第2話・赤羽双喜(17)の場合「念動力」
20XX/07/30/13:00
山之上高等学校はすでに夏休みに入っていた。その2-Bの教室に
忘れ物を手に取り、教室を出ようとした時、学校のプールの方角から多くの女性の叫び声が聞こえてきた。驚いた赤羽は教室の窓から悲鳴の方向を覗き込んだ。
どうやら誰かがプールサイドに倒れているようだった。水泳部の全員に囲まれているその人はどうやら先生のようだ。野次馬根性が疼き、赤羽は忘れ物を握りしめたままその現場へと走った。
かかとを踏み潰したまま駆け寄った。どうやら倒れているのは
水泳部の顧問の声も届かないのか、水泳部の女子たちは誰一人そこから動けずにいた。
男子部員は多治見先生を囲むようにしゃがみ込み、口々に死んでるよなこれ、とか、息してねえぞ、などと言っている。
おそらくこの顧問の先生が呼んだのだろう、救急車のサイレンの音が近づいてくるのが分かる。女子部員の中にはクラスメートの
フェンス越しに覗き込んでいた赤羽は、そうと気付かれたくなくて、ふと視線を右に落とすとプールの入り口、階段下にノートが立て掛けてあるのに気付いた。特に何も考えず拾い上げると、表紙には『超能力の使い方』と書いてあった。
手にしてみるとそれはなんとも薄っぺらで、殆どが破り取られているのがすぐに分かった。
目の前の惨状も忘れて表紙をめくってみると、どうやら8枚は残っているようだった。1ページ目には
『超能力は誰もが持っている。ただ本能がそれを拒絶しているだけだ』
とだけ記されていた。
興味をそそられた赤羽は、人目に付かないようにその場にしゃがみ込み、そのノートを一通り読んでみた。『瞬間移動発現方法』『予知能力発現方法』『透視能力発現方法』と続き、それらが簡単に使える事、と同時に実は使えない能力であることが分かった。
「危険だから本能が拒絶してるんだな」
妙に納得しながら最後の1枚に手を掛けると、そこには『念動力の発現方法』と書かれていた。最後のページにはその発動方法が記されており、そこでノートは終わりだった。
赤羽は慎重だった。もしかしたらこの念動力にも落とし穴があるかもしれない。そう思い、様々な危険の可能性をその頭に巡らせてみた。しかし、どんなに考えてもその能力を発動させたところで自身に危険が及ぶシーンを想像する事は出来なかった。
「そうだ、一度軽く試してみよう」
そう呟くと赤羽はその能力を発動させてみた。この能力は、発動させてから自身の手で握るイメージを要していた。手で握っているところを頭で思い描くのだ。
「きゃー!」
突然プールサイドから悲鳴が上がった。どう見ても死んでいるとしか思えない先生の右手が少し動いたからだ。しかし、それは自らの力で動いたのではない。たった今赤羽がその右腕を念動力で動かしたのだ。
赤羽は周りを見回した。自分の身に何か危険が迫ってないかどうか確かめたかったからだ。しかし何も起こらない。
赤羽は確信した。この能力に関してだけは何の危険もないと。だが、同時にこの能力の使い道も特に思いつく事はなかった。成績優秀で大人しく、真面目を絵に描いたような彼には、何かしらの犯罪に手を染めようという発想がそもそもなかったのだ。
逆にこの能力が悪人の手に渡ったら大変な事になるかもしれない。そう思った赤羽は、念動力のページだけを破り取ると校庭の片隅にある焼却炉まで行き、それを中に突っ込んだ。消えかかっていた灰の上でそれは燃え上がり、すぐに消えた。
振り返るとプール脇には救急車が到着したらしく、周りがまた慌ただしくなってきていた。面倒に巻き込まれたくないと思った赤羽は、小走りでその場を立ち去った。
残りのノートを手に、赤羽は帰路についていた。もしかしたら他の能力も安全に使える方法があるかもしれない、そう考えての事だった。
大通りの十字路の角まで来ると、赤羽は空を見上げた。丁度その角のビルが改装中らしく、やけに頭上がうるさかったからだ。
上を見上げたまま角を曲がり、ふと視線を前に戻す。
そこで赤羽の体は固まった。
目の前を、多くの家来たちを引き連れて歩いている山下が目に入ったからだ。
入学当初にいじめられていた事は忘れることが出来ない。大人しく、特に抵抗も反論もしない赤羽へのいじめの回数こそ減ってはいたが、その後も他の同級生達をいじめている場面は何度も目にしている。
山下と目が合った。蛇に睨まれた蛙のように全身がこわ張ってしまった。その顔を見ると、どうしてもいじめられている場面が頭をよぎってしまう。
何か言おうとしたのか、山下の口が開いた。瞬間、目を逸らすために上を見上げる。と、そこにクレーンで持ち上げられた10本程の単管が目に入った。
「これを山下の頭上に落とせば…」
そう思った赤羽は、それでも躊躇した。相手が誰であれ、人を傷つける事の出来る性格ではなかったからだった。
「赤羽ぇ、何目ぇ逸らしてんだ、おい」
言葉を投げ掛けられた瞬間、赤羽の頭の中は真っ白になった。逡巡する余裕もなく赤羽は念動力を発動させ、頭上にある単管を1本抜き取り、山下の頭上に落とそうとした。
しかし、ワイヤーで縛られた単管の1本を抜き取ると、当然隙間ができ、残りの単管もワイヤーの中を滑り、やがて全てが赤羽の頭上に落ちてきた。
『念動力使用時の注意点:この力を使えば、自身の力以上のものを動かすことも可能である。ただし、能力使用者の本来の力の倍程度までしか使えない。例えば、発動者が普段50kgの物を持ち上げられるとすれば、その能力で動かせるものは約100kgまでという事だ。また、それは静止したものに限られる。移動中、加速中の物にはGが掛かっているため、それを止める事、ましてや移動方向とは別の方向へ向かわせることはほぼ不可能と言えるだろう』
17ページ目にはこのような注意書きがあったのだが、すでに破かれた後であり、赤羽がそれを知ることはなかった。
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