出会い

 彼の第一印象は、「綺麗な人」だった。


 サラサラとした清潔感のある黒髪に、茶色がかった瞳。優しそうな雰囲気を纏っていて、決して派手ではないのに人を惹きつける魅力がある。男の人相手に「綺麗」という表現は失礼かもしれないけれど、彼はその言葉がとても似合う人だった。

 今思うと、私は一目見たときからそんな彼に惹かれていたのかもしれない。


 私は少しずつ、彼と仲良くなっていった。

 一緒に図書館へ行って試験の勉強をしたり、お互いに好きな本を交換して読み合ったり、時には一緒にご飯に行ったり。話す内容は大体くだらないことだったけれど、そんな毎日が楽しくて、私は彼の隣に居心地の良さを感じ始めた。


 ――男の人は苦手だけれど、彼なら大丈夫かもしれない。


 そう思い始めた矢先のこと。偶然、彼が告白されている現場に居合わせてしまった。


「ごめん。俺、恋愛、とかよく分からなくて」


 そう言って告白を断る彼は、どこか寂しそうな表情をしている。


 私はその表情の意味が分からなくて、私の知らない彼がいることを痛感した。その事実がすごく苦しくて、ああ、私は彼が好きなんだな、彼のこともっと知りたいんだな、と自覚する。そう気づいたら、私はしばらくその場を動けなかった。


 それから、どれだけの時間が経ったのだろう。彼が私に気付いたようで、こちらに向かって来た。相手の子の姿はもう見えない。


「どうしたの?」


 彼はいつもの笑顔で私に尋ねる。私は自分の気持ちが抑えられず、思わず、彼に抱きついた。彼は少し驚いたような表情を浮かべていたが、優しく私を抱きしめ返してくれる。


「ふふ、今日のキミは何だか甘えん坊だね?」


 彼の優しい声に、私は泣きそうになった。


 ――思いを伝えてしまおうか。でも、さっきの子のように振られて、この関係が気まずくなるのは嫌だ。でも、苦しい。君にすべてを吐き出してしまいたい。


 そう色々と頭の中で考えていたら、もう言葉を考える余裕もなくなっていた。


「好き」


 思わず零れた言葉に、私はやってしまったと思う反面、どこかすっきりした感覚に陥った。

 彼の返事を聞くのは怖いけれど、このままモヤモヤとしている方が嫌だ。そんな白黒はっきりつけたいという自分の性格に、心の中で苦笑いをする。


「……うん。俺も、キミのこと、好きだよ」


 ゆっくりと、そしてはっきりと言った彼の言葉に、私は思わず彼の顔を見る。

 彼は照れた様子もなく、ただ、いつものように穏やかに笑っていた。


「でも、俺の好きと君の好きは違うかもしれない」


 どこか寂しそうに言葉を付け足す彼に、私は彼を抱きしめる力を強くした。

 大丈夫だよ、と伝えたい。好きの種類が違くても、一緒にいられるのなら構わないよ、と伝えたい。そんな一心で彼に言葉をぶつける。


「それでもいい。それでも、君が私のことを好きって、私と一緒にいたいって、思ってくれているのなら、私はそれだけで嬉しいよ」


 彼の茶色の目が一瞬開いた。二人の視線が交わって、言葉のない静寂が雰囲気を作り出す。


 しばらくして彼は言葉の意味を理解したように、嬉しそうに微笑んだ。そしてそのまま、優しい口づけを私に落とす。


 それはとても甘くて、私の胸を高鳴らせた。


 ――このまま、時間が止まればいい。


 柄にもなくそんなことを考えてしまった自分が、少しだけ恥ずかしくなる。たった数秒間でも、愛しい人にされるキスはそれだけ私にそれだけの幸福感をもたらしたのだった。


 顔が離れると、私と彼は顔を見合わせて恥ずかしそうに笑い合う。

 私は彼との関係を曖昧にしたくなくて、彼の目を見てはっきりと自分の思いをもう一度伝えた。


「君の好きが私の好きとは違っても、私は君の一番側にいたい。私の恋人になってくれますか?」


 彼は初め少しだけ困った表情を浮かべていたけれど、優しく笑って頷いてくれる。


「君を傷つけることになるかもしれない。それでもいいのなら、君の隣にいさせてください」

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