0-2 序 - あの日の記憶(2)
「フェムト。あなたは、あなたたちは、私から魔術を学び取るだけでなく、懸命に私を支えてくれました。それなのに私は、私の個人的な事情に皆を巻きこみ、傷つけ、死なせました」
「いいえ! フィクト師の亡きがらを取りもどすことは、魔術を学ぶ皆の願いでした。決して先生ひとりの責任では――」
「本当ならば、止めなければなりませんでした。それが、私がはたすべき責任であったはず。そうしなかったことが、私のいちばんのあやまちです」
間違っていたとはわかっていても、きっと、悔やんでなどいないのだ。あやまちだと口にしながらも、ベルリオーズはうっすらと微笑んでいた。
死に近づくと、人は幸福を感じるものなのだろうか。彼女がこれほどまでに幸せそうに見えたことは、これまでになかった。
彼女を愛した誰もが彼女に与えられなかったものを、死だけが与えられるというのか。こんな理不尽があるものかと、青年――フェムトは歯噛みした。
また、静寂のうちに、ときが経った。
ベルリオーズの視線が、フェムトの方に向けられる。彼女は、焦点の合わない目で、必死にフェムトの姿を捉えるようにして……最後の力を振り絞るように、口を開く。
「少し、外に出ていなさい」
「なぜです? こんな状態の先生から目を離すなんて――」
「あなたは、本当に優しい。その優しさで、誰かの未来を守りなさい。私には、人に看取られながら逝く資格はありません。出ていなさい」
こらえていた涙が、ほろりとこぼれる。熱が頬を伝い落ちるのを感じながら、フェムトは何度も首を横に振った。
だが、師の意思は曲げられなかった。彼女が目を閉じ、すっかり黙り込んでしまうと、フェムトは席を立ち、その家を出た。
玄関の扉が閉まるまで、振り返らなかった。
飛び出した夜は、静かだった。フェムトの体ばかりが熱くほてっていた。
「ああ――――!」
暗い夜空に向けて叫ぶ。息が切れ、胸が押しつぶされるように苦しい。
師が自分に向けた優しさといたわりは本物だ。だからこそ、フェムトは後ろめたさを感じずにはいられなかった。
彼女は〈人に看取られながら逝く資格はない〉と逝った。だが、それ以上に、フェムトには師を看取る資格がなかった。
少しもしないうちに、ふつりと、何かが切れる。魔術師同士の間にある、第六感的つながりが絶えた感覚。
脱力してうずくまっていたフェムトは、ゆらりと立ち上がった。
生まれていれば、父親を知らず生きたかもしれない子ども。放っておけば、生まれいでることなく、ベルリオーズの腹の中で、ともに死んでいくはずの子ども。
特に思い入れがあるわけではない。けれど、ベルリオーズが愛したものをまた、自身も愛したいとフェムトは思った。
優しくはあれど、本当の意味ではただの一度も自分の方を見てくれなかった師への、意地でもあった。
――生かし、育ててみせよう。他の魔術師にはないらしい、この力を使って。
師が愛した命が、いつか、師を殺した世界を裁くことを願って。
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