挨拶をしてくると言って部屋を出ていった。転校の実感は全くないが、とりあえず俺は自分の荷物を急いでダンボールに詰め込んでいく。

「とはいえ、俺の持ち込んだ物だいぶ少ないな」

数着の洋服と最低限の日用品。元々寮の施設が充実していたこともあり、多くの物を持参していなかったのが功を奏した。

人よりも多い物といえば、ダンボールいっぱいに詰まった料理本の数々。

「何冊か姫月に返しそびれたな……」

そのうち返せたらいんだけど……。

「準備は出来たか?」

「出来たけど母さん、そろそろどこに転校するのか教えてくれよ」

「ん?まだ言ってなかったか。煌霞おうか学園じゃよ」

「煌霞ってたしか、学園からの招待状がないと入学出来ないとか噂されてる金持ち校の?」

「招待状がないといかんのは確かじゃが、金持ちばかりがいるわけではないぞ。ほれ招待状じゃ」

着物の下から封筒を取り出す。持ってたんならはやく出してくれよ。

中を見ると確かに煌霞学園からのものだったし、俺の名前もちゃんとある。

「それにしてもなんでこんな時期に」

「まぁ端的に言えばコネじゃ」

「おい待て」

「いっそ皆同じ学園にいた方がいいだろとか言っておったしな」

「皆って?」

「娘たちじゃ」

「俺一人っ子だけど!?」

「おお、言い忘れておった。わらわ再婚する事になったのじゃ。家族が増えるぞ」

「はぁ!?」

「カッカッカッ!今日の或真は愉快じゃの」

「ちゃんと説明しろぉ!」

サプライズまみれの波乱の日、これがまだ序章だと言うことに今の俺が知る余地もなかった。

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