学園へのプロローグ3

ある日の放課後、寮へ帰宅するとお母さんから一通のメールが届いた。

『姫ちゃんへ

今から私の学園へ来なさい

神無月学園の方へ使いを出したのでその子と一緒に来てね』

相変わらず私のお母さんはこちらの事情を聞かずに要件だけを言ってくる。

「私もう寮に帰ってるんだけど……。仕方ない、戻るか……」

学園のすぐ裏に建設された寮であり、学園は目と鼻の先にあるものの、学園自体が大きく校門までは10分ほどかかる。

幸い制服から着替えていなかったので、携帯だけをポケットに入れて部屋を後にした。

「おや姫月きづきちゃん、学園へお戻りかい?」

寮から出ると掃除をしていた寮母さんに声をかけられた。

「はい。お母さんから呼び出されまして」

「おやしずかちゃんか。あの破天荒がお母さんだと何かと大変だろう」

「いえいえそんな事ないですよ」

この寮母さん私のお母さんが学園に通ってた時からいるらしいんだけど、噂じゃ開校当時からいるとか。

「困ったらアタシに言いなよっ!パーンと尻叩きに行ってやるから、ねっ!」

「ひっ!」

ハッハッハッハーと笑いながら私のお尻をパーンと叩いてきた。

痛い……。

気をつけるんだよーっと手を振り見送ってくれる寮母さん。謎の多いおば様だこと……。


「あっ!姫ちゃーん!」「姫せんぱーい!こっち向いてー!」「いつ見ても可愛いよねぇ」「お姫じゃーん、忘れ物かー?」「姫ーっ今度取材させてー!」「姫ーまた料理教えてー!」「姫様あーー!!」


下校時間なのもあってすれ違う生徒からの呼びかけがたえない。入学当初は困ったものの、1年間経つと慣れてくるものらしい。

お母さんの呼び出しがあるのでちゃんと返答していられないのはしのびない……。

すれ違う生徒に軽く手を振ったりしながら歩くこと10分ほど、ようやく学園の正門に到着した。

「学園についたのはいいけど、使いの人ってどこにいるのか書いてなかった……」

ただでさえ広い学園だ。顔の知らない人を探すのは至難な技。正門の前でどうするか考えていると

「貴方が九条くじょう姫月きづきさんですか?」

後ろから声をかけられた。

「170程の身長、長めの茶色い髪、大きな蒼い目、左目に泣きぼくろ、羽のモチーフのあるネックレス、学園長から伺った特徴と一致しております。この方が姫月様で間違いないかと」

振り返ると2人の女の人が立っていた。

黒く長い髪をなびかせ、人懐っこい笑顔を向ける学生服の女の子と、凛とした表情のメイド服を着た女性が立っていた。

「はい…私が姫月ですけど……」

「やっぱりそうだったんですね!あの男の子にはいずれ感謝しないといけませんね」

距離を詰められぎゅっと手を取られる。女の子特有の良い香りが舞う。男の子が誰のことかはわからない。

「お嬢様」

「はっ!……こほん」

私の手を離し1歩後ろに下がって彼女はこう告げた。

「失礼致しました。改めまして、私の名前はとどろきさくらみす女学園で生徒会長を務めています。この子は真李亜まりあ私の侍女です」

いつき真李亜まりあです。お見知り置きを、姫月様」

にっこりと微笑む轟さん。それとは対照的に眉1つ動かさず表情を変えない斎さん。

「初めまして私は」

私も自己紹介をしようとした所で、再び轟さんに手を取られ遮られてしまった。

「ふふっ。姫月さんの事は学園長から色々伺っています」

「あの、とどろきさ」

「そんな他人行儀な呼び方はやめて、どうぞ桜、と呼んでください」

握られた手に小さく力が加わる。

勢いに負け1歩後ずさると、さらに1歩詰め寄られた。

「お嬢様。ここは何かと目立ちますのでお車の方へ」

斎さんに声をかけられ周りを伺うと……


「おい、姫様が言い寄られてるぞ!」「おどおどしてる姫ちゃんも可愛いー」「あの制服翠鶴の子じゃない?」「うおぉっ!リアルメイドおぉ!!」「姫ちゃんもメイド服着てくれないかなぁ」「翠鶴から姫ちゃんの引き抜きかな?」「え?!転校!?」「なにぃーー!?」


