謎めいた少年
*
「えっ? 蒼太? なんでそんなこと。こんな朝っぱらから」
寝起きを起こされて、ミキは不機嫌だ。
店で見るときは濃い化粧をしているから、もっと若いと思っていたが、素顔は六十をとっくにすぎている。
ミキはいやにジロジロ、賢志を凝視する。
「ケンちゃん。まさか、あんたもそうだったの?」
「なんですか?」
「いやねえ。だから、あたしがモーションかけても、ちっともなびかないはずだわ」
「はあ?」
店奥のせまい四畳半が、ミキの居住スペースだ。薄い万年床から下着姿で起きだして、タバコをくわえながら店に出てくる。
「蒼太? あの子なら、ここに来ることもあるけどね。嵐のときなんかはさ。たいていはそのへんの野っ原で寝てるよ」
賢志はショックで口もきけない。
ほんとに今どき、そんなことがあるのか。東京のどまんなかの家出少年でもあるまいに。自分の生まれ育った地元で、幼少時代からホームレス……。
「あの子はさぁ。翠(みどり)が生んだ子なのよね」
「みどりさんですか」
「あたしと同じでさ。島の外から来た人間だから、店で雇ってたんだけどさ。あの子、生んで、すぐ死んじゃって。おかげで、こっちが縁もゆかりもない赤ん坊そだてるのに、どんだけ苦労したか」
「では、育ての親は、ミキさんなんですね?」
「そんなんじゃないよ。自分で食えるようになったら、とっとと追いだしたよ。そりゃね。最初はあの子目当ての客が増えたよ」
「じゃあ、なんで追いだしたんですか?」
ミキはジロリと賢志をにらむ。
「そんなの、あんたにゃ関係ないだろ」
なんだか、ますます機嫌が悪くなる。イライラしたようすで、ミキはスパスパ、タバコを吸い続ける。
「みどりが言ってたよ。あいつはバケモノの子なんだ。生みたくないって」
バケモノ——それが、祟ると言われる所以だろうか?
「それは、どういう意味ですか?」
「みどりがここに流れてきたとき、まだ十五だったんだよね」
「えッ?」
つまり、蒼太を生んだのは、十六のときということか。
「まだ子どもじゃないですか」
「だから、お産が祟って死んだんだよ。かわいそうにね」
どうやら、蒼太のことは嫌っているが、母親の翠には同情的のようだ。
「さあ、もういいだろ。蒼太なら、浜辺あたりに行きゃ、見つかるよ。いっつも、あのへん、ほっつき歩いてるから」
賢志は礼を言って別れた。
*
あてもなく浜辺をうろつくこと半日。
いったん、島村家へ帰った。加奈子の用意してくれた昼飯を食い、ふたたび、外に出る。
なかなか、つかまらないというのは本当だ。姿さえ見えない。
「蒼太くんを知りませんか? どこかで見かけませんでしたか?」
たずねまわっても、誰も首をふるばかり。
そんなことが数日、続いた。
ようやく、少年を見つけたのは五日後のこと。
祭のしたくに島民は忙しい。取材もうまくいかないし、収穫がない。
そんなとき、民家の庭先から話し声が聞こえてきた。
「じゃあ、またね」
「かみさんに見つからんようにするんだぞ」
手をふりながら、とびだしてきたのは少年だ。
ひとめ見て、賢志は
遠くから見たときも、ほっそりして、少女みたいだなと思った。だが、まさか、こんなに美しいとは。
なんというのだろう。
異様なまでに
「蒼太くんだね?」
確信はあった。
この子なら、バケモノの子と言われるのもわかる。人外の血をひいていたとしても、不思議はないような。
そして、ミキが家から追いだしたわけも。
この子の美貌は可愛さよりも、妖しさ。人を狂わせる。女の嫉妬も呼ぶだろう。
手をつかむと、少年はまつ毛の長い大きな目で、賢志をのぞきこむ。吸いこまれそうだ。
「誰?」
「戸渡賢志。ライターだ。君を探してた」
「ふうん」
蒼太は青みがかって見える不思議な瞳で、賢志を見つめたのち、近くの松林までひっぱっていった。
そして、ひとけのないところへ来ると、背伸びして、いきなり、くちづけてきた。ふがいないことに恍惚とした。
やがて、離れて、蒼太は言う。
「なにをくれるの?」
「えっ?」
「だから、ぼくを探してたんでしょ?」
おどろかされるのは何度めだろうか。
これが少年の生きかたなのだ。そうしなければ、生きてこれなかった。
これだけの美貌だ。
考えてみれば、とうぜんか。
胸が痛む。
「……そうじゃない。この前の祭の夜のことを聞きたかったんだ。君は咲良さんと仲がよかったらしいじゃないか」
蒼太の目がするどく光る。
「だから?」
「あの晩、何か見たんじゃないかと思って」
「うん。見たよ」と、あっけない答え。
「何を見たんだ?」
すると、蒼太は笑った。
「知りたかったら、今夜、あそこに来てよ。あの場所に」
「どこ?」
「咲良が生きていた最期の場所」
例のほら穴か。
「わかった」
蒼太は笑いながら去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます