ESP

井湧敬一

第5話・各務宗二朗(43)の場合。「瞬間移動」

 20XX/07/30/18:22


 目の前で見知らぬ女性がトラックに轢かれた。


 その勢いで、女性が手にしていたノートが各務宗二朗かがみそうじろうの足元に飛んできた。ノートの表紙には手書きで『超能力の使い方』と書いてあった。


 眼前の悲惨な光景も忘れて、何故かそのノートに惹かれた各務は、それを拾い上げてみる。手にしてみて分かったのだが、それはなんとも薄っぺらで、表紙と裏表紙しかないのではないかと思わせた。


 好奇心の赴くままに表紙をめくってみると、どうやら2枚、4ページだけは辛うじて残っているようだった。その1ページ目には

『超能力は誰もが持っている。ただ本能がそれを拒絶しているだけだ』

とだけ記されていた。


 2ページ目にはなんの記載もなく、3ページ目には、『瞬間移動発現方法』とだけ書かれてあり、更にめくると、その能力の発動方法が書いてあった。それは至って簡単な方法で、一通り読んだだけで誰にでも出来るものだった。


 (ホントにこんな簡単に出来るのか?)


 各務は大手企業をリストラされ、その事を妻に悟られまいと、空き巣に入って捕まった挙句、妻と子供には離縁されていた。


 その後も前科は各務の身に付きまとい、未だに再就職できずにいた。思い詰めた挙句、午前中にひったくりを敢行したが、その時盗んだバッグは何者かに引っ張られた様で、すぐに自分の手から引き剥がされてしまった。そこで今度はかつて務めていた会社に侵入しようと思った。しかしなかなか決心がつかずにビルの周りをフラフラと歩いていたところだった。


 (これが本当なら、どんなビルにでも、いや、目の前にある銀行の金庫の中にでも入れるかもしれない)

そう思った各務は、ダメ元でその銀行の金庫内に瞬間移動してみることにした。その銀行とは以前務めていた会社との契約もあり、何度も通ったので金庫の場所も把握している。


 近くのコンビニで懐中電灯を購入し、その際にノートを丸めて尻ポケットに突っ込んだ。


 この時間のビル街では、流石にまだまだ人通りが多い。目の前でいきなり人が消えては大騒ぎになると思った各務は、人一人がやっと通れるようなビルとビルの隙間に入ってから、その能力を実行に移した。


 後・・・


 辺りは騒然となった。突如銀行が大爆発を起こしたからだ。


『瞬間移動の危険性:例えば、瞬間移動した先にコンクリートの壁があった場合、コンクリートは人の形に空洞を作るだろうか。作るとしたらその人型のコンクリートはどこに消えるのか。当然消えることなどない。

 

 消えた人の居た場所は瞬間的に真空になり、その人の現れたところには、コンクリートの原子と人を形成する原子とが重なることになる。しかし当然の事ながら原子と原子は重なり合うことなど出来ない。


 そして人はその存在を忘れているものがある。それが「空気」だ。人の紡ぐ物語における「瞬間移動」とは、実は「空気」をないものとして扱っている。人は目に見えないものを自覚することに劣っているのだ。


 コンクリートの例で挙げたように、それがたとえ「空気」の原子であっても、人の原子と重なることはあり得ない。それを無理に実行しようとすると、原子同士がぶつかり合い、核融合を起こし・・・その先は想像もできない』


 5ページ目にはこのような注意書きがあったのだが、すでに破かれた後であり、各務がそれを知ることはなかった。

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