気がつけば遠巻きとはいえ野次馬が増えていた。いつの間に……。

「そうですね。では姫月さんこちらへ。車の中でゆっくりお話いたしましょう」

轟さんに手を引かれ、近くに止めてあった車に乗せられた。リムジンという車だろうか。初めて乗った。

「では真李亜、くれぐれも安全運転で」

「かしこまりました」

斎さんはいつの間にか白い手袋をはめ、運転席に座っていた。

「それでは行きましょうか。翠鶴女学園へ」


翠鶴みすず女学園

私のお母さん九条くじょうしずかが学園長を勤めるお嬢様学校

全寮制で山の奥に建設されており、一般的には箱入り娘製造学園などと言われていたりする。

実は神無月学園と同じく、国に認められた異能力者育成機関でもある。


「ところでとどろ」

すっと人差し指で唇を押さえられる。

「よ・び・か・た」

「えっと、桜、さん。お母さんはなんで私を呼び出したのか聞いていませんか?」

「むーっ。私的には呼び捨てで良かったのですけど、ひとまずは良しとしましょう。学園長の件ですが、呼び出した理由は知っています。ですが」

「ですが?」

「学園長に口止めされているので言えません」

なんとなく察してはいたものの、お母さんが何を考えているのか不安になって行く。

「はい。言ってはダメなのです。絶対にダメなのです!」

「わ、分かりましたから落ち着いてください」

必死に訴えかけてくる桜さん。

なんだか妙にソワソワしているけれどどうしたのだろうか……。


「お嬢様方、まもなく翠鶴女学園に到着いたします」

片道約2時間程、時刻はもうじき18時といったところ。日が落ち辺りも薄暗くなってきた中、木々の隙間から大きな建物が見えてきた。

学園の手前に車が止められ車をおりた。

正門から見あげだ学園はまるでお城のようで、異国の地に迷い込んだのかと錯覚してしまいそうになる。

「学園長は学園長室にいるようです。向かいましょう」

いつの間に連絡したのだろうか。

斎さんに連れられお母さんの待つ学園長室へと向かった。学園長室へ近ずかにつれ、隣で歩く桜さんの顔が赤くなっていく。

「あのー、桜さん?」

「は、はいっなんでしょう!」

「いえ、体調が悪そうなら同行して頂かなくてもと思いまして……」

「いえいえっ!私は全然元気なので!」

そう言って桜さんは両手で顔を隠した。数歩前を歩く斎さんに目を向けると、特に桜さんを気にかける様子はないので大丈夫なのだろうか。そうこう思っているうちに学園長室へとたどり着いた。

わたくしはここで待機しておりますので、お嬢様方お二人でご入室ください」

そう言って斎さんは学園長室の扉を開けた。

桜さんと共に入室したが、お母さんの姿はなかった。背後でパタンと扉の閉まる音が響く。

「いませんね、学園長」

「いえ、だいたいこういう時はっ」

私はばっと後ろを振り返った。すると

「ひっめっちゃぁーーーん!」

背後を取られた。

「そうよねぇ。いつもいつも背後から抱きしめられてるから、後ろから来ると思うわよねぇ。でも残念!ずっと正面にある机の下に隠れてたわ!」

頭の先から太ももまで、手の届く範囲を撫で回される。

「ふふふふふふっ。あぁんなんて可愛いのかしら私の姫ちゃん!」

「ちょっとお母さん!どこ触ってひゃんっ!あの、桜さん、この人引き剥がすの手伝って貰ってもキャッ!」

お母さんからの過激なスキンシップのなか桜さんに助けを求めるも、桜さんは頬を赤くしてじっとこちらの様子を伺っていた。

あの、助けてほしいんですけど……。


「さて姫ちゃん。本題に入りましょう」

たっぷり5分ほど可愛がられたあと、お母さんはそう語りだした。髪の毛ボサボサになってる……。

「姫ちゃんに来てもらった理由、それはっ」

「それは?」

「この学園へ転校してもらうためよ!」

「……………………はい?」

私が、翠鶴女学園に、転校、、、

「いやいやいやいや!ちょっと待って!」

「問題ないでしょ?」

「ある!おおあり!!私性別男!!!ここ女子校でしょ!?」

「大丈夫大丈夫、姫ちゃんは誰が見ても女の子だと思われるから」

そういう問題じゃなくて!

「あともう1つ、桜ちゃんと結婚してもらうわ」

「いや転校のはなしがっ……。え?今なんて?」

「そこにいる桜ちゃんと結婚するのよ。まぁ学校卒業したらの話だから、許嫁ってところね」

桜さんの方に視線を向けるより早く、桜さんは私の腕にしがみついてきた。

「やっと伝えられますっ……。姫月さん、いいえ、旦那様っ!」

満足気な表情で頷くお母さんと、ニコニコとご機嫌に私の腕を強く抱く桜さん。

あの……私まだ状況が飲み込めてないんですけど……。

寮母さん、今すぐお母さんのお尻を叩きに助けに来てください……。そんな淡い思いを抱きつつ、見えない明日に少しばかりの恐怖を覚えるのであった。

私これからどうなっちゃうのっ!?

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