第4話・南由香(32)の場合「未来予知」

 20XX/07/30/15:37


 遠くで大勢が騒いでいる。どうも誰かが海に溺れただか行方不明になったかしたようだった。


 見知らぬ少年に犯され、その事で十年付き合った彼に捨てられて、人生に絶望し入水自殺をしようとこの海に訪れた南由香みなみゆかは、一連の騒ぎでその勢いを削がれ、この後どうしようかと波打ち際を、騒ぎから遠ざかるように歩いていた。


 水に濡れないように足元を見ながら歩いていると、一冊のノートが波に打ち上げられていた。防水加工なのか、濡れているようには見えなかったそのノートの表紙には手書きで『超能力の使い方』と書いてあった。


 特に何も考えず、それを拾い上げてみる。手にしてみて分かったのだが、それはなんとも薄っぺらで、表紙と裏表紙しかないのではないかと思わせた。


 好奇心の赴くままに表紙をめくってみると、どうやら4枚、8ページだけは辛うじて残っているようだった。その1ページ目には

『超能力は誰もが持っている。ただ本能がそれを拒絶しているだけだ』

とだけ記されていた。


 2ページ目にはなんの記載もなく、3ページ目には、『瞬間移動発現方法』とだけ書かれてあり、更にめくると、その能力の発動方法が書いてあった。それは至って簡単な方法で、一通り読んだだけで誰にでも出来るものだった。


 しかし、5ページ目には瞬間移動の危険性が記されてあり、この能力が不完全であることがすぐに解った。


 6ページ目には『予知能力発現方法』とだけ書かれてあり、7ページ目にはその能力の発動方法が書いてあった。それは至って簡単な方法で、一通り読んだだけで誰にでも出来るものだった。8ページ目は白紙で、あとは破り取られていた。


 南はそれまでの死のうとしてた自分を忘れて、その能力を試してみることにした。まずは彼のこの先を見てみようと思ったのだ。彼と別れて正解だったのか、それがまず知りたかった。

 

 するとどうやら彼には既に新しい恋人がいて、しかも現時点で既に多額の借金を背負っており、将来的にはその女にも捨てられるようだった。


(そうか、寧ろこれで良かったんだ)

そうと分かると、あんな男の為に死ぬのがばかばかしくなってきた。

 

 自分を犯した少年の事も見てやろうとしたが、何故だか見ることが出来なかった。

 それでも元カレに捨てられて正解だったと知ると、少し元気が出てきた。

(そうだ、これが本当に未来を予知できるのかどうか。自分の近い将来を見てみよう)

そう考えた南は、自分の今日一日を予知してみることにした。


(。。。えっ?私は本日18:21、トラックにはねられて・・・死?)

それは最悪の結果だった。この後友達に呼び出されて、オフィス街のはずれにある居酒屋に向かう途中、信号無視して侵入してきたトラックにはねられるという。


 しかし逆に南は安堵した。この予知とは違う行動をすればいいのだ。例えば信号を渡る際もトラックなどいない事を確認するとか。もしくは友達の誘いそのものを断るとか。


(でもこの力は私だけのものにしよう)

そう思い、「予知能力」の部分をビリビリに破いて海に捨てた。しかし何故かノートそのものを捨てる気にはなれなかった。


ー18:21-

南は大型トラックにはねられた。即死だった。


 『予知能力の危険性:予知能力と占いとの決定的な違いは、占いがその人の道をいくつも示すのに対して、予知は絶対であるという事。


 例えば、過去に起こった事象、昭和が平成に変わった事実などは、もはや周知の事実であり、今の我々にそれを覆すことは出来ない。すでに起こった事だからだ。


 同様に、予知で見えてしまった事象も変えることは出来ない。見えてしまった以上はそれは起こった事実だからだ。見えてしまった以上は過去の事と同様なのだ。


 見えてしまった事実に抗おうとしても、体は勝手に動く。他人であれ、自分であれ』


 9ページ目にはこのような注意書きがあったのだが、すでに破かれた後であり、南がそれを知ることはなかった。


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