第四話 だって、好きなんだもん!(ファンタジー)

第4話 だって、好きなんだもん! 前編


 バグだ……。

 こんなことが、おれの身に起こるなんて。


 ありえない。


 でも、目の前には、そいつがいて、おれの首に抱きつこうと必死になってる。それをおれが、必死に、つきはななす。そういう攻防が、もう十五分は続いていた。

 Dカップは確実にあるバストが、グイグイ押しつけられるんで、もう四苦八苦だ。


 うれしい……うれしいが、困る。

 なにしろ、そいつは……。


「だから! もう、うち帰れよ。おれは、おまえと、つきあう気なんてないから!」

「ヤダ。ヤダ。ヤダ。ユウタの彼女になる! なるったら、なる~」

「メチャクチャ言うなよ! だって、おまえ——」


 ヘトヘトになりながら、最後の抵抗をこめて、おれは叫んだ。

「だって、おまえ、サキュバスだろッ!」




 *


 こうなった原因を語ろう。


 一時間前だ。

 おれは、いつものように、村の見まわりをしていた。


 おれの家系は、先祖代々、この村の勇者だ。

 いわゆるNPCってやつである。

 ほんとの勇者が来るまで村を守り、そして、勇者をかばって死ぬ——それが、おれに与えられた役割だ。


 なので、最近、はやりのチート的能力なんかは、まったくない。使える呪文はベ〇イミ、ベ〇ラマ、メ〇ミくらい。レベル25まで鍛錬すれば、ザ〇ラル(成功率の低い蘇生魔法)をおぼえる。ちなみに、著作権にひっかかったら、ごめんなさい。


 どれも、中級魔法だ。

 おれの寿命は物語の序盤から中盤にかけてまでってこと。エンディングまでは生きられない。


 そう。ここは、とあるゲームの世界だ。何もかもが、ユーザーさまのために作られた世界。

 ユーザーさまが心地よくプレイできるように、おれは存在している。


 そのおれの身に、バグとしか思えないことが発生してしまった。いつものように村の見まわりをしていると、村娘が魔物におそわれていた。

 あわい水色の髪。甘いピンクの瞳。

 キャンディーみたいにキュートな美少女だ。


(胸も大きい……そこ大事)


 おれは運命の出会いを感じた。

 いずれ死ぬ運命のおれは、本物の勇者(ユーザー)が来る前に、子孫を残しておかなければならない。


 この子が、おれの伴侶に違いない——

 たしかに、そう思った。

 NPCに迷ってるヒマなんかない。思いついたら、即行動だ。おれは数少ない呪文を連発した。


「ベ〇ラマ! ベ〇ラマ! メ〇ミ! メ〇ミ! メ〇ミ!——」


 ゴブリン二匹とオーク一匹は、丸焦げになって去っていった。


「君、ケガはない?」


 魔物に襲われた美少女。

 通りかかった勇者のおれ。

 さっそうと魔物を追いはらうおれに、熱い感謝の視線をなげる美少女——

 これ以上、ベタな展開があるだろうか?


 だが、ここからが、おかしい。

 異常。

 プログラムミス!


「あの? 立てる? ケガしてるなら治すよ?」


 手をかして美少女を立たせようとしたおれの手が、妙な感触にふれた。


 ん? なんだ? 今の……。

 なんか、革ひもっぽい。クネクネ動くし……ヘビ? ヘビか? 草むらのヘビでも、つかんじゃった?


 恐る恐る、手のなかを見た。

 にぎってたのは、ヘビではなかった。ある意味、ヘビより奇妙なものだ。


 それは、しっぽだった。

 黒くて細い、さきっちょがハート型になった、しっぽ。

 そう。これは、小悪魔系の魔物が持つという特徴のひとつ……。


「ギャアッ! なんだー! コレっ?」

「きゃあっ。しっぽ、にぎった? にぎったね? イヤぁ~。どうしてくれるの? あなたのこと、好きになっちゃったよぉ~」


 そう。サキュバスは一番、最初に、しっぽをにぎった相手を無条件に愛してしまう……らしい。

 その習性を、今日、初めて、おれは身をもって知った。


「ユウタが好き! ユウタと結婚する! もう離れない!」


 うう……どこから、どう見ても村娘的美少女なのに、サキュバス。そんなん、ありか……。


「あたし、サキュバスのキュートよ。キューちゃんって呼んで」

「いや、その呼びかたも、なんだかだし……」

「ユウタは今、彼女いるの? いないなら、いいじゃん。結婚しよ?」

「魔物と結婚なんかできないし……」


 誰だ。こんなバグ作ったの。

 NPCに、ここまで個性いらないんだよ!


