第19話 お相撲さんと一緒に困った話

前に乗っていた軽自動車の話です。

右側にあるうっすらした凹みの話をしたいと思います。

まだ新車だった頃の事です。

暑い夏の日でした。

私は家の前の細い道を通り大通りに出る為に停車してました。


左にウインカーをつけ通り過ぎる車が切れるのを待っていると、突然バイーン!と衝撃があり私はバネ人形のように左右に揺れました。


何?何?と窓を前開にして外を見ると自転車からずり落ちてる男の人がいました。

どうやらよそ見をしていて私の車にぶつかったらしいです。

車を止めて傷がないか確かめると右側のフェンダーの辺りがうっすら凹んでいました。

あー跡がついちゃった、と溜め息をついた私に彼は

「親方に叱られる…」と身体とは似つかない小さな声で言いました。


リーマンショックが起こる前の話です。

少し向こうの地区の裕福なお医者さんがタニマチになっていて相撲部屋を呼んでました。

あまり有名な人は出なかったようですがどうやらそこの部屋のお相撲さんのようです。


「すみません、俺お金がないんです」

開口一番にそう言うと大きな身体を折り曲げてペコペコと彼はすみませんすみませんとお辞儀を繰り返します。

すみません、すみませんと延々と謝られて困った私は

「うーん」と言ったまま後が続きません。

新車なんだけどなあ、でもなあ…

確かにまだ髷も結えない長さのざんばらな頭にTシャツに短パン…どう見ても役付きには見えません。


結果的に親方に叱られる、お金がないんです、すみませんに押し出しを食らった私は

「いいよ、これからは気をつけてね」と言ってしまいました。


「ありがとうございます、すみませんでした」

とちょっとサドルが曲がりへしゃげた自転車をガタガタ言わせて彼は走り去っていきました。


名前も聞いてなかったけどまあいいかとも思いました。そういう時に名乗るのは責任が取れる人なんだなとも思いました。


凹んだだけで傷にはならなかったので車はそのまま乗り続けましたが、今考えるとなかなか珍しい体験でした。


当たった日に宝くじでも買うべきだったかな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る