【実話】 ソレが何だったのかを、私は……気付かなくて良かったと思う。

キャトルミューティレート

第1話 【実話】 ソレが何だったのかを、私は……気付かなくて良かったと思う。

あれは、私が高校に上がったばかりの頃の話だ。


進学先の高校、私が所属したクラスはチョットばかり特殊で、いわゆる修学旅行と言うのが無かった。

旅行と言うのが無かったわけじゃない。合宿と言うのはあった。


それは研修を目的とした2泊3日、宿泊先での缶詰を強制されたイベント。


いわゆる甘酸っぱい青春恋愛小説のように、誰かと夜に宿泊先を抜け出す。

それが出来たら楽しかっただろう。正直そんなシチュエーションにも憧れたものだが、残念ながらそれが叶わない理由があった。


宿泊先が山中にあるからだ。


某F県の山の中、もしかしたら皆さんも目にしたことがあるかもしれない。

一世を風靡した少女漫画を実写化した、今では名だたる名俳優名女優の人気を決定付けたドラマ作品


「Boys ❍❍ Flowers」


では、ヒロインの相手役、頭文字T・Dの、彼の屋敷のセットとして使われたロケ地でもある。


日本語タイトルでないのはお許し頂きたい。


ところでこの合宿、入学初年度のイベントなのである。


修学旅行と言うと、卒業前の3年生最後の思い出を作る催しとして取りざたされる。

指をくわえたものだ。なぜなら私のクラス以外は、修学旅行が執り行われるのだから。


しかしながらこの合宿にも良い面はあった。

私の学校は共学。特にこの合宿が、入学してすぐのイベントと言う事もあって、ここで一発異性とお友達に! なんて、私を含めた男子達と息まいたものだった。


就寝時間が過ぎた後、そんな武士オトコ達が動かないわけがない。


「マジで? うーわソレなくね!?」


「ギャッハハ、マジだって」


声にならない声でやり取りしながらスニーキングミッションを敢行した私達は、なんとか教師達の目をかいくぐって女子たちの聖域ヘヤに辿りついた。


ウゥム、あの達成感と言ったら……

共にいた友人達と何度も女子たちの部屋の中で静かに、何度も深呼吸をしたくらいである。


幸いなことに女子たちの側も、特に部屋に入られる事に戸惑いが無かったことも私達にとってありがたかった。

合宿所、だから個室ではない。

数人一部屋であった事も、彼女達の抵抗が薄かった理由の一つだと思う。


「オッスー」


なんて言って迎えて貰った私達は、女子たちとのめくるめく談義に胸が躍った。

部屋に踏み入れる最中、私たち野郎が取り出したのはジュースにお菓子。


あの時は少し子供っぽい、なんて思った物だが、今思えば高校一年生の夜更かし、そのくらいでちょうどいい。


楽しい時間は始まった。実際、そこからの時間はとても楽しいものだった。

一人、女子が窓の外、少し離れた先のとある光景に気の抜けた声をあげなければ……




「アレ何なん……?」


 某T県の訛りがこのようなものだったか定かではないが、確かにクラスメート女子の一人は静かな問いを漏らした。


 もしかしたら自分に対してのものかもしれない。誰に対する質問でもない。だからこそ、その場にいた誰にとっても反応する余地は与えられているようにも思えた。


 カードゲームをしたり、芸能人なら誰が好みだ、などと話していた我々も、すこし様子がおかしくなった彼女につられるように、一人、また一人彼女の向ける視線の先に目を向けた。


