第4話 三羽烏はかしましい
「戴冠日時、場所」
「十六の鐘に、中央広場です」
「リリアン」
「控えてございます。衣装のご用意も隣室に」
「ヘレン、ツヴァイ、エルト、ダヤン」
「「「「お供いたします」」」」
「実際の掌握度合いは」
「南東部4地方は恭順を示しています。北部、西部に関しては把握しているのは三割ほど、明確に敵対を表明しているのは二割です。南西ではトレイルとカサスで領主が籠城。シエン殿が」
「カフリンクス」「こちらに」
「包囲を行なっておりますが、兵糧攻めによって悪戯に民の数を減らすのは本意ではありませんので、」
「剣を」「魔剣殿は聖剣ちゃんを研ぎに行くからあとで戻るって」
「食料の輸送だけは行い、放置を」
「兵は」
「散っている兼農騎士を集める時間は与えていません。私有兵と、騎士団の残党のみで」
「フルズ」
「まだ旧都にいるよ。影ちゃんが言ってた。慌てて逆賊征伐呼びかけてるって。今更なのにねぇ」
「教会。今の時間」「十四の鐘がもうすぐ鳴るよ〜」
「中央教会はまだ静観をしております」
「国家形態」
「旧王国を踏襲し封建制度を採る予定でございますが、それでよろし」
「良い。
「ございます」
それまで嵐の中心で、淡々と無表情に確認していたセーシュは微笑んだ。
「よくやった、ヘレン」
家臣一同、固まる。笑みを向けられた当の本人であるヘレンは、不意の賞賛に、ぴんと耳を張りつめさせて、白い頰の赤みを強めた。一拍おいて、尻尾がバサバサと軍服を擦る音がする。
「ツヴァイ、エルト、ダヤン、リリアンお前たちもだ。ここに居ない者も、もちろん」
その場の者は、めったに見れないセーシュの笑みに、運動神経への命令を忘れていただけだったが、人の顔の美醜というものを理解出来ない彼は、己の笑顔の影響になど思い至らない。
セーシュは一人だけ名指しで褒めたのがまずかったのだと一人合点し、その場にいる者と、彼の家臣全てを挙げた。
「本格的な安定はこれからとはいえ、二年という時間で、ここまで整えるのは骨が折れただろう。お前たちの献身を、俺は嬉しく思う。だけどな、忘れるな、俺にとって大事なのはお前たちだけだ。手の届く範囲でいいんだ。無茶だけはしないでくれ」
自分に隠れて、明確な旗頭が不可欠なこの段階、彼らだけで実行するにはぎりぎりのところまで事を進めるのは大変だっただろうという、皮肉。ただ、この二年、寝るのを邪魔されなかったのはとても嬉しい。
自分に着いてきてくれて、自分に代わって仕事をしてくれる、お前たちが一番大事だ。
お願いだから、余計な暴走をして仕事を増やしてくれるな。俺は平和に寝ていたいんだ。
セーシュの望みは、今回も、彼が意図した通りには受け止められなかった。
響いたのは、一斉に膝をつく音。
「王に、尽きず折れぬ我らの忠誠を」
「「「「応」」」」
獣人の信仰の対象、先祖返りの神狼の姫ヘレンは、慈悲深い主に高鳴る胸を抑える。
かつて王立学院にて、金と地位に飽かせて幅を利かせていた悪名高い三羽烏は、ガイアス戦役のあの地獄で目の前の男を仕えるに足る主と認めたのは必然であったと、再確認した。
そして、その昔、セーシュを襲った伝説の暗殺者は、今のシーン、絶対、次の新刊で使うと決意を固める。
彼が実は、心酔する部下を反省していると読み違えていたとしても、結果は変わらない。
「顔を上げろ。戴冠式が終わり次第、カサス経由で旧都まで上るぞ。長引かせるな。冬はすぐそこだ」
全ての元凶は、まともに仕事をしないあの馬鹿王だ。あいつは生かしちゃおけない。
その認識だけは珍しく一致しているのだから。
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