【スクリーム貴族と魔法使いの弟子】

六葉翼

第1話【序 魔法使いの弟子】



イーアーイアイアイーーイーアー!!!


イーアーイアイアイーーイーアー!!!



人気のない幽霊屋敷に轟く悲鳴。悲鳴に似た絶叫が木霊する。


それが魔法使いと魔法使いの弟子の仕事の始りの合図だ。


少年は師匠の伯爵に予め渡されていた兎の耳当てを、褐色の色をした自分の耳に被せた。






「君の心は石だ」


浜風が吹き荒ぶ異国の港。船底の闇から出されたばかりの少年は、そんな言葉を聞いていていた。


蔑まれているのか?異国の言葉はどこか気取った調子を含んでいた。


小突かれ足蹴にされ、蔑まれるために生まれ、此処に送られたようなものだ。


しかし石とはなんだよ。人を馬鹿にするなら、泥とか糞の方がまだ合っている気がした。


「おめでとう!君に決まりだ!」


(何がめでたいもんか!)


少年は唾を吐くように、心の中で呟いた。船底ではずっと、売られ誘拐された奴隷の子供たちが犇めき、啜り泣く声を聞いていた。


めでたい事などあるはずがない。


少年だけは泣かなかった。


泣いても「喧しい!」と腹を蹴られ、泣かなければ船から降ろされる時「面の皮の厚いガキだ!」と背中を蹴られた。


情けをかけるものなど誰もなく、ただ嘲る男たちの声を聞いた。


そもそも国にいる時から、親にも誰かにも祝われた事などない。


今も港に集まった異国の男たちに、虫歯がないか口の中を覗き込まれたり、英語が話せるか卑猥な言葉で話かけられた。


少年の前で足をとめた仲買人に混じって、この伊達男のヒゲの紳士が、自分を品定めするように見て言った。


「ほう…面白いな君は。よし、君に決めようじゃないか!おめでとう!」


つまり、たった今自分には買い手がついた。一生逃げられない奴隷の身分が確定した。それだけの事だった。


「おめでとう」


めかしたヒゲの紳士は少年にそう言って愉快そうに笑った。


「君は実に面白い」


奴隷を買いつけに来たこの男が、面白がっている間に、爪先でも踏みつけて、玉でも蹴りあげて、なんなら目の玉でも抉り出してやることは出来ないか。


少年はこの場から逃げ出す算段を頭の中で巡らせた。


「思いついた事を全部してみるがいい」


シルクハットのつばの下から、男の感情のない瞳が見下ろしていた。


少年より遥かに上背がある。英国貴族の冷酷な瞳に、少年は足がすくんだ。


しかしやるしかない。背中を向けて逃げたら、すぐにも追いつかれそうだ。銃で背中を打たれでもしたら、一貫の終わりだろう。


ここは思いきって、男の胸元に飛び込んで、怯んだところ噛みついて、喉笛でも指でも噛み千切って逃げ出そう。


そう心に決めて、踏み出そうとした足が動かない。けして怖じけたわけではない。


相手にひと泡吹かせるつもりの両腕が、鉛のように重く上がらない。


少年の額に汗が滲んだ。


「なぜだかわかるかね?」


男はあくまで紳士的に少年に言った。


「それは私が魔法使いだからさ」


その紳士は少年に名乗った。


「私の名前はスクリーミング」


「スクリーミング?」


「そう、これからは…スクリーミング ロード リッチ公爵と呼び給え!」


珍妙な名前の貴族紳士はそう言って、少年の前で、自慢の髭をぴんと立てて見せた。


「君いいね!実にいい!私はダイヤの原石を見つけた気分だよ!」


少年は自分を買ったこの紳士がこれ以上の変態でないことを心から祈った。

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