 私がその輪の中に混ざったのは最後の方だ。


「え? 何アレ!」


「嘘! え、何? そう言う事なの!?」


 男子も女子もあげる驚きの声に違いは無い。

 異様なものを目にして自然と変わって行く友人達の表情がどうしても気になって、私も遂に《件》の光景に目をやったのだ。


 白が、揺らめいていた……


 具体的に言い表す言葉が見つからない。

 ただ形容するとしたら、その表現しか思いつかないのが本当に歯がゆい。


 思い出して欲しい。この合宿所は……山の中なのだ。


 これが観光地や栄えた駅の傍のホテル、というのであれば遅い時間でも街灯が道を照らし、《明めい》と言うのはさほど珍しいとも思わない。


 ただここは山の中だ。勿論いわゆるミステリー作品に登場する様な自家発電と言うわけではない、電線から電気を引いている宿泊施設。


 それでも消灯時間が過ぎた後、外から誰かが訪れる事自体が考えにくいその場所は……ある時間を過ぎた後、全ての灯あかりを消すような場所だった。


 森が闇を飲むのか、闇が森を飲むのか、もはや我々が部屋から見る事の出来る光景は黒に塗りつぶされた世界。


やはり自分の描写力の無さが悔やまれる。


《明》、ではない。私達が見たのは《白》、だ。


 ゆうらりゆらりと風に乗ってはためいていたようだった。


「なんだよー、ただの取り忘れの干したベッドのシーツだろ?」


 誰かが言った。


「でも、完全に日が落ちる前に見た時には何もなかったよ?」


 女子の一人はそう答えた。


 改めて私達はその舞っている《白》に眼差しを集めた。

 集めた? 違う。


 吸い寄せられたのだ、知らずの内に。


 「何つーか変な動きしてるよな」


 また、誰かが言った。私も含め、皆それに答える者はいない。ただ皆が彼と同じ事を思っていたに違いないと、今ではそう思う。


 緩急、とでも言えばいいのか、強く翻る《白》は、時にゆっくりとした揺れを見せていた。

 上の部分がグニャリ、と前に真ん中から折れたかと思えば、全く反対に、何のそぶりも見せず、今度は後ろに同じ様に垂れる。


 《白》の左端、そして右端は何処となく最初より、なんと言うか、風に持ってかれるように細くなっていったようにも見えた。

 目をそちらにやった瞬間、私達に見られているのがまるで分かっている・・・・・・かのように、その上の部分は端の方に翻った。


 説明が難しい。

 実はこの《白》の左端、右端、というのはもう一対あった。先に述べたのはその白の上半分で左右に伸びたもの。

 もう一対というのは、下半分から分かれ・・・ているもの。


 カクン、と全体が沈みこむような動きが見て取れた。下半分の一対の左右に伸びる、接地したソレの半分が折れた様な感じで。


 不思議な光景だった。闇が統べる世界、ただの《白》である筈。

 《明》ではない……のに、普通の《白》はやけ強調され、私たちの眼前に浮かんでいた。  


 ハッキリと浮かんだのは輪郭だけ。

 黒と白、視覚効果だろうか? とても近くにいるように思えるのに、それが何なのか掴めない所に距離の遠さも感じさせた。


 だからだった。

 それが何なのか未だに掴めないからこそ、私たち青少年青少女は、不思議な動きを見せるソレに目を奪われた。


「何か、凄い……変な、動きしてるね」


 誰かが呟く。同じ様にまた誰も答えないが、今でも私は覚えている。確か私の隣に立って同じものを見ていた女子が唾を飲んだ音を聞いた。


 それだけその部屋は静かだった。目を惹く不可思議な光景、誰もが固唾を飲んで息を殺していたからこそ、いつの間にか出来上がった緊迫した空気。


 状況が変わったのは……そう、一番最初にソレに気付いた女の子がうわのそら、といった感じで呟いた言葉がきっかけだった。 


「なんかさ、上手く言えないけど《白い人》が踊っているみたいだよね。この窓からじゃ、ちゃんと見えないなぁ」


 感嘆とした、ただ興味を惹かれている事を伺わせるセリフ。その時だった。あれほど静かだった部屋に次に満ちたのは重苦しい空気。


 彼女がそんな事を呟いて数秒。沈黙が身を重たくさせ、鈍化を感じさせた時間の流れを感じていた私は、友人の一人、男子の少し張った声に我を取り戻した。


「ッツ! カーテンを閉めろ! B美! A子を窓から惹き離せ! もう魅せられてる!」


 便宜上、声をあげた彼をC夫、一番初めにソレに気付いた女子をA子、C夫の指示に従った女子をB美とさせていただく。


「ちょ……嘘でしょ! A子!?」


 指示を受けたB美がA子に語りかける。闇に浮かぶソレを良く見ることができなかった、とここまで言っておいてなんだが、部屋の手近な存在の顔色を見てとれるくらいには夜目は効いていた。