 とにかく、日が暮れてきた。

 夜は魔物が活発になる。村勇者ごときが出歩いていられる時間ではない。


 しかたなく、家路についた。

 首に、サキュバス、ぶらさげたまま……。


「ただいま」と言って、ドアをあけるおれを、両親が目をまんまるにして、ながめる。妹なんか、口をあんぐりあけたまま、カベぎわまで、あとずさった。


「ユウタ……おまえ……」


 つぶやく父に、おれは首をふる。

「わかってるから。何も言わないで」


 食卓の決まった席にすわり、ガックリと、うなだれるおれを見て、家族の視線は哀れみに変わった。変なものに取り憑かれたんだなと、伝わってくれたようだ。


「初めまして! あたし、サキュバスのキューちゃんです。ユウタくんのお嫁さんになることになりました! てへっ。お父さま。お母さま。今日から、よろしくお願いしまっす」


 サキュバスだけが、はしゃいでる。


 沈黙のまま(約一名、テンションアゲアゲだったが……)夕食が終わった。


 夜が来た。

 夜は魔物の時間だ。

 そして、サキュバスは夜行性の魔物である。

 キュートの目が、だんだん輝いてくる。


 なんていうか、いい匂いがするし、抵抗しがたい魅力が増してくる。もう嫁にしてもいいかと思えてくる自分が怖い。(容姿はバッチリ好みなだけに……)


「あっち行けよ。おまえ」

「なんで? 夫婦なんだもん。いいことしてあげるよ? ユウタになら、なんでもしてあげる。ほら、チューしよ?」


 下着姿(いつのまに!)のキュートが、おれの上に馬乗りになって、キスをせまってくる。


 いや、ダメだ。抵抗しないと。でも、ちょっとくらいなら——いやいやいや、なに言ってんだ、おれ!


 そこで、ハッと目がさめた。

 朝になっていた。


 忘れてた……こいつがサキュバスだってこと。

 夢のなか、入ってくるんだよな。

 もう泣きたい……。


 その日のうちに、おれがサキュバスに取り憑かれたことは、村じゅうのウワサになっていた。


 そして一夜が明けた——ってやつだ。

 なぜか、ゲームの世界では、勇者の行動は、夜明けとともに世間に知れ渡ってしまう。


 どこに行っても、村人の視線が痛い。ヒソヒソ話が、あちこちから聞こえる。


 昨日まで、

「ユウタくんも、お父さんの後を継いで、りっぱな勇者になってきたね」

「頼りにしてるよ。村の勇者さま」

 と言っていた村人たちが、一夜にして手のひらを返した。


「誤解なんです。これは不可抗力です。かならず追い払いますから」という、おれの言葉は無視された。


 教会にも行ってみた。

 神父さまなら、もしかして、お祓いできるんじゃないかと思った。呪いの武具とか外すみたいに。


「安心しなされ。わしに任せなされ」


 そう言った神父さまが、このときほど、頼もしかったことはない。

 これで、解決だ。悩みよ、さらば。

 平穏な村勇者人生に復帰できる。


 が、しかし——


「ねえ、ユウタ。もしかして、結婚式なの? だから、教会、来たの? ねえねえ、ユウタ。早く誓いのキスしようよ~」


 神父さまのシャ〇クはきかなかった。

 やっぱり、武具みたいにパコンと外すことはできない代物のようだ。

 ムダにサキュバスを興奮させただけだった……。


(ていうか、なんで、こいつ、教会のなかで平気なんだ。魔物のくせに)


 しかたなく、その日から、おれは家に閉じこもるようになった。勇者の役目も果たせない。村は荒れ、魔物や盗賊が入りこむようになった。


 そして、そのことで、さらに、おれに対する村人の評価は下がった。家に「死ね」「バカ」「勇者失格」などの貼り紙もされた。


「お兄ちゃんのせいで、テリーにふられたよ。魔物と親戚になんかなれないって! 結婚の約束してたのに!」と、妹にも泣かれる始末。


 はあ……おかしい。

 勇者の人生って、こんなに、つらいものなのか?


 おれは小さいけど平和な村を守って、村人に感謝されながら死ぬはずだった。村に、おれの銅像なんか建ってさ。

 そんで、銅像見ながら、かわいい女房が、忘れ形見の息子に、「これが、あなたのお父さんよ。お父さんは、とても、りっぱな人だったのよ」とか言う。

 それが、おれの、ささやかな夢だった。


 おれの人生……。

 いったい、どこで狂ってしまったんだろう?


 家族は、すさんでいた。

 家から出ると、石をなげつけられるんで、おちおち外も出られない。食料のたくわえもつきてきた。

 このまま、一家心中でも、するしかないのか。


 でも、それじゃ、たぶん、ユーザーが来たとき、きっと、ストーリーが進まないんだろうな。


 ユーザーをかばって死ぬはずのおれが、もういないから。そう思うと死ぬに死ねない。


「さあ。スープができましたよ。お母さまほど上手じゃないけど。けっこう料理は得意なんです。てへっ。さ、ユウタ。食べて。食べないと、元気でないよ?」


 エプロン姿のキュートが、スープをテーブルにならべる。平然と日常生活を送るキュートに、おれは、イラついてしまった。


「誰のせいで、こんなことになったと思ってるんだよ!」


 思わず、ふりはらう。

 スープ皿がハデな音たてて、ゆかに落ちた。


 おれは、ギョッとした。

 ゆかに落ちたスープをながめたキュートの目に、涙が浮かんできたからだ。


 悪いことをしてしまった。

 思えば、こいつだって、好きで、おれを好きになったわけじゃない。(ややこしい言いまわしだが)


 しっぽをつかまれたら、無条件で好きになってしまうんだ。それは本能的なもので、本人には、どうしようもないんだろう。


(そうだよ。こいつは、ほんとに、おれが好きなわけじゃない。本能なんだから……)


 あれ? なんだ、このモヤモヤした気持ち?

 これじゃ、まるで、おれが、こいつのこと好きみたいな……?


 そのときだ。

 とつぜん、外がさわがしくなった。


「魔物だー! 魔物だー!」という悲鳴が聞こえる。

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