 B美が浮かべていたのは間違いない、危機の迫った貌だった。


「え? ソレって!」


「冗談だろ! アレだっていうんじゃねぇだろうなC夫!」


 B美だけじゃない、突然怒声にも似た声をあげたC夫だけでもない。

 A子以外の全員、その場にいた皆がその時焦燥に駆られていた。


 必死、という言葉がふさわしい。


 失礼。全員ではなかった。

 私は取り残されていた。


 恐れ、焦り、コロコロと感情を豹変させていく彼らを、私はただ見ていただけだった。

 知らなかったから、その時の私には何が起きているのかを。


 彼らが何に恐れ、行動に移そうとしているのか。


 私が入学した高校は私立。そしてその場にいる者の中で、私だけが県外から通学していた。

 だから私には、彼らにとって当たり前の様な知識に対して無防備な所があったのだ。


「なぁお前ら、良く分からねぇんだけど……アレ、こっちに近づいてきていないか?」


 B美によって窓から離され、他のクラスメート女子たちの腕に、守られているかのように抱かれたA子。

 男子たちはその存在を知っているからこそ苦い顔をして床に低くしゃがみこんでいた。


 私だけが分からない。

 彼らが何を恐れているのかを。


 だから声をあげたのは私だった。


 とっさの出来事というのもあった。

 結果誰もカーテンを閉めてはいなかったから、私だけは変わらずソレに目を向け続けていたのだ。


 《白》は近づいてきたように思えた。

 本当にそうだったかどうか定かじゃない。《白》が物なのか、者なのかは分からないが、脚の様に見えたものは歩いているようには見えなかった。


 ゆうらり揺れる。それだけ。

 でも、少しずつ近くなってきたように思えた私は、視線の先の《白》への興味が逸はやって目を凝らそうとした……瞬間だった。


「馬鹿野郎がぁ! ❍❍(私)! お前も魅入られるぞ!」


 窓際に立っていた私は不意に引かれた強い力に、尻もちをついた。

 ここではD夫と言おう。


 私を怒鳴るD夫の顔には冗談や笑いが一切ない。

 尻もちをついた時、誰かが閉めたカーテンの、シャ! という音が耳に入った。


 良く判らなかった。良く判らなかったが。彼の言わんとしていた事はこの時初めて分かった気がした。

 ”ヤバい”やつだ。


 いざ尻もちをついた状態から、カーテンの閉じた窓を見上げてみる。

 随分とその時、自分が居る所から近い事に気付いた。


 そしてもう一つの事にも気付いた。ソレ、が本当に近づいてきたかどうかは定かではない。

 ……ただ、近づいたと私が思ってしまった理由は分かった。 



 知らないうちに、私が、窓際まで、歩を進めていた。



 そう言う事だった。


 気付いた私は全身から汗が噴き出たのを感じ取る。

 息苦しさを感じたし、皆の体温も、その存在の出現を知覚したことによって高くなり、一気に室温は高くなった。


 本当、説明がつかない。

 今、私は述べた。部屋の中が熱くなったと。


 冷えた。数秒も無い、一瞬。

 たったその間に部屋の温度が10度は下がった気がした。


 誇張し過ぎだろうか? 少なくとも当時の私にはそう感じるくらいの寒気を覚えたのだった。


「C夫、D夫!」


「今は黙ってろ❍❍!」


 状況が分からない事で溜まらず声をあげた高校生時代の私は、端的な言葉で黙らせられた。


「もう多分、その窓のすぐ前まで来てる。大丈夫だ。この部屋に入ってくる事は無い。今の体勢で気をシッカリ持てば問題ない!」


 少し力の籠もったC夫の発言。

 入学してからその時まで、彼の、仲間たちとの雰囲気を盛り上げてくれる楽しい一面しか見てこなかった私にとっては、その真剣な表情は何にも勝る説得力を感じさせた。





 結局、私達がカーテンを開け、女子たちの部屋を後にしたのはその日の夜を越えた後の午前8時ごろ。


 6時頃には空が白んできたのか、光を遮るカーテンは、その光を受け止めて少し白色掛かっていた。

 ただだからと言って開けるのには勇気が要った。そして遅れに遅らせて結局開けたのは8時。


 開けざるを得なかったというのが正しい。あの”何か”に怯えていた私たちは時間間隔を忘れ、担当教諭や、その他、各科目を担当する教師陣が部屋に入ってくるまでその場にうずくまっていた。


 8時というのは起床後の集合時間。


 今でも覚えている。集合時間に集まらない生徒たちを起こしにその部屋までやってきた教師陣の驚いた顔と怒った顔を。


 女生徒達に割り当てられた部屋まで脚を運べば、男子生徒数人が居るのだ。

 不純異性交際、とまでは言われなかったが、それでもプライベートは別として学校行事の合宿で男子が女子と夜を明かした、というのは大問題だ。


 ソレは合宿初日から二日目までの間のお話。

 その後の私たちのスケジュールだけは酷いものだった。


 他の生徒に与えられる自由時間を課題というペナルティで潰されたのである。


 ヒーヒー言いながら、目の前の問題に取り組んだ物だった。





 相当に昔の話だ。


 私が東京に出てきた事もあって、卒業以来あの時の彼ら(因みにC夫とA子は卒業までの3年間、ナイスなカップルになったぜ!)にもう会う事は無い。

 同窓会もあるらしいが遠方である事から脚を運べていない。

 全く自分のフットワークの重さには笑うしかない。


 とある一日、就職先での休憩途中、ネットサーフィンしていた私は偶然、都市伝説、心霊現象ページに辿りついた。


 その中で一つの記事に目をとめた私、その内容はどこか私がかつて体験したあの不思議なものと酷似していた。

 自分でも驚くべき事だったが、その記事を読むまで私はあの時の事をほとんど覚えていなかった。


 勿論、私の実体験とその記事の内容には違う点だってあった。

 それは結末についてだ。


 途中まではほとんど同じだった。

 ただその記事に書いてあった命運と、当時の私が経験したあの時との分岐点と言うのに目が行った。


 ”視てしまったかどうか”という事。


 最後までその正体を私は知り得なかった。

 だからソレを見たからと言ってその記事と同じになるかどうかは分からない。


 そもそもその記事に記述されているソレと、私が目にした物が同じだったかどうかすら定かではない。

 ただその時はパソコンを見ながら私は、自分の着たワイシャツに、全身からジワ、と滲み出た汗を吸いこませた。


 良かった、そう思う。

 私は壊れずに済んだのだから。


 私が体験した、遭遇したと思われる”何か”について、おわかりだろうか?


 一応、通称という物はあるらしい。

 ただソレをここに記載するのはどうにも気が引ける。


 この体験談がホラーな物なのかは未だ確信が持てない。


 ただ……あの記事を目にして移行、例年梅雨入り前のジメジメした季節になると、あの時の思い出がよみがえるのです